逡巡、そして垣間見た
三人はヴァン公のその屋敷の玄関扉の眼の前にまでやってきた。
「すみません!我々冒険者をしている者ですが、依頼の遂行の上でそちらの土地へ入る必要性が出てきたため進入の許可を貰いに来ました!」
ダリルが大きな声でそう言うと、木製の大きなドアが高い音を立てて開く。
ドアが開かれ、中に居る者が目に入った瞬間、ニコラはスラグ弾を撃ち込む。
「ニコラさん!首尾は!?」
「チッ!外した!追うぞ!」
屋敷の中は照明が殆ど無く。
また窓という窓にカーテンが掛けられているためにまだ夕方だと言うのに異様に暗い。
故に逃げるソレの具体的な姿はよく見えていない。
だが、ニコラの魔法症候群により、ソレの動きは正確に把握されている。
三人は間取りを全く知らない真っ暗な広い屋敷の中で、正確にソレを追うことが出来る。
その様を見て、屋敷の中での追いかけっこは分が悪いと判断したのか。
ついにソレは窓から外へ出た。
「森へ逃げたぞ!外へ出る!」
突如明るい、赤く焼けたの森へと飛び出したために、目が少しチラつく。
それでもニコラの感覚は正確に目標を捉えていた。だが……
「クソッ!無視できない援軍が来る!一旦そっちの対処だ!」
ニコラが足を止める。
すると目標が逃げる先とは別のとこから棺桶のような胴体に、数世代前の蓄音機のようなラッパ型の器官が銅から生え、更には馬のような足をした異形な魔族が現れた。
「ブレーメン!?」
ダリルが動揺する。
「まずいです!ブレーメンの鳴き声を聞くと体内の魔力が暴走暴発して体内からズタズタにされます!」
ダリルがそう言い切るよりも前に、ブレーメンは三人を補足し、鳴き声を上げる。
その音はこの世のあらゆる音が混じったような、混沌としてあまりに不快な音だった。
その音を聞いた三人は、たちまち口からは血反吐を吐き、鼻、耳、目などのあらゆる部位から血液が漏れ出た。
「追いかけっことか関係なく早く殺さないとまずいな!」
「ダラダラしてると我々でさえ普通に死にますよ!なんてったって、ブレーメンは中級魔族の中で最も人を殺してると言われる魔族ですから!僕は殺傷能力が低いのでニコラさんとレオンさんの働き次第ですよ!」
ダリルが膝をつきながらも二人に発破をかける。また、それと同時に魔法を用いて冷気を地面に伝え、そしてブレーメンの足を氷で固め機動力を奪った。
「任せろ」「了解!」
ニコラがブレーメンへと飛びかかり、ラッパ状の器官の奥側へとスラグ弾を撃ち込む。
あらゆる生物は体内が弱点である。
ブレーメンも例外ではない。
体内へと銃弾が打ち込まれ、消化管とズタズタにされたブレーメンは身を捩り、悶える。
その刹那に、レオンがラッパ型の器官を付け根から切り落とした。
「さすがです二人共!ニコラさん!ターゲットはまだ追えそうですか!?」
「――だめだ、逃げられたな。街に戻るか?」
ニコラがチッと舌打ちをした。
「……いえ、それは非常にリスキーですね。少なくとも姿はヴァン公そのものでしたから。ヴァン公が魔族だとしても、今現在の彼は社会的な立場が非常に高いです。我々は嘘の依頼をでっち上げてそんな彼の首に手をかけようとしたんですよ?司法が出てきたら現状勝ち目は無いとは言わないまでも負け濃厚です」
「クソが、じゃあどうするってんだ」
「……ニコラさん、動機を考えませんか?ヴァン公の」
「たしかにな、どうして態々ノストルに支援したのか、土地の中で孤立した少人数を襲うのか、それも姿を見せて友好的なフリまでして。なかなか不思議だ」
「やっぱり、森の中でニコラに話しかけたのはアイツだったのか。人間社会を壊すどころか、何をするにもあまりにもみみっち過ぎるね確かに」
「まあ考えようにも根拠はゼロでしたから、だから我々は手探りで行動するしかなかった。でも、今なら手持ちの事実から何かが見えるのではないかと。そうすれば、彼の行動原理、やりたいこと、やりたくないことがわかりますから」
「で、整理をすると、ヴァン公は自らが支援したノストルの人たちを偶然を装って殺してたわけです、それもおそらくは一度に一人二人程度」
「奇怪がすぎるだろ……」
ニコラとダリルがそうやって頭を捻ろうにも考えあぐねていた所、レオンが何かを見つけた
「なあ、これ、獣道……にしては舗装されていないか?」
レオンの示すそれは、確かに獣道と言うには人が歩くのにちょうど良すぎる気がした。
だが、気の所為と言えばそれまでである。
「まあ、ここでじっと頭捻ってるだけなのも良くないわけだしな。その道を進んでも良いんじゃないか?」
「それもそうですね」
三人は少し歩きやすいような気がする獣道を進む。
道は非常に長く、森に入った頃は夕方だったというのに、日が落ちきってから結構な時間が経った。
途中、視界を確保するための光球を魔法で作ったりニコラが道の先に何者かの存在を覚えため、臨戦態勢になったりした。
この道の先におそらくヴァン公がいるそうだ。
道の途中、ダリルの中では一つの逡巡が生まれた。もしも、本当にヴァン公が魔族だったなら、そしてAランク冒険者として殺しをしたのなら――ノストルは一体どうなってしまうのだろうか。
ダリル自身としてもケェルの人間性には好印象を抱いている。
だが、組織を運営するには少しお人好しが過ぎるとも感じている。
「真面目にやっていれば誰かが見つけてくれるに違いない」なんてものは、ダリルにとっては甘えに過ぎない。
世間に周知させる努力をしなければ、その組織は弱いままだ。
だから、ノストルはヴァン公と言う存在がいなくなれば散ってしまうのではないか。
そんな心配がふつふつとダリルの中に湧いてくるのだ。
当然、人々に報いる宗教家として、国が持った融通の利く暴力装置である冒険者として、そして何より魔族に仇なす人間として、ヴァン公を生かすという選択肢など存在しない。
ただ、それをしたことによる余波が目に見えるのが、少し苦しい気がした。
きっと「排したほうが集団の益になるものを排すという社会性」と「善いと見なした者と連帯しようとする社会性」との板挟みになってるのだろう。
昔、クラスのいじめられっ子を助けたことを思い出す。
ダリルが十二の頃。
飛び級の条件を満たし、試験も終えて、後はその年が終わるのを待つばかりだった頃。
ダリルのクラスには一人のいじめられっ子がいた。
気の弱い男の子。
社交性に欠け、人と話すときはとてもたどたどしい。
そんな彼がいた。
彼はある意味社会性に欠けてもいた。
話すのが下手な彼は当然誰ともまともに関わることはなく。
グループでの活動の際には足枷となった。
結論から言えば嫌われた、彼は嫌われてしまった。
故に思春期の学生が持て余していた攻撃性の発散先となった。
――ある日の昼下がり、人目の少ない校舎裏で彼が虐められているのをこっそり見ていた。
殴る蹴るを含めた執拗な攻撃だった。
一通り終わった後、僕は彼に話しかけったんだっけ。
善意がったかは覚えてないけど、でも善いことをしている自覚は有ったような気がする。いや、純粋な好奇心だったかな。
やっぱり覚えてないや。
「ねえ、■■■君。どうして、やり返したりしないの?」
「……で、できない、できないよ」
「じゃあどうするの?」
「……ど、どうもできない……できないよ……うん」
「そっか、君の身の上は僕知らないから、込み入った事言えないけどさ。今って君をいじめた方がいじっめっ子達の共同体がより楽しい状態だよね。というかそう言えちゃうよね」
■■■君は頷くばかりだったかな。取り敢えずこれ以降まともに何かを言うことはなかった気がする。
「だからさ、いじめない方が彼らにとってプラスになるようにしたらいいんじゃないかな。具体的な事は言えないけど。味方を増やして嫌われない方がいい人間になるとかさ」
■■■君ははにかんでたっけ。
本心はわからないけどね。
その後は適当に応援の言葉をかけて帰ったのかな?この後足取りが軽くなったりした記憶は無いからやっぱり善意なんてなくって、純粋な好奇心だったんだろうな。
それで、その後はどうなったんだっけ。
――そんな様に考えて進んでいると、開けた場所に出た。真ん中の当たりには薄紅色の花を枝の殆どに咲かせた大木と、その眼の前にはヴァン公がいた。
――ああそう言えば、数週間後に■■■君がいじめっ子の一人を撲殺したんだっけ。
焼きレンガの角で執拗に殴られて頭の原型が残ってなかったらしい。
好奇心が満たされた反面募った恨みの大きさを考えてなかった自分の浅慮を嘆いたよね。
いじめっ子の彼とはそこそこ話してたし僕に対しては悪い子じゃなかった訳だし。……あれ?
ダリルは古い記憶を掘り起こして自分がどういった人間か、それを見てしまった。
人を焚き付けた結果顔見知りを喪ったというのに嘆くのは自分の浅慮ばかり。
ならばきっと、ヴァン公を殺して、ノストルが傾いたところで自分はそこまで悲しまないのではないか。
そう思うと、すこし悲しくなった。
でも、先の逡巡は杞憂に過ぎないことが分かった。
後の憂いがなくなった。
だから、眼の前のヴァン公を本気で殺そう。
正確には、レオンとニコラが殺せるように、最大の支援をしよう。
1章の終わりも近くなりました。この作品が少しでも面白いと感じたら評価やブックマーク、感想、レビューをしていただけると嬉しいです。是非よろしくお願いします