決闘
「本当の無礼?」
私は、私や足元で座り込んでいる女性騎士を小ばかにしている騎士たちをにらみつけた。
私の睨みなど屁でもない、とでも言いたげに図が高い。
通常、公爵家の長子が来たのなら決まった挨拶が作法としてあったはずだが。
「も、申し訳ありません! ルード公女様!」
女性騎士は、立ち上がり、背筋を伸ばしながら、顔を伏せ、腕を胸に当てて一礼する。
騎士の制服はボロボロで、一部は綻んだり、やぶれている。泥もついている。
私は女性騎士の顔に見覚えがあった。恐らく、キリエの記憶なのだろうが、どこかおぼろげなものだ。
キリエは、女性騎士と面識はあったが、あまり意識したことはなかったらしい。
私は、女性騎士の足下に落ちている木刀を拾い上げた。
キリエにとっては重いものであったが、強化魔法のおかげで羽根よりも軽い感じがする。
私は木刀の先を騎士たちに向けた。
「面白いな。無礼どころか、不敬な輩は貴様らの方だと思うが?」
ピクリと騎士の目じりが動いた。
「階級を振りかざした大柄な複数の男たちが、一人の騎士をいたぶるとは。しかも、第二騎士団ということは貴族の護衛同士で衝突する。私の騎士が、ハインの騎士に攻撃された。つまり、ここで公爵家の家督争いをしたいのか?」
キリエは、ハインの騎士たちから特に馬鹿にされていた。シルヴィアやルードの騎士たちも、傍観しているだけだった。
「もしやお嬢様が剣を持つんですか?」
「お嬢様は、刺繍の方がお似合いですけどお?」
ハインの騎士たちは爆笑した。
どうやら、私にも、騎士に対する敬意も謝罪もないらしい。
「なるほど。なあ、女騎士、その手袋を貸してくれないか」
私は、倒れている女性騎士に手を差し伸べた。女性騎士は、おずおずと手袋を私に差し出した。
そして、私は手袋をハインの騎士の顔に投げつけた。
手袋を相手に投げつける。この行為は、貴族や騎士の社会の中で「決闘の申し込み」を意味する。
周囲の騎士たちが青ざめた。
ハインの騎士は、間の抜けた様子で目を見開く。
「よろしい、ならば決闘だ。騎士団長を呼べ」
「はっ! 正気ですか!? 気でも狂ったんですか」
ハインの騎士たちは、汗ばんだ。
昨日まで、気弱でおどおどとしていたおとなしい貴族令嬢が、いきなり決闘を宣告してきたのだ。貴族令嬢、しかも自分の雇用主の義理の娘、公爵家の長子に決闘を申し込まれたという事態に、混乱している様子だった。
「おい。早くしろ、騎士団長を呼べ」
私は女性騎士にケーヒル騎士団長を呼ぶように伝えた。
「は、はい!」
女性は小走りに第一騎士団の訓練場へと向かった。
すると、ケーヒル団長は焦った様子で駆けつけてきた。
「何事ですか?」
「この三人の愚か者たちに、私と私の騎士を侮辱された。事由は私の騎士に対するリンチ、そして、私の権威に対する挑戦だ」
「しかし、誰が決闘を?」
「私がする」
私は女性騎士に着替えを持っていないかを尋ねた。騎士の訓練服があるとのことで、それを貸すように要求した。
ケーヒルは目頭を押さえた。
「ま、待ってください。まさか公女様が決闘されるわけではないですよね?」
「そのまさかだが?」
「いけません! 相手は訓練を受けた騎士で、お嬢様はそんなにも……」
私は、木刀の剣先をケーヒルに向けた。
私が木刀を上から下へ振り下ろすと、一陣の風が舞った。ケーヒルの髪や衣服が揺れ、地面からは砂ぼこりが舞った。
「私なら、あのような軟弱な連中には負けない」
ケーヒルは、いきなりの突風に混乱している様子だった。剣も持ったことがない、手は剣だこもなく、きれいなままの一人の令嬢が、騎士たちに決闘をするという前代未聞の行為に単純に混乱していた。女性騎士も、やめるよう止めたが、私は命令だと押し通した。そして、女性騎士は渋々、私を更衣室に案内して訓練服を差し出した。
私は訓練服に着替えた。
「騎士団長に決闘の見届け人をやってもらいたい」
私はケーヒルにそう告げると、騎士たち三人と相対する。
ケーヒルは、まだ悩んでいたようであったが、私の意志が固いと察してやむを得ず了承した。
「後悔はないですね?」
「ああ」
「では、キリエ・ド・ルッフェ公女殿下と、ハイン小公子様の騎士モリス、ジャン、アンリの決闘を始めます。決闘内容は、一騎打ち。相手の木刀を落とすか、降参させれば勝利と見なします」
第一騎士団の騎士たちと第二騎士団の騎士たちが、訓練場に集まっていた。第三騎士団と第四騎士団は遠巻きに眺めている。
ハインの騎士たちは、厄介なことに巻き込まれたと面倒くさそうであった。私の精一杯のわがままと考えているらしく、馬鹿にしたような顔は変わらない。
「申し訳ありませんね、公女様」
そう言って、ハインの騎士モリスが先鋒になる。
私はモリスに向き合った。
「謝る必要はない。貴様が謝る機会はあったのだからな」
ケーヒルは、右手を上げる。
「では……はじめ!」
ケーヒルの合図と同時に、モリスが私の頭上に高らかと木刀を振り上げた。
しかし、仮にも第二騎士団で、貴族の護衛であるにも関わらず、動作が遅すぎる。隙がありすぎるのだ。
私は、木刀の先を思い切り、モリスの鳩尾に向けて突いた。「ぎゅふ」とモリスのうめき声が聞こえる。
モリスは、腹部の急激な痛みに耐えかねて腹を押さえうずくまるが、私は倒れないようにモリスの木刀を持っている手をつかんだ。そして、私の方へと抱き寄せて、支える。
「どうした、モリス? まだ倒れるのは早いぞ?」
モリスは、痛みと息苦しさで話すことができなかった。顔面は蒼白で、さぞ胃液が逆流していることだろう。
私は、モリスの右脚のふくらはぎに向けて木刀を思いきり打ち付けた。モリスは足を押さえようとうずくまろうとしたが、私が腕をつかんでそれを許さない。そのせいで、モリスは片足をはねながら立つしかなかった。
モリスには、痛みと気持ち悪さがあり、今すぐうずくまってリカバリーしたいことだろう。しかし、私が無理やり立たせている状態でそれもできない。
モリスは、私を突き飛ばして態勢を整えようとする。しかし、私はモリスの頭に木刀を打ち付けた。
モリスは、脳が揺れ、脳震盪を起こしそうになるが、私は素早く木刀を落とさないようにする。
「や、やめ」
モリスは私に対して何かを言おうとしていたが、私は木刀で彼のふくらはぎを複数回打った。モリスの小さな悲鳴がする。
私は木刀を持っているモリスの手を握りしめながら、ワルツを踊るように態勢を変えながら、モリスの足や頭、腕などを木刀で殴打した。
「こ、こうさ」
降参と言いかけたモリスの口を封じるために、木刀で顔を殴る。
「ん? どうした? きちんと言わないと聴こえないぞ」
モリスは頭から血を流し、顔は打撲の痕があり、ふくらはぎや腕には痣ができていた。
しかし、どんなに痛くとも、降参しようとも、木刀を持つ手は固定され、降参を宣言しても激痛によって封じられる。
決闘は、どちらかが降参するか、武器を落とさない限り終わらないという条件で行われた。
ケーヒルは、か弱い貴族令嬢のためを思って、この条件にしたのだろうが、それが裏目に出た。
「そ、そこまでに」
ケーヒルは、もう十分ではないかと私に話しかけてきた。
私が振り返ると、騎士団員たちは青ざめていた。目の前の光景に対して、不安と驚愕の表情を浮かべている。
「決闘は貴族にとって神聖なものだ。誰にも邪魔されることはない。例え、公爵であってもな」
私はそれから数十分間、モリスに生き地獄を味合わせることにした。強化魔法によって、木刀を突く力はかなりの衝撃になっているだろう。
やがて、モリスの反応がなくなった。私は、掴んでいたモリスの手を離した。
モリスは、ボロボロの姿で無様に倒れた。木刀も、同時に地面に落ちた。
誰もが、目の前の光景に対して理解が追い付いていなかった。
「き、キリエ・ド・ルッフェ公女様の勝利」
ケーヒルがそう宣言すると、第二騎士団の団員たちが意識不明のモリスを医務室へと運んだ。
決闘に敗北した騎士。そのレッテルを貼られれば最後、騎士としての人生は終わるだろう。モリスに残されたのは公爵家からの解雇か騎士爵位の剥奪だろう。
私は、残る二人の騎士たちに向き直った。
「じゃあ、やろうか?」
私は淡々と、嫌がる残りの騎士たちとの決闘を処理していった。
三人の騎士たちとの決闘を終えると、騎士団員たちが私を取り囲んだ。
「いったい、どうやって倒されたんですか!?」
「強化魔法があっても、訓練しなければ一介の騎士には勝てないはずです!」
皆、若い騎士たちだった。恐らく公爵家に入ったばかりで、私に会う機会も少なく、醜聞もあまり耳に入っていない者たちだろう。
若い騎士たちは、目をキラキラさせながら私に話しかけてきた。
すると、その群衆をかき分けて一人の男がやってくる。
「いやあ、驚きましたね」
第三騎士団の団長であるペテロ・エスタヴィアンだ。褐色肌に、無精ひげ、右目に大きな傷跡が特徴的な大男だ。ケーヒルやハインの騎士たちよりも前の第一騎士団の団長だった老兵だ。
「間抜けだが一応は訓練された騎士をあんなふうに処理するなんて」
「問題がある?」
「いえいえ。感心したんです。まるで先々代の公爵を見ているようでした」
「先々代?」
「先々代の公爵は女性だったんですよ。私が小さなころに一度だけお会いしたことがあります。もうその時はお年を召されていましたがね。息もつかせずに敵を攻撃し続けたり、相手が降参でなく、屈服するまで戦わせる姿が被りました」
ペテロは、笑いながら第三騎士団に何か指示を出している。
「私はもう老兵です。老兵は、晩節を汚さずに去るのみだと思っております。第三騎士団は、見知らぬ土地で朽ち果てて死ぬことが平気な奴らばかりです。傭兵あがりもいますからね。公爵家の後継者争いに首を突っ込むわけではありませんが、頼もしいと感じましたよ。久々にね」
ペテロは笑顔でそういうと、新兵たちを解散させた。
訓練場の決闘騒動は、恐らくすぐに公爵家に広がるだろう。
私は、背後に立っていた女性騎士に声をかけた。
「名前は?」
「れ、レア・スティムガルドです。子爵家の人間でした」
「そうか……レア。今すぐ、私の護衛騎士の編成をする。第三騎士団、そして第四騎士団からな」
「き、騎士の編成ですか?」
護衛騎士の編成。
シルヴィアの権限は、あくまでも第二騎士団の人事権のみであった。第二騎士団が後継者たちの護衛騎士や私兵になったのは、あくまでも、公爵が元あった第二騎士団を第三騎士団にして、愛するシルヴィアのために第二騎士団を与えたからだ。
体裁を考える公爵は第一騎士団は当主のもの、第二騎士団は妻のものという線引きを対外的にアピールしようとした。
第三騎士団と第四騎士団にはシルヴィアではなく、ケーヒルに人事権がある。
おそらく、事情を話せばケーヒルは護衛騎士の編成として、第三騎士団と第四騎士団から人員を補充してくれるだろう。
だからと言って、これまでのキリエに対する公爵家の扱いから、忠誠心は望めない。
レアが私の護衛騎士として選ばれたのは、シルヴィアの人事によるものだ。彼女には忠誠心はないかもしれない。
しかし、レアは公爵家で唯一の貴族令嬢出身の騎士だったため、他の高位貴族出身の騎士たちに目をつけられた。つまり、女の分際で騎士になっているレアは、私にお似合いの騎士と思われているのだ。
であれば、レアがシルヴィアの命令で私を脅かそうとする存在ではないといえるだろう。
「レア。お前のことは信用できない。私の公爵家での地位は底辺に等しい。そのあたりの奴隷にも劣るものだ」
私はレアの肩に手を置いた。
「だから、逃げるなら今の内だ」
まずは、騎士たちから味方につけなければならない。
そのために必要なものはなんだろうか。