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天妃物語6


 夜の山は暗闇そのもののよう。

 私はぶるりっと寒さを感じて目が覚めました。

 見れば囲炉裏いろりの火が消えかけています。

 私にくっついて眠っている紫紺と青藍が寒くないように抱き寄せました。

 まだ寒い季節ではありませんが夜の山は空気が肌寒くなるものです。

 夜明けまでまだ遠く、もう少し眠ろうと私も目を閉じる。

 でもふいに、――――ガサリッ、ガサリッ。足音らしきものが聞こえました。

 野犬でしょうか。それとも山賊や盗賊の類いでしょうか。警戒しなければ。

 眠っている紫紺を起こします。


「紫紺、起きなさい。紫紺」

「うんー……、……なに?」

「誰か来ました。ほら目を覚まして」

「えっ」


 紫紺が事態を察してすぐに目を覚ましてくれました。

 私は帯紐おびひもで青藍をおんぶします。でも青藍は無理やり起こされて不機嫌になってしまう。

 青藍の瞳がうるうるうるんで泣き出しそうになりましたが。


「せいらん、ちゅちゅちゅっだ。ゆびすってろ」

「あむっ。……ちゅちゅちゅっ」


 泣き出す寸前、紫紺が青藍に指吸ゆびすいをさせました。

 青藍は自分の親指をちゅちゅちゅ。涙目ながらも誤魔化されてくれました。

 ぴりぴりした緊張感が漂う中、私と紫紺は物陰に隠れて外の様子を窺います。

 月明かりの下、草木の茂みから一人の男が姿を見せました。


「っ……」


 現われた男に息を飲む。

 それは羅紗染らしゃぞめだったのです。

 動揺しました。どうしてこんな場所に羅紗染が……。

 息をひそめて羅紗染の動向を窺います。

 羅紗染は廃集落に入ってくると、迷いのない足取りで集落の真ん中で立ち止まりました。

 そして、ぶつぶつと呪詛じゅそのようなものをとなえだす。

 その異様な光景に全身の血の気が引いていく。

 早く逃げなければと警鐘が鳴りました。


「紫紺、逃げましょう。ここにいてはいけません」


 嫌な予感がしました。

 最近、みやこの結界がいくつも破壊されていました。黒緋や離寛の調べによると犯人は羅紗染らしいとのこと。羅紗染は危険すぎるのです。

 見つかる前に逃げなければ。

 私は紫紺を連れて物陰から出ました。羅紗染の死角を辿って進んでいましたが。


「――――どこへ行く。とうとい子どもたちの母君ははぎみよ」


「っ!」


 びくりっと肩が跳ねました。

 おそるおそる振り返ると、羅紗染はニタリッと歪んだ笑みを浮かべて私を見ていました。

 異様な気配と重圧感に緊張が高まりました。

 紫紺も警戒を強めていて、私は紫紺の手をぎゅっと握りしめて羅紗染を見据えます。


「どうしてあなたがここにいるのです……!」

「どうしてだと? そんなの決まっている。私の悲願を叶えるためだよ」

「悲願?」

「そうだ。一度はやぶれた悲願。だが、それが今夜とうとう叶えられる! 四凶しきょう復活という悲願がな!!」

四凶しきょう……っ」


 その言葉に背筋が冷たくなりました。

 四凶とは伝説上の怪物ですが、絵巻物に出てくるような架空の怪物などではありません。

 そして邪神の分身だという羅紗染なら四凶を復活させることも可能なのです。


「な、なぜそんな事を……!」

「なぜだと? 決まっている。邪神による絶対支配のためだ。邪神こそが天上と地上を支配する御方おかた! 天上の天帝を殺し、必ず邪神による支配を達成させるのだ!」


 羅紗染の禍々《まがまが》しい邪気が周囲一帯に広がりました。

 まるで濁流だくりゅうのような邪気に飲まれそうで、私は紫紺を背後に下がらせます。


「紫紺、逃げましょう! ここから逃げるんです!!」


 私は紫紺の手を引いて駆けだしました。

 でもその時、ドオオンッ!! 集落にあった家々が吹っ飛びました。

 そして黒い光が線となって夜空に突きあがる。それは各家々に置かれていた白い小石から放たれたものでした。


「な、なんですかこれはっ……! えっ、きゃあああああああ!!」


 突然、黒い光が私に襲いかかってきたのです。

 しかも黒い光は私の体を取り巻いて手足を拘束こうそくしてきました。


「か、体が、動きません……!」

「ははうえ!」


 紫紺が私に駆け寄ろうとするけれど、黒い光にはじかれて近づいてこれません。

 その光景に羅紗染が嘲笑ちょうしょうを浮かべました。


「こらこら、どこへ行くつもりだ。貴様がいなくては四凶しきょうが復活できないだろう」

「どういう意味ですか!」

「そのままの意味だよ。四凶しきょうは貴様の中にいるのだからな」

「え?」


 耳を疑いました。

 でもいぶかしむ私に羅紗染が楽しそうに笑います。


おろかな女だ。まだ気づかないのか。――――この世でもっとも祝福されし女、天妃よ」


 天妃。今その言葉が私に向けられました。

 意味が分からず混乱してしまう。


「……天妃? あなた、なにを言っているんです……。私は普通の人間で、天妃の神気もなくて……」

「当然だ。貴様の神気はすべて四凶しきょうを封じることにそそがれている。欠片も漏れることはない。だが」


 羅紗染はそこで言葉を切ると愉快気ゆかいげ口端くちはしを吊り上げます。


「それも今夜までだ。待っていたよ、この時を。おろかな天帝が天妃を手放し、みやこをでた天妃がこの集落に立ち寄ることは予想できていた」

「ま、待ってください。意味が分かりません……。私が……天妃?」


 そんなはずありません。

 だって黒緋が言っていました。私に神気は一切無くて、萌黄が天妃に似た神気を持っていると。

 混乱しますが、今はそれ以上に羅紗染の言葉に嫌な予感がしました。

 さっき羅紗染は『この集落に立ち寄ることは予想できていた』と言ったのです。


「まさか、この集落の人たちは……」

「ああ決まっている、犠牲になってもらった。四凶しきょうを復活させるためのな」

「なんて酷いことを……っ」


 愕然がくぜんとしました。

 この集落で暮らしていた人々は一人残らず殺されたのです。


「すべては四凶しきょうを復活させるためのもの! あとは貴様が天帝の元を離れ、のこのことここへ来るのを待つだけだった!!」


 そう言って羅紗染は喉奥で笑うと、暗闇を宿した目で私を見ました。


「さあ始めよう! 貴様の中に封じられた四凶しきょうを解放する!!」


 羅紗染の黒い光が強くなりました。

 黒い光が徐々に私を侵食しんしょくしていく。


「あっ、くっ、あああああああ!!!!」


 いる。

 私の中になにかがいます。

 腹のずっと奥底で何かが息吹いぶきを吹いて、むくりっと頭をもたげる。数は四体。それはみるみる存在感を増して、嵐のように荒れ狂いだす。それは災厄さいやくの怪物。


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