表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/66

さようなら、私の愛しい御方。どうかおげんきで。2

「はいはい、分かっていますよ。でもお説教は後でちゃんとしますからね」

「あう〜」

「あう〜、ではありません。甘えてもダメですからね」


 そう言いながら私は青藍を帯紐でおんぶしてあげました。

 でも立ち上がってふと気づく。


「あ、どうしましょう……」


 水仕事をしていたので私の顔も着物も土で汚れていました。

 できれば着替えたいけれど黒緋と紫紺を早く出迎えたいです。しかも紫紺が「ははうえー!」と私を呼んでいます。


「はい、今行きますよー!」


 私は手早く土を払うと土間どまを飛びだして正門へ向かいました。

 正門には黒緋と紫紺がいます。

 紫紺は私を見ると嬉しそうに駆けてきました。


「ははうえ、ただいま! きょうもオレ、すごかったんだぞ!」

「お帰りなさい。今日も頑張ったんですね」

「うん、きのうよりもっとつよくなった!」

「ふふふ、頼もしいですね」


 いい子いい子と頭を撫でてあげました。

 おんぶしている青藍も短い手足を伸ばしたり縮めたりしてはしゃいでいます。兄上が帰ってきて嬉しいのですね。

 私は黒緋を見つめました。

 鍛錬は順調のようですね。黒緋も紫紺も楽しそうです。


「お帰りなさい。お疲れさまでした」

「ああ、ただいま。ついてるぞ」


 黒緋が私の頬についていた土を指で拭ってくれました。

 今さらながらに恥ずかしくなってしまいます。やっぱり着替えてくれば良かったです。


「みっともない姿をお見せしました」

「気にしていない。いつもありがとう」

「黒緋様……」


 優しい黒緋にくすぐったい気持ちになりました。

 今日は立派なゴボウが手に入ったのでおいしい煮物が作れたのです。それを伝えれば喜んでくれるでしょうか。


「黒緋様、今夜の夕餉ゆうげは」


 その時、――――カタンッ。正門の前に牛車が停車しました。萌黄が帰ってきたのです。

 気づいた黒緋が「また後で」と私の話しをさえぎって、正門に迎えに行きました。


「おかえり、萌黄」

「ただいま帰りました」


 牛車から降りてきた萌黄を黒緋が出迎えます。

 今日の萌黄は公家くげ歌合うたあわせに招待されていたのでいつもより華やかな衣装を着ていました。それはまるで高貴な姫君のよう。この衣装は歌合うたあわせに参加する萌黄のために黒緋が用意したものでした。

 萌黄の姿に黒緋が目を細めます。


「綺麗だな。よく似合っている」

「ありがとうございます。天帝のおかげで歌合うたあわせの時も恥ずかしい思いをせずにすみました」

「斎王がなにを言う。誰がなにをまとっていようと、斎王の神気の輝きに勝るものはない」

勿体もったいないお言葉です。でも歌合うたあわせの時は緊張して頭が真っ白になっていました」

「ハハハッ、その姿も見たかった。また俺に歌を聞かせてくれ」

「天帝にお聞かせできるような歌が作れるか心配ですが、ぜひ」


 萌黄がかしこまってお辞儀じぎしました。

 次に萌黄は私を振り向きます。


「ただいま、鶯」

「おかえりなさい、萌黄。上手くいきましたか?」

「うん、なんとか。斎宮で和歌の勉強しといてよかったよ」

「大変でしたからね」


 斎王は神事のほかに教養も身につけなければなりません。

 萌黄は小さな村の貧民出ですが、斎宮での厳しい教育のおかげで今ではどこに出しても恥ずかしくないような所作や教養が身についているのです。

 黒緋が萌黄に優しく微笑みかけました。


「萌黄、疲れただろう。少し休むといい」

「ありがとうございます」


 黒緋が手を添えて萌黄を寝殿しんでんへと促します。

 それを受ける萌黄の所作も洗練せんれんされていて、天帝と並ぶ姿はまるで、まるで……。


「鶯」


 ふと黒緋に呼ばれました。

 萌黄と連れたって行ってしまう前に私を振り返ってくれます。


「鶯、さっきの続きはなんだ?」


 ……優しいですね。

 私と話している途中だったのを覚えていてくれたんですね。

 私は首を横に振りました。顔に笑みをりつけて答えます。


「いいえ、なにもありません。なにもありませんよ」


 立派なゴボウが手に入ったんです。

 おいしいゴボウの料理が作れたんです。

 夕餉ゆうげを楽しみにしていてくださいね。

 言いたいことはたくさんありました。でもどれも口にできませんでした。

 今、連れたって歩く二人にそんなことは言えなかったのです。

 ……ああやっぱり着替えてくれば良かったです。そうしたらこんな気持ちにならずに済んだでしょうか。

 馬鹿みたいに汚れた着物を着て、顔も土に汚れて。馬鹿みたいに……。


夕餉ゆうげまでまだ時間がありますから、萌黄は少し休んでいるといいですよ」


 そう言うとさりげなく黒緋と萌黄から目をらしました。

 目の前の二人がまるで届かないもののように見えたのです。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ