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世界で一番優しくて、世界で一番ひどい男2


 黒緋に側にいてほしいと望まれてから七日が経過しました。

 今、私は黒緋と二人でいちを歩いていました。

 いつもなら黒緋は紫紺と鍛錬をしている時間ですが、今日は離寛が鍛錬の指導をしているのです。そのこともあって黒緋が食材の買い出しについてきてくれました。

 もちろん天帝に買い出しに付き合わせるなんておそれ多くて最初は断りました。でも黒緋は市井しせいの人々の暮らしを見たいからと来てくれたのです。こういうところも神話のとおりなのですね。天帝は地上で暮らしている人間を愛しているのです。


「鶯、見ろ。あそこの露店は海を渡ってきた商人の店のようだぞ」

「そうですね、初めて見ました。行ってみましょうか」

「ああ」


 私と黒緋は異国の品々が並んでいる露店に来ました。

 そこには見慣れぬ形の小物や調度品、絹織物が並べられています。

 珍しい形や色の品々に見とれてしまう。山奥で育ったので異国の品を生まれて初めて見ました。


「どれも見事な品々ですね。こんな美しい装飾そうしょくは初めてです」


 美しい品々のなかでくしを見つけました。珍しい翡翠ひすいくしです。

 なんとなくかれて見ていると、ふと黒緋が店主に声をかけます。


「店主、このくしを一つ頼む」

「こちらですね、ありがとうございます」


 黒緋は店主から翡翠ひすいくしを受け取りました。

 くしなど必要だったのでしょうか。不思議に思って見ていると、私の前に翡翠ひすいくしが差し出されます。


「受け取ってほしい。お前への贈り物だ」

「ええっ!」


 驚いて目を丸めてしまう。

 贈り物なんていきなりすぎです。そもそも贈り物なんてされるのは生まれて初めてで……。


「ま、待ってくださいっ、受け取れません! 受け取る理由がありません!」

「なぜだ。このくしを見ていただろ」

「見てましたけどっ、だからといって……」


 翡翠ひすいくしは露店の品々の中でも高額な品でした。

 だから欲しくて見ていたわけではないのです。ただ美しいと思って見ていただけで……。


「……それとも私、物欲ものほしそうな顔をしていましたか? だとしたら、恥ずかしい真似を」


 申し訳なくなって縮こまってしまいます。

 そんな私に黒緋が少し困ったように目を丸めました。


「……まさかそんな反応をされるとは思わなかったな。ただ俺が贈りたいだけなんだが」

「そ、そういうものなんですか?」


 おずおずと見つめると黒緋が優しく目を細めて私を見つめます。


「嫌でなければ受け取ってほしい。嫌ではないんだろ?」

「っ、は、はい! 嫌なわけありません! ありがとうございますっ……!」


 私はたまらなくなって翡翠ひすいくしを両手で受け取りました。

 受け取ると黒緋も嬉しそうに笑んで、私の頬が熱くなっていきます。


「すみませんっ。こうして贈り物をしてもらうのは初めてで、どういう反応をすればいいのか迷ってしまってっ……。でも、嬉しいです。贈り物ってこんなに幸せな気持ちになれるんですね」


 夢みたいでした。

 贈り物ってすごいのですね。こんな幸せな気持ちになれるなんて、ほんとうに夢みたいです。


「ありがとうございます。大切にします」


 両手で受け取ったくしをそっと胸に抱きしめました。

 このくしを毎日使いたいです。ああでもそれは勿体もったいないでしょうか。

 こうして喜ぶ私に黒緋が可笑おかしそうに笑います。


くしくらいでおかしな奴だな。そんなに喜んでくれるならまた何か贈ろう」

「も、勿体もったいないです。お気持ちだけで充分ですからっ」

「そうか? 贈り物一つで喜んでくれるなら安いものだぞ」

「…………」

「お前はおもしろいな」


 黒緋はそう言ってまた笑いました。

 私はなんだか少し恥ずかしくなって、誤魔化すように頬をかいてしまう。

 一人ではしゃいでちょっと恥ずかしいです。

 もしかしたら黒緋にとって贈り物をするのは慣れたことなのかもしれませんね。贈ったり、贈られたり、彼にとってはなんともないことなのかもしれません。


「人が増えてきたな」


 ふと黒緋が言いました。

 気が付けば露店の周りには人が集まってきていました。珍しい異国の品々に足を止める人が多いのです。


「鶯、移動するぞ」

「あ……」


 手を、握られました。

 私の手を握ったまま黒緋が歩きだして、私は引っ張られるままについていきます。

 人混みのなかを離れないようにしっかりと握られて、そのぬくもりと感触に意識が集中してしまう。胸が痛いほど高鳴って呼吸の仕方も忘れそう。

 人混みを抜けて黒緋が立ち止まりました。

 私も立ち止まります。でも握られた手が気になって落ち着きません。

 そんな私に黒緋も気づいて、「いきなり悪かった」と申し訳なさそうに言いました。

 でもそうしながらも手は握られたままで……。


「このままでもいいか?」

「え?」

「このまま、もうしばらく」

「あ、……はい」


 小さく頷きました。

 顔が耳まで熱いです。握られた手は黒緋のぬくもりとまじりあって、まるで自分の手じゃないみたい。

 手を繋いでいちを歩きだすと、すれ違う人たちが私たちを見てなにかを囁きあっています。手を繋いで歩いていると目立つのでしょう。

 でも気になりませんでした。だって今は手を繋いでいる黒緋に夢中で自分たち以外の言葉なんて聞こえません。


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