私の知らないあなた4
「紫紺、私です。ここを開けてください」
静かな声で呼びかけました。
でも物置部屋はシンッと静まり返ったままです。
私はもう一度木戸を叩こうとしましたが、……ガタタタッ、一瞬だけ木戸が開いたかと思うと。
「え? わ、わああっ!」
ぬっと出てきた手に腕が掴まれて、あっという間に物置部屋に引っ張り込まれました。
バタンッ! 背後で木戸が閉まりました。
紫紺です。紫紺が私だけを素早く物置部屋に引っ張り込んだのです。
突然のことに目を丸めていましたが紫紺を見て驚きました。
「紫紺、怪我をしているじゃないですかっ」
紫紺は全身傷だらけでした。
昨日も怪我だらけだったのに今日もまた……。
「大丈夫ですか? こちらへ来てください」
私は紫紺に向かって両腕を広げました。
紫紺は戸惑いながらも来てくれます。
私の懐にきてくれた紫紺をゆっくり抱きしめました。
すると紫紺もぎゅっとしがみついてくれて、かわいいですね。頭を撫でてあげます。
「今日もたくさん頑張ったんですね」
こくり、と紫紺が私のお腹に顔をうずめたまま頷きます。
「たくさん怪我もしていましたね。みせてくれますか?」
こくり、紫紺はまた頷きました。
私は膝をついて紫紺と目線を合わせると、その腕や足をたしかめました。
紫紺の自然治癒力は常人とは比べものにならず、昨日の怪我もほとんど治っています。でもそんなことは関係ないのです。放っておいても治るのでしょうが、放っておきたくありません。一つ残らず見つけて、一つ残らず手当てしてあげたいのです。
私は怪我の状態をたしかめて、ひとつひとつを優しく撫でてあげます。
物置部屋に薬箱はないので今は優しくなでなでです。
「痛いですか? あとで手当てしてあげますからね」
「うん」
「ここも怪我してるんですね」
なでなで。なでなで。
撫でていると紫紺がじっと私の手元を見つめています。
そしておずおずと指差して教えてくれる。
「……ははうえ、ここも。ここもいたいんだ」
「ここですね」
なでなで。なでなで。
「こっちもいたい。こっちもなでなでだ」
「はい、こっちもですね」
なでなで。なでなで。
次は紫紺の肘ですね。可哀そうに、擦り傷ができています。
なでなでしながらちらりと紫紺の顔を見ると、最初は強張っていた顔が徐々《じょじょ》に緩んでいました。
あ、いいこと思いつきました。私はニヤリと笑い、紫紺の肘に唇を寄せて……。
「フーーッ」
息を吹きかけました。
瞬間、紫紺が「わああ〜っ」と大きく目を見開きます。
でもフーとされた感触に紫紺の顔がみるみる輝きだしました。
「さっきのなんだ!」
「フーフーです。痛いのを吹き飛ばしてあげました」
「もういっかい! フーフーってもういっかい!」
「ふふふ、いいですよ。もういっかい。フー」
「フーフー!」
紫紺も自分でフーフーします。しだいに楽しくなってきたようで、ようやく笑顔を見せてくれるようになりました。よかった、もう大丈夫のようですね。
私は背筋を伸ばして正座し、紫紺に優しく話しかけます。
「紫紺、少しお話しませんか?」
「おはなし?」
「はい、紫紺とたくさんお話したいんです。いいですか?」
「いいぞ」
紫紺もちょこんと正座します。
正座で向かい合ったまま紫紺の小さな手を握り、両手でそっと包みました。
話している間も手を繋いでいたかったのです。物置部屋に閉じこもるほど縮こまっていた紫紺の心とすれ違ってしまわないように。
そうすると紫紺が繋がっている手を見つめて、おずおずと口を開きます。
「おはなししたいことって、オレが、にげたこと……?」
「逃げたのですか?」
「……うん、もういやだったんだ。いっぱいあそびたかったのに、ちちうえがつよくなれつよくなれって。……ははうえも、おこった?」
「怒っていませんよ。どうして私があなたを怒るのです。紫紺はたくさん頑張ったんですよね」
「うん。……どうして、ちちうえはオレをつよくしたいんだ?」
「それは……」
私は答えられませんでした。
黙り込んでしまった私を紫紺がじっと見つめます。
「……。ははうえ、どうしてそんなかおするんだ?」
「かお?」
「うん。ちょっとかなしいかおだ」
「私、そんな顔を……?」
聞き返すと紫紺がこくりっと頷きます。
気づきませんでした……。私そんな顔してたんですね。
紫紺は私をまたじっと見つめていましたが、「…………。まあいいや!」と突然大きな声をだしました。
紫紺は自分で納得したように言います。
「オレはしらなくていい! どうしてつよくなるのか、しらなくていい!」
「……知らなくていいんですか?」
「いいっ。しらなくても、オレはつよくなることにした!」
「紫紺……」
あっさり切り替えた紫紺に驚きました。
いったいどんな心境の変化があったのでしょうか……。
不思議に思っていると紫紺が教えてくれます。
「きめたんだ。オレは、ははうえのためにつよくなる。つよかったらまもれるから、ははうえはもうそんなかおしなくていい」
どうだ、とばかりに紫紺が胸を張りました。
紫紺は幼いながらも真剣に私に約束します。
「ははうえ、あんしんしろ。オレはもうにげないことにした。いっぱいたんれんして、いっぱいつよくなる。ちちうえよりもつよくなるから、あんしんしろ」
「そうですか。紫紺、ありがとうございます」
紫紺がどうしてそう思ったのか分かりませんが、それでも私を一心に見つめてくれる幼い瞳が愛おしい。
幼い瞳を見つめて微笑みかけると、紫紺が照れくさそうにはにかみます。
私は紫紺と手を繋いだままゆっくり立ち上がりました。




