はじめての赤ちゃん、その名は紫紺。5
「何してるんだ?」
「見てのとおり夕餉を作っています。もう少し待っていてくださいね」
私がそう言うと黒緋が不思議そうな顔になってしまいます。
腕を組んだ格好でじーっと見つめられて少し居心地悪いですね。
私は刻んだ野菜を土鍋に入れながら話しかけます。
「なんです。なにかご用でしたか?」
「いや、分からないんだ。お前は俺の子を生んだというのに、どうしてここにいるんだ。こんなところで炊事をする必要ないだろう」
私の炊事の手がぴたりっと止まりました。
言葉の意味にじわじわと頬が熱くなります。
だってそれって私を妻の身分だと認めてくれているということですよね! 黒緋に他の妻の存在は見当たらないので、それって私だけってことですよね!
「ありがとうございます! お気持ち嬉しく思います!」
黒緋と子どもを作ってよかったです。妻と認めてもらえるなんて……!
ああいけませんね。このままだと嬉しくて頬が緩んでしまいます。さすがにそれは恥ずかしい。
ふと、それならと思いつく。
私を妻と認めてくれているなら許してくれるでしょう。
「黒緋様、少しだけ紫紺を抱っこしてもらってもいいですか?」
「構わんが」
私はおんぶ紐から紫紺を降ろすと黒緋に抱っこしてもらいました。
本当なら主人に子守りをお願いすることは許されませんが、私は妻なのです。少しくらいいいですよね。
紫紺は黒緋の大きな腕のなかで目をぱちくりさせています。
「あーあー」
「ちょっとだけ待っていてくださいね」
紫紺が小さな両手を伸ばして私に抱っこを求めるけれど、ごめんなさい。もう少しだけ待っていて。
私は急いで小さな土鍋と小さなお椀を用意します。
その間も後ろからは抱っこから脱出しようとする紫紺と、それを阻止する黒緋の騒がしい声が聞こえます。
「こら紫紺、暴れるな」
「あぶーっ、あーあー!」
「まだ駄目だ。待っているように言われただろ」
「ぶーっ」
「怒っても無駄だ。少しくらい待て」
「あうー! あーあー!」
紫紺の声がいっそう大きくなりました。
どうやら大暴れしているようですね。元気なのはいいですが急がなければ黒緋が大変です。
私は手早く用意すると板間で待っていた二人のところへ行きました。
「お待たせしました。さあ紫紺、どうぞこちらへ来てください」
「あう〜」
紫紺を受け取るとぴたりっとくっついてきました。
離れまいとするような仕草がかわいいです。
「あなたによい物を作ったんですよ? あなたならきっと大丈夫なんじゃないかと思って」
そう言って私は小さなお椀を見せてあげます。
お椀の中には重湯が入っていました。そう、紫紺の重湯です。
生後一日に重湯なんて本当は早すぎるのですが、紫紺の成長速度なら大丈夫だと思ったんです。だって。
「紫紺、あーんってしてください」
「あう?」
「あーん、ですよ。こうやって、あーん」
口を開けて見せました。
すると紫紺はじーっと見ていたかと思うと……かぱっ。「あー……」と小さなお口を開けてくれます。
そのお口の中には小さな小さな白い歯が少しだけ覗いていました。
「ほらやっぱり。生えてると思ったんです。黒緋様、見てください。少しだけ歯が見えてます」
「どれ。おおっ、これか! さすが俺とお前の子だ!」
「ありがとうございます」
ふふん、と私はなんだか得意げな気分。
私との子どもを喜んでくれるのが嬉しいです。
私はさっそく匙で掬って紫紺に食べさせてみます。
「紫紺、あ〜んですよ。あ〜ん」
最初は警戒していた紫紺ですが、小さな唇を匙でツンツンしてみると……パクリッ。
しかも吐き出すことなくムニャムニャしてくれます。
「良かった。ちゃんと食べれそうですね」
「あーあー!」
上手にごくんっとした紫紺がもっと欲しいとねだってくれます。
気に入ってくれたようですね。これからは少しずつ紫紺の料理も増やしていきましょう。
私はたくさん食べてくれる紫紺に目を細めます。
「作ってみて良かったです。でも今はこれでおしまいですよ。夕餉の時間まで我慢してくださいね」
私はそう言い聞かせると黒緋を見つめました。
「黒緋様、申し訳ありませんが……」
「ああ、いいぞ。紫紺は俺が見ていよう」
「ありがとうございます。あとは膳を運べば夕餉を始められますので」
黒緋は穏やかに笑って頷くと、「紫紺、行くぞ。お前はこっちだ」と紫紺を抱っこして連れていってくれます。
いつまでも主人と子息を土間に足止めするわけにはいきませんからね。
でも黒緋が土間から出ていく間際に振り返りました。
「鶯、お前がいてくれてよかった。ありがとう」
黒緋はそう言って笑むと、紫紺を連れて土間を出ていきました。
残された私の頬が熱くなっていきます。
黒緋に必要とされているのが嬉しいです。
もっと、もっと頑張りましょう。そうすれば黒緋はもっと喜んでくれて、もっと私のことを好きになってくれるでしょうから。




