はじめての恋6
「え、黒緋様?」
「鶯、俺も一緒にすることにした」
「一緒に?」
突然のことに舞を止めて目を白黒させてしまう。
でもそれに構わず黒緋が舞いだしました。
まるで私を誘うような動きの舞で、すぐに気づきます。それは『納曽利』ですね。
納曽利とは双竜舞という別名もあるもので、雌雄の青龍が降り立って聖寿を祝って舞い遊んだ様のものです。納曽利は二人の舞手が互いに同じ手振りで舞い、途中から離れて飛び交い、また向かい合ったり背中合わせに舞ったりするものでした。
「鶯、早く来い」
黒緋が舞いながら誘ってきます。
私は驚いたままでしたが観念することにします。そもそも斎宮の白拍子である私を納曽利に誘うとはいい度胸ですね。
「いいでしょう。私が手解きしてあげます」
ふふんと気取ったように言うと、黒緋の納曽利に飛び込みました。
私と黒緋は向かい合って同じ動きで舞います。
互いの手振り足捌きを間違えると調子が崩れてしまうので、二人の息がぴったり合わねば舞ではなくなるのです。
でもだからこそ面白いのです。互いに目と目で合図を送りあいながら動きを合わせるのですから。
「黒緋様、次はこちらです。その次は右手へ」
「こうだな。どうだ、なかなか上手いだろう」
「私ほどではありませんがね」
クスクス笑いながら言いました。
舞いの最中だというのに笑ってしまう。楽しくて仕方ありません。
私が今まで舞ってきた舞は天帝に奉納するためのものだったのです。だからこんなふうに遊ぶことが目的で舞をするのは初めてでした。
おかしいですね。黒緋も私も大人なのに、まるで子どもみたいにはしゃいで。
「ふふふ、なかなか上手ですよ」
「鶯の舞は合わせやすい。さすが斎宮の白拍子だ」
「ありがとうございます。あ、次は左へ」
私の指示に黒緋が左へ飛びました。
それに合わせて私も右へ飛び、互いに振り返って顔を見合わせます。視線が合うと笑いあいました。
ああ、なんて楽しい。こんなふうに楽しい気持ちになるなんて。終わってしまうのが惜しいくらい。
私たちは夢中で舞い、名残り惜しい雰囲気のなかで納曽利が終わりました。
「ありがとうございました」
「俺こそありがとう。楽しかったぞ」
「私もこんなに楽しい気持ちで舞ったのは初めてです。あなたは舞もできるんですね。驚きました」
「俺は嗜みていどだ。お前が俺に合わせてくれたんだろ? だから上手く舞えたんだ」
「そんなつもりは……」
頬が熱くなって誤魔化すようにそっぽ向いてしまう。
どうしようもなく照れてしまいましたが、ハッと気づきました。
すっかり楽しんでしまったけれど黒緋は安静にしなければいけない時なのです。
「黒緋様、体の調子はどうですか? 無理していませんでしたか?」
「ハハハッ、鶯は心配性だな。俺は大丈夫だ。さっきも元気に舞ってみせただろう」
「そうですけど……。でも、もしなにかあったら笑いごとでは済みません。もう舞は終わりです。約束どおり今日は休んでくださいね? 昼餉を食べたら寝床に横になってください。見張っています」
「見張るのか? 厳しいな」
「見張ります。また素振りを始められては困りますから」
私はそう言い聞かせると、渋っている黒緋の前に昼餉を並べます。
黒緋は「真面目すぎるぞ」とムムッと拗ねた顔をしましたが、安静中ながらしっかり完食してくれました。
黒緋の昼餉が終わり、片付けをするために土間に引っ込みました。
でも見張ると宣言したとおり、片付けが終わればまた黒緋の寝間に向かいます。
御簾を少しだけめくって黒緋が寝床に横になっていることを確かめました。
「ちゃんと眠ってますね」
黒緋の落ち着いた寝顔にほっとしました。
体調を確認しておこうと寝間に入り、静かに近づいて枕元に正座します。
額へとそっと手を伸ばす。手の平に感じる体温は正常で安心しました。
「もう大丈夫ですね。よかった」
小さく呟いて、額から手を引っ込めようとする。でもその前に。
「わっ、起きてたんですか?」
突然手が掴まれてびっくりしました。
驚く私に黒緋が微睡のなかで微笑みます。
「寝ていた。でもあんまり気持ちよくてな」
黒緋はそう言いながら私の手を自分の額に戻しました。
「こうしていてくれ。こうされると気持ちいいんだ」
「黒緋様……」
「どうしてだろうな。お前が側にいると落ち着くんだ……」
黒緋はそう言うとまた目を閉じてしまう。
少しして静かな寝息をたて始めました。
「……眠ったんですか?」
問いかけても返ってくるのは寝息だけ。
黒緋は寝惚けていたのでしょうか。
でも、寝惚けていただけだとしても嬉しい。
こうして側にいることを望まれたことが嬉しくて仕方ない。
……ああ、ため息が漏れてしまう。
鼓動が高鳴って、胸がざわついて、苦しいほど締めつけられる。泣いてしまいそうなほどの幸福感に心が満たされていく。
「黒緋様……」
静かに名を呟きました。
その名を口にするだけで胸がじくじくと甘く痛んで、……ああ、愛おしいと私は思っているのですね。
黒緋が愛おしい。
好きで、とても好きで、恋しているのだと気づきました。
気づいた恋心は春の木漏れ日のように暖かくて、優しく心を満たすもの。
でもね、不思議なのです。優しいのに胸が痛い。切なくなるほどに。
これが恋というものなのですね。
「ゆっくり休んでくださいね」
私は黒緋の寝顔を見つめて言うと、彼の額にかかった前髪を指でそっとどけてあげました。




