まさかのお願い
「本当にすいません…今日が土曜日なのを忘れてて…」
「もうおかあさんったら…おにいさんもありがとうございます」
「俺は暇してただけだからこれくらい大丈夫。すごい急いでてちょっと心配したけど何事もなくてよかったです」
優花ちゃんから場所を聞いてびっくりしたのだが、優花ちゃんのお母さんと俺の働いている会社が同じだった。部署が全然違うため接点が無かっただけみたいだ。
今はというと優花ちゃんのお母さんを会社まで捕まえたあと全員昼ごはんを食べていないことに気がつき、近くにあったファミレスでごはんを食べることにした。
「あ、そういえば自己紹介がまだでした。隣に引っ越して来た水鳥涼音です。涼しい音って書いて涼音です。落ち着きのない私ですがよろしくお願いします」
「自分は浅葉蓮です。自分は在宅ワークで働いてるので大抵家にいるので何かあったら言ってください」
部署が違うとはいえ同じ会社で働いているのだから何かしら手伝えることはあるだろう。自分の仕事自体は基本3日から4日で終わらせれるから、ちょっと手伝うくらいなら大丈夫だろう。
「おかあさんとは大違いだね〜」
「もう、おかあさんをからかわないの!」
2人とも親子なだけあって仲がいいのがよくわかる一コマな気がする。そんな2人の微笑ましい光景見ているだけで笑顔になれそうだ。
「あ、そうだそうしたら浅葉くんにちょっとお願いがあるんだけどいいですか?」
「お願いですか?自分に出来ることなら大丈夫ですよ」
「ほんと?そうしたら――――」
水鳥親子ファミレスでご飯を食べた2日後、家で仕事をしていると家のチャイムが鳴った。
「はーい、開いてるよー」
「お、おじゃまします!」
声の主人は昨日会話した優花ちゃんだった。ただ違う点を挙げるとするならば、昨日とは違い学校の制服を着てランドセルを背負っていることだろうか。
「レンおにいさんはまだお仕事ですか?」
「そうだねぇ。今日はもうちょっと進めておきたいかなぁ」
「そうですか…では待ってますね」
優花ちゃんは俺がいる部屋の前でどこか心配そうな声を出しながら聞いてきた。優花ちゃんはそのままリビングの方に戻り、机の前に座ってランドセルの中からおそらくプリントだと思われるものを取り出した。
昨日涼音さんにお願いされた事がまさにこれで、優花ちゃんの事を見ていて欲しいという事だった。涼音さんはいつも少し帰りが遅くなってしまうため小学3年生の女の子を1人で家に残すのは不安があるらしい。
「んー…とりあえずこんなものか…うわもう6時か」
「あ、レンおにいさんお仕事は終わりましたか?」
「うん終わったよ。それにそろそろお腹も空いてきたしね。…なんかごめんね暇させちゃって」
優花ちゃんはよっぽど暇だったのかノートの1ページいっぱいに絵を描いていた。いやまぁそりゃあ家に着いたのが大体4時くらいだったからそれから宿題に20分使ったとしても、約1時間半くらい1人で遊んでいたのだからそうなるわな。…近いうちにテレビ移動させておこう。
「まぁ暇でしたけど…お仕事してるんですから邪魔は出来ないですし…」
「それなら外で遊んできてもよかったのに。5時とかまで」
「あはは…それが今日転校したばっかりでまだお友達がいないんですよねぇ」
「え?今日!?」
今日って…隣に引っ越してきたの2日前とかだったのにそんな急なことある…?それならもうちょっと早く引っ越してくるとかしないと…。そこまで考えて涼音さんの性格をちょっと考え直した結果、1つの答えが出た。優花ちゃんもそれに気づいたらしく苦笑いをしている。
「あ、でもでも教室で話しかけられたりはされたので多分大丈夫だと思います!」
「そっかそれはよかったね。さて一緒に何かする前にそろそろご飯にしようか」
なにか簡単に作れるものがないか考えるために冷蔵庫に向かうと優花ちゃんもなぜか横に来ていてやる気満々だ。というか顔が近いです…。
「…まっててくれたらすぐ作るよ?」
「いえ、家に入れて貰ってるんですからお手伝いしますよ!まかせてください、私はおかあさんよりも料理できるので!」
「んー…じゃあ一緒に作ろうか。そうだなぁ…じゃあ…これ切ってもらえる?」
「まかせてください!」
ここから優花ちゃんと一緒にご飯を作ることになったのだが、優花ちゃんの手際がいいのなんの。俺も一人暮らしを始める前から家で料理を作っていたから、包丁の使い方には慣れていると思っていたのだが優花ちゃんはかなり慣れているようでびっくりしてしまった。
優花ちゃんの協力もあってかなり早く作れたこともあって15分もたたずに出来上がってしまった。
「いただきまーす!」
「ごめんね…米買い忘れてて…」
「いえいえ、わたしこのご飯も好きですよ?レンジでチンってするだけなので便利ですよね」
この子本当に小学3年生なのか…?料理の腕はいままで自炊してた俺なんかよりもはるかに上手で、言葉遣いもかなり丁寧でしっかりしている。なんか子供の相手しているというよりは、年の近い後輩を相手にしているような感覚になる。
「…?、どうかしましたか?」
「いや…なんか優花ちゃんって子供っぽくないなぁって思ってさ」
「えぇ!?そ、そうですか…?そんなことないと思いますけど…」
いやまぁこうやって話している分には確かに子供っぽいんだけど、時々出て来る大人っぽさみたいなのが少し調子が狂う。きっと将来はいいお嫁さんになるんだろうなぁ。こんなに可愛くて料理も出来て…って何考えんてんだ俺は…。
「まぁ…子供っぽくないって言われるのはもう慣れたのでへーきです。わたしってそんなに可愛くないんですか?」
「別に可愛げがないとは言ってないよ。大人みたいだなって言ってるのよ。…ちょっと怒ってる?」
「べつに怒ってませんよ~。どうせわたしは子供っぽくないですよー。こんなに見た目は可愛いのに。わたしクラスの中で3番目くらいに小さいんですよ?」
「いやいや、そこまでは言ってないじゃん。そう言うところは子供っぽいんだね」
2人で笑いながらご飯を食べているといつもよりゆっくり食べていたはずの食事があっという間に終わっていた。いつぶりだろうか誰かとこんなにわいわい話しながらご飯を食べたのは…。
「ふぅ、ごちそうさまでした!えへへ~、レンおにいさんとご飯たべるの楽しいです!」
「それはよかった。まぁ俺も結構楽しかったよ。家で誰かと話しながら食べるの久しぶりだからさ」
「ほんとですか?えへへ、わたしもうれしいです!」
なんかこの笑顔を見ているだけで仕事の疲れが吹っ飛びそうだ。今日からこの子とご飯を食べる事が多くなると考えると少し楽しみだ。今年はいい年になりそうだ…。まだ6月なんだけども。
食器を片付けようとするとまた優花ちゃんが手伝ってくれると言うのでお願いすることにした。2人で話しながら食器を洗っていると家のチャイムが鳴った。
「すみません!遅くなりました~!」
「いえ、全然大丈夫ですよ。仕事お疲れ様です」
「蓮くんありがとう~、ゆうちゃんもいい子にしてた?」
チャイムを鳴らした主は優花ちゃんのお母さんの涼音さんだった。急いできたのかかなり息を切らしている。お母さんが帰ってきたのに気づいた優花ちゃんも玄関の方に出てきた。
「おかあさん…そんな急いで来なくても…」
「え!?だ、だって蓮くんにあまり迷惑かけるとあれだし…」
「あはは…、別に全然迷惑じゃないですよ。いろいろ手伝ってくれて助かってますよ」
優花ちゃんが準備を終わらせるまで軽く話しながら待っていると、今日家に来た時の格好の優花ちゃんが戻ってきた。
「それではレンおにいさんまた明日です!」
「うん、また明日ね。明日も一日家に居るからいつでも来ていいからね」
「はい、わかりました!」
優花ちゃんが出て行った後の部屋はかなり静かで少し寂しくなってしまった。このアパート意外と壁が厚いためそれこそ引っ越しの音とかの大きい音ならともかく、隣の声は聞こえてはこないため余計静かに感じる。
「……さて仕事の続きをしよ。はぁ急に現実に戻された感じ…」
明日やろうと思っていた仕事をやっぱりやってしまおうと思ってしまったのが間違いだった。こうなるともやもやしてしまうため、渋々パソコンへと体を向かわせるのだった。