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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ストッキング

作者: 弥生

「お届け物でーす」

インターフォンから低い男の声が響いた


まだ気温の上がりきらない春の朝方


1メートル四方の段ボールを抱えた配達員は 喉仏あたりに汗を滲ませて 湿った鉄釘のような独特の匂いを漂わせていた


マスクを通しても鼻先は揚々に感じ捉える


「有難うございます。朝早くからご苦労様です。」


「1番に来ましたよ、中に置きましょうか?」


「いえ、大丈夫。持てますから。」


段ボールを受け取る手に 男の指先が少し触れた


「じゃ、失礼しまーす。」


私は 閉まるドアを見つめて 深く息を吸い込んだ


その瞬間だった


「公美子さぁ〜ん?」


「あ、はい!」


「ねぇ、急いで持ってきてちょうだいってば、それ!」


奥様の甲高い声は 何時も苛ついていらっしゃる


「はい、ただいまお持ちします。」


大きな段ボールを抱えると前が見えずらい


それでも足の感覚を頼りに わざと小走りな足音を立てて階段を駆け上がった


その部屋の少し開いたドアから薄明るい陽の光が廊下を照らしている


白いドアを開けると独特の匂いがする


波によって砂浜に打ち上げられた海藻のように様々な色味のストッキングが散乱していた


その部屋には当たり前の景色であった


アイボリーで統一された家具に太陽光が反射して眩しかった


大きなベッドの上にも一つ透明な黒色のストッキングが放置されいた


薄緑のベルベットが張られた美術品の様な一脚椅子に深く腰を掛けている脚がバタバタと音を立てている


奥様と呼ぶには若すぎる 子供の人形のように小さな少女


銀色のサテン生地の男仕立てのパジャマからはだけた 青白く骨ばった細い脚は 陶器のように滑らかで薄らと血管が透けて見える


漆黒のペディキュアが丁寧に塗られた小さな足指が 別の動物かのようにぐにゃぐにゃと蠢いている


履き捨てられたストッキングと 食べ終わったお菓子の袋やガムのついた紙屑が 床のそこいら中に投げ捨てられてあった


「もうさ、やんなるけど!

朝から私は忙しいんだからね。

届くの遅れるとか、マジ信じられないって!」


少女の此方を睨みつける鋭い眼光に 私は少したじろんだ


「…。」


「ね、早く開けてちょうだいよ!」


エプロンのポケットからカッターナイフを取り出して 私は手慣れた手付きで荷を解いた


「Blue Blackを頂戴。あとは引き出しに入れておいてくれる?」


「はい。わかりました。」


段ボールの中にはぎっしりと1か月分の美しいストッキングが詰まっていた


サイドテーブルにその中の一つを載せた


花々の彫刻が立体的に施されたアイボリーの衣装ダンスにの上には 彩取どりの香水瓶が乱雑に置かれているから 慎重にゆっくりと引き出しを開けなければならない


引き出しの中は空っぽで ローズとジャスミンの混ざった甘い香り袋が一つ転がっているだけだった


「ショップには先日、苦情のメールを送っておきました。これからはそのような事の無いように対応致しますと返信が来ていました。ただ、先日の雪で配送も遅れが出ているのは仕方ないと…」


「だからさぁー、もう、いいよ。嫌い

どんだけよ!定期購入解約すっぞ!うぐっ〜っ、、、はぁぁ!」


脚を、バタバタさせて苛立ちを表現している


「…。」


「公美子さん、それ捨てて置いてよね!」


「はい、わかりました。」


ランプシェードの置かれた床の隅まで お菓子の空袋やフルーツの食べ屑などが 汚らしく散らかっていた


それは 毎回のことだから 気にもならない事なのだが


週に2日通う契約の私だけが知る 片付けが出来ない美しい少女の 何かが欠けた真の姿は 外部の者は誰も知らないのだろうか?


少女は潔癖症で ゴミ箱が寝室に在るという事が許せないらしく 部屋にゴミ箱を置く事はならない


私は この2階の部屋に初めて入室した時の衝撃を今だにはっきり覚えている


折れそうに華奢な可愛らしい奥様に会う度に 何故かそんな汚物塗れな部屋も許せてしまうのだろう


母親に似た感覚?…いや違う


女であるのに 女に対して恋に似た不思議な気持ちが芽生えているのを私ははっきりと感じていた


あのギョロっとした大きな目玉で睨みつけられても 何か可愛らしいものを愛でる気持ちさえ感じてしまうようになっていた


反対に 華奢な弱々しい身体から想像も付かない醜い言葉を連呼される時などは 細すぎる区微を両手で絞めあげてしまいたいと 何度も頭を過ぎるのだが


その度 甘いローズとジャスミンの香りに眩暈がして どうにかして自分の意識を整え直すのだった


引き出し一杯に詰め終わって空っぽになった段ボールにゴミを拾い集める


ストッキングを一つ指先で摘んで 空にヒラヒラさせてみた


透明な美しい黒は 綺麗なままで私の手に 此処にある


奥様は1度履いたストッキングを 2度は履かずに捨てる


毎日毎日、袋を開けて新しいストッキングを履く


洗濯したらまた履けますのに…と、私が口走ってしまった時には


耳の奥まで響く甲高い声で 想像も付かない汚らしい言葉を並べて ややヒステリックにベッドの上を飛び跳ねた


顔を赤らめて叫びながら 徐々に半べそになって瞳に涙を湛えて歯を食いしばる奥様を 私はただ黙って見つめていた


私はゆっくり部屋から出てキッチンへ行き 牛乳を沸かしてアールグレイの茶葉を入れ香り高いロイヤルミルクティーを作った


丁寧に茶漉しを通してカップに注ぎ ティースプーンに山盛り3杯の砂糖を入れてゆっくりかき混ぜた


ベッドに突っ伏して泣いていた少女は ボサボサの前髪から除き見上げて私を睨んだ


大きな瞳から流れた涙の滲んだ跡が 桃色の頬をキラキラ輝かせていたのを見て 私は ただただその人を可愛いと感じた


「ミルクティーを作ってきました。よかったらどうぞ。」


「…ありがと」


私は奥様のストッキングを握りしめて家中を掃除する


誰かに見られてしまわないように気をつけながら磨き回る


奥様がお出かけになってしまえば 一軒家には家政婦の私1人だけなのだが


少しそわそわしながら 何か悪戯めいた いけない事をしているようなワクワクする感覚に酔いしれる


少女が1度脚を通した美しいままのストッキング


今 私の手によって白灰色のホコリに塗れて 時に破れ、そして醜く汚れ裂けていく…


私の頭の奥底に在る複雑な想い

何かが満たされていく不思議な感覚を味わう


また 好きなBlue Blackを手に取った




続きあります

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