美しい世界
夜。宿の食堂。
―――カチャンッ
「はぁ~っ、ご馳走様でした!」
「……」
「……」
『……』
「zzz……」
「あれ、どうしたんです皆さん?」
食器を置いたノベルさんが、きょとんとした顔で私たちを見た。
―――ズズズ……
『(ひぃっ!!)』
イオリさんから黒いオーラ放たれている……。イオリさんはこめかみを押さえながら低い声でノベルさんに訊ねた。
「……何でいんだよ」
「はい?」
「お前の宿じゃねえだろ」
「だって一人でご飯食べるの味気ないじゃないですか」
「そうだけどよ……」
イオリさんはチラリと机に突っ伏しているラルフを見た。ラルフの周りには空の食器が山のように積み重ねられている。
「うちはラルフが馬鹿みてえに食うんだ……城から金が出るとはいえ宿主から白い目で見られてる。そこにお前が来て飯を食ったんだ。……余計この宿に居づらくなるだろうが」
切実な問題だ。
「ああ、だから皆さんビクビクしてたんですね。言ってくださいよ~、そしたら僕だって遠慮し」
「間髪入れずに食い始めただろ」
「そうでしたっけ?」
あはは~と笑うノベルさん。一ミリも悪いと思ってなさそうだ。
「じゃ、移動しましょうか!」
「あ?」
「ここじゃ話せないでしょう?」
「「『……』」」
私たちは誰からともなく顔を見合わせた。
―――ガタッ……
「……部屋に案内しよう」
「はーい!」
ユラさんが静かに立ち上がってノベルさんを促す。ノベルさんは軽い足取りでユラさんの後に付いて行った。
―――スッ
「ラルフ、起きろ」
「zzうー……」
イオリさんが突っ伏したままのラルフを揺する。……私も部屋に戻ろうかな。
「……タナカ、お前はどうする」
『へ?』
「話、聞くか?」
『え』
予想外の言葉に思考が止まった。
―――……
イオリさんは黙って私を見てる。……今まで聞かれたことなかったのに、どうしてそんなこと言うんだろう……?
「今日、入国してどう思った?」
『えっ』
別の質問が飛んできて私は更に混乱した。どうゆうこと?イオリさんは何を聞こうとしてる……?黒い瞳は相変わらず真っ直ぐ私を見つめていた。……と、とにかく質問に答えよう。
“こんにちは”
“良い天気だねー!”
“今朝うちの子がね、”
……。
『……あの、なんか、嘘みたいに見えました……』
「……」
『えっと、初めて来た時は平和っていうか、良い国だなって思ったんです。お城も、すごく綺麗だなって……』
「……」
『でも……』
ノベルさんの話を聞いて もう一度この国を見てみたら
『今日はそう思えなくて……なんか……違うんじゃないかって思いました』
……うまく言葉にできない。でもモヤモヤというか、つっかえるものが確かに胸の中にあった。
―――ふっ
ふと空気が動く。顔を上げるとイオリさんが目の前に立っていた。イオリさんは腰を屈めると、私の両目に視線を合わせた。
「……お前は、知らなかったことを知った」
『……』
「だから感じ方が変わった」
『……』
「大事なのはここからだと思う」
漆黒の瞳が僅かに揺れる。
「知って、どうするかだ」
私は思わず息を呑んだ。黒い瞳を見つめ返す。
「……何もしなくたっていい。何かしてもいい。ただ一つ言えることは、元には戻れねえってことだ。知らない振りをしようとしても、知らない自分には戻れねえ」
知らない自分……。知らない自分というのは――この国が平和だと思っている自分。そう思ったのは本当だ、本当にそう感じていた。でも今は……心からいいなって思えない。
「……無理しなくていい。お前のしたい方でいい」
『!』
“タナカ、今なに思ってる?”
私は今、なにを思ってる?
“オウド国は暗殺集団クラーレと繋がっている”
“本当に危険なのはアメリア国じゃない。オウド国だと、僕は思っています”
ノベルさんの話を聞かなければ、きっと不安にならなかった。平和で綺麗な国だなって、安心してここに居られたはずだ。でも……
“贅沢だね。呼ばれるだけでいいのに”
“会えたよ、あとから気付いたけど”
知らないままで良いんだろうか……。知らないまま、気付かないまま、平和だったらいいんだろうか。
『……よく分からないんですけど』
「……」
『ちゃんと知りたい、って思います』
「……そうか」
イオリさんの目が細まる。
―――もぞっ
「……んー」
『……』
視界の隅でラルフが身じろぎした。
「おら、いい加減起きろ」
「うー……」
イオリさんがラルフの腕を肩に掛ける。ぼんやりとその様子を眺めていると、黒い瞳がこちらを向いた。
「行くぞ」
『!、はいっ』
―――タッ
私はいつもより大きな歩幅で食堂を後にした。
--------
―――ガチャ
「!」
「タナカ殿……!」
部屋に入るとノベルさんとユラさんが驚いた顔で私を見た。や、やっぱり迷惑だったかな……。
「ほら、ここに座るのだ!」
『!はいっ』
ユラさんが笑顔でクッションを置いてくれた。私はほっと胸を撫で下ろした。
「じゃ、はじめましょう!」
全員が座ったのを確認すると、ノベルさんがいつもの明るい口調で話し始めた。
「城を出た後に街でいろいろ聞いてみたんですけど、ロレンスさんは1,2日前に出国したみたいです」
「……出国、か」
「やっぱり引っ掛かります?」
「うむ。王の代理を務める者が他国に赴くというのは……」
確かにそうだ。王の代わりをしてる人が国を出て行くなんておかしいんじゃ……?
「皆さんがオウド国を出たのはいつですか?」
「10日くらい前か?」
「うむ」
「その時に何か変わったこととかありました?」
「変わったこと……」
「って、そんな簡単にないですよね!ははっ」
「「『立て籠もり事件?』」」
「え?」
ノベルさんが目を丸くする。
「立て籠もり事件……?なんですかそれは」
「ああ、」
イオリさんはノベルさんに体を向けた。
「俺たち同盟国の参入を良しとしない一部のオウド国民が、外部勢力を排除しろっつって教会に立て籠もったんだ。立て籠もった奴らは普通の国民だったが……持ってた爆弾が厄介でな」
―――ずいっ
「どんな爆弾でした?」
「あ?」
「その爆弾のこと詳しく教えてください」
「ああ……威力は普通の爆弾と変わらねえが、遠隔操作できんだ」
「!!」
「西ではよくあるのかもしれねえが、東では見たことなかっ」
「……ありませんよ」
「え?」
ノベルさんは口元を押さえて俯いた。
「僕の知る限り、オウド国も、アメリア国も、遠隔操作ができる爆弾の製造方法はまだ見つけられていない……」
『!』
「!」
「なんだと……?」
「実を言うと、ドグリア王も新型爆弾を遠隔操作できる物にしたがっていたんです。だけど無理だった。世界最大の軍事力を持つアメリア国でも、遠隔操作を可能にすることは出来なかった」
「……とすると、立て籠もった者たちはその爆弾を一体どこで手に入れたのであろうか……」
「立て籠もっていたのは、一般国民だったんですよね?」
「ああ。技術者でも兵士でもねえ、普通の国民だ」
「となると……自ら手に入れたのではなく、誰かに与えられた」
「……」
「……」
「そう考えた方が自然かもしれません」
爆弾を与えた……?誰が、何のために?
「……ロレンスさんは、気付いたのかもしれない」
ノベルさんがポツリと言った。
「何に……気付いたってんだ?」
「……事件現場の詳細はロレンスさんに伝わっているはずです。爆弾がどんなものだったのかも……自分の国では製造できないということは分かったはずだ。そうすると、きっと他国に目を向ける。そして何か気に掛かる事があったから、自ら赴いた……」
「……なるほど……」
「だが、自分の代わりを」
「そこなんです」
ノベルさんは顎に手を当てながら首を傾げた。
「なぜ、代わりが彼なのか。引っ掛かるのはそこなんです。なぜゴデチア宰相じゃないのか……」
「「『……ゴデ?』」」
「え?」
疑問符を浮かべる私たちを見てノベルさんは大きく目を見開いた。
「ロレンスさんの近くにいたでしょう?」
「「『え?』」」
「ほら、白髪の、背が高くてがっちりした」
「「『……誰?』」」
「え?」
なにそれ、誰それ、どうゆうこと?話が見えないとは正にこのことだ。ノベルさんも私たちもお互いに全く理解できない。
「……もしかして、一度も見たことないんですか?」
「うむ。護衛の者は目にしたが、そのような者は……宰相など、いることすら知らぬ」
「皆さん、何日間滞在してました?」
「三日くらいか?」
「うむ」
「三日も彼に会わないというのは……不自然ですね」
そ、そうなの……?
―――パン!
三人で眉間に皺を寄せているとノベルさんが手を叩いた。
「よしっ!僕はゴデチア宰相について探ってみます!皆さんはオウド国内で火薬を扱ってる商人をあたってもらっていいですか?」
「火薬?」
「はい。国からの指示で火薬を製造してる人たちが街中にちょいちょいいるんです。もしかしたら遠隔操作の爆弾の手掛かりが掴めるかもしれません」
「……爆弾が他国から持ち込まれたという可能性は……」
「低い気がしてきました」
ノベルさんはスッと指を立てた。
「頼りない代理を立てて他国に赴いたロレンスさん、表に出てこないゴデチア宰相、そしてこんなタイミングで催される同盟国をもてなす晩餐会――なんとなく、この国の内部で何かが起こってるような気がしませんか?」
「……」
「……」
『……』
「いいよ」
「「『!』」」
「え?」
今まで黙っていたラルフが突然口を開いた。
「火薬つくってるヤツらを調べればいいんでしょ?」
「あ、うん」
「じゃ、おやすみ」
―――スッ
そう言って、背中を向けたままラルフは部屋を出て行った。




