きっと誰もが
夜。
VQ地区外、丘の上。
―――カンカン……
―――カーン 、カーン……
鉄を叩く音が絶えることなく聞こえてくる。地区内のパイプの破損は深刻で、修復に予想以上の時間を費やしていた。
しかし時間が掛かっているにも関わらず、爆発の報告はまだ一つもドグリアの元に入っていなかった。
「(……なぜ爆発が起こらない?)」
―――フッ
「?」
ふと、兵器製作所の裏で何かが動いた気がした。
「おい、今あの裏に何か見えなかったか」
「え?いえ、私には何も……」
「そうか」
気のせいだろうか。
―――……スッ
見上げた空は夜に変わっていた。この場所は昼間は晴れるが夜は必ずといっていいほど曇る。灯りがなければ先を見通すことが困難になり、誰が何処に居るかさえ分からなく……
「……」
誰が、何処に居るのかも分からなくなる。それは困難なことだが身を隠すには絶好の状況だ。そして今このVQ地区はパイプの修復作業に追われている。ここを抜け出そうと思う者にとっては最高のチャンスなのではないか。
抜け出そうとする者。
抜け出させようとする者。
「……ラシュナ」
ラシュナを暗殺したら合図がくることになっている。まだ合図はない。しかし焦る時間でもない。暗殺はこれから遂行されるという見方も充分できる。が……
「……この場にいる兵を全て集めろ」
「えっ」
「気になることがある。VQ地区の外から製作所の裏側に回る」
「りょ、了解しました!」
嫌な胸騒ぎがした。
―――ザザザッ
―――ザザッ
「全員揃いました!」
「進め」
「「「「「はっ!!」」」」」
ドグリアは丘を下り、兵器製作所の裏側を目指した。
「極力音を立てるな。建物に近付いたら灯りは最小限にしろ」
「はっ」
―――カーン、カーン……
修復作業の音が遠く聞こえる。地区内と打って変わり、外は静かな闇が広がっていた。
―――ザクッ、ザクッ
「!」
「!王、あれは」
角を曲がると、製作所の裏手から黒い塊が地区を出て砂漠へ移動しているのが見えた。その先頭には……
―――パーン!!
「「「「「!!」」」」」
「止まれラシュナ!!」
「!……兄上」
小さなランプを手にしたラシュナの姿があった。
―――ザクッ、ザクッ
「王!」
ドグリアは黙ってラシュナの元へ歩き出した。
「……」
ラシュナは暫く立ち止まっていたが、やがて囚人たちの元を離れて一人でドグリアの方へ歩き出した。
―――カシャン、カシャン……
―――ザクッ、ザクッ……
互いの距離が数メートルになったところで二人は足を止めた。
「……何をしている」
「兄上との約束を破り、勝手なことをして申し訳ありません。私は、彼らと共にこの国を出ます」
「ふざけるな、ここまでの事をしてただで済むと思っ……」
「ドグリア王」
「!!」
突如聞こえた声に目を向けると、そこにはドグリアが予想もしなかった人物が立っていた。
「……クロト」
「恐れながら申し上げます」
「……なんだ」
「ラシュナ姫が行ったことは反逆行為です。許されることではありません。しかし、姫以外にも許されぬ行為を行おうとした者がいるのではないでしょうか」
「どうゆうことだ」
「もう少しで、我が国の王族の歴史が朱に染まるところでした」
「……」
「私が姫についてゆき、二度とこの国に近付けないようにいたします。姫を国外追放にし、王が国を一つに纏める。我々に残された時間はあと僅かです。最善を尽くすには、それが一番かと」
「……」
―――ググッ
ドグリアは怒りで震える身体を必死に抑えた。
“ここに近付くな、卑しいガキが”
“なぜ、あの者が後継者に……”
「ふっ」
馬鹿らしくて笑いが出る。結局こうなのだ。どこまでいっても、生まれた場所から逃れることは出来ない。
“脅威は、排除せねばなりません”
そうだ。
“脅威を排除してこそ平安は保たれます。そのために貴方は力をつけてきた”
屈服させるしかない。
冷やかな視線も理不尽な暴力も力があれば捻じ伏せることが出来る。実際、多くの者を黙らせて多くの物を手に入れた。
もっと、もっとだ。
もっと強大な力を……
―――ズドドドドドッ
「『逃げてぇぇぇぇぇ!!!』」
「「「……は?」」」
製作所から聞こえた声に顔を向けると、二つの人影がドグリア達の元へ走って来るのが見えた。
「ノベルさん、タナカさん……?」
「どうゆうことだ……?」
―――ドドドドドッ
「すいませんーっ!!ちょっと間違えました!!あ、製作所内の人間はもう避難してるんですけど!!爆風でなんか飛んでくるかもしれないんであの、とにかく離れてくださいっ!!」
「爆風……?」
――――ダダダダダッ
「両軍ともぉぉぉぉl!迷わず走るのだぁぁぁぁ!!」
「爆発するぞ!!」
―――ザワッ
「なっ、なんだあいつらっ」
「爆発……!?」
「本当か!?」
「と、とりあえず離れろ!!」
―――ザザザッ
彼らの声に押されるように、その場にいる者たちが一斉に動き出した。
「!!、待て!動くな!!こんな得体の知れぬ奴らの言うことを……」
―――ドォォォォンッ!!!
「「「「「!!」」」」」
「!!なっ」
突然、兵器製作所の一部が爆発した。
―――ゴォォォォォッ
炎はあっという間に広がり建物全体をのみこんだ。
「……これは……」
「っ兄上!!」
「!?」
―――グイッ
ふいに手を引かれ、ドグリアは地面に伏せられた。
―――ドスッ
「!!」
爆風で飛んできた壁の一部が目の前に鈍い音を立てて突き刺さった。あのまま立っていたら間違いなくドグリアの頭部に当たっていただろう。
ドグリアは一度息を吐いてから握られた手の先を見た。
「……俺に借りをつくったつもりか」
「……」
そこには碧色の瞳があった。
「……悪魔たちを救う?全ての者が前を向く?……お前の言うこともやることも吐き気がするものばかりだ」
「……」
「お前には分からぬ。一生分からぬ。……行け。200年のその時まで、自分の夢のなかで戯れていろ」
「……」
―――スッ……カシャン、カシャン
ラシュナは黙って立ち上がると、背中を向けて去って行った。
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「……ラシュナ様」
「!……」
気が付くと、ラシュナはクロトの元まで戻って来ていた。
「……あなたはなぜ、囚人たちを救おうと決められたのですか」
「え……」
予想外の質問だった。なぜ今、そんなことを聞いてくるのだろう。そんな簡単なことを……。
「……」
しかし、答えられなかった。
なぜ……?
見殺しにしたくないから。彼らの不幸を見過ごせないから。なぜ?誰一人欠けることなく前を向けるようになって欲しいから。なぜ?なぜ、そう思うようになったのか。
“お前には分からないよ、生まれたときから違うんだ”
……分かりたかった。
分かって、元気づけて、笑顔にすることができたら……そんなことが自分に出来たら良かったのに。
「ラシュナ様」
上から降ってきた声にラシュナは顔を上げた。
「ラシュナ様は、王とは違う」
「……」
「貴方だからできること、貴方だから言えることがある」
「……」
「きっと……誰もが、そうなのです」
「……」
―――……カシャン
彼女は来た道を戻り始めた。
―――カシャン、カシャン、カシャン
「兄上っ!」
「!」
部下と合流したばかりのドグリアが怪訝な表情でラシュナを振り返った。
「……まだ何かあるのか」
「……」
兄上は、今も、私のことがお嫌いですか
「……私はこれから西の果てに向かいます」
“姫の生き方、僕は好きです。でも自分の力ではどうしようも出来ないこともある”
“ここで生き延びて、やれることを続けてください”
「もし、兄上が私を少しでも必要と思う時がきたら、呼んでください」
「なに?」
「どこにいても必ず駆け付けます」
「……」
「どこにいても、兄上の幸福を願っています」
「……」
「だから」
ラシュナは笑った。
「お元気で」




