それでも、
VQ地区。王派の陣地。
―――カーン、カーン、カーン!!
「パイプの破損を確認!!直ちに修復を……」
「こちらも破損しています!!」
「こちらでも六ケ所の破損を確認!!」
「一体どうなってるんだ!?」
製作所の外では、軍人たちが血相を変えて砂の大地を走り回っていた。
―――シュゥゥ……
パイプからは気体が漏れ、極めて危険な状態だった。
「……どうゆうことだ」
ドグリアが厳しい口調で部下に問う。
「は、はい!原因は分かりませんが、現時点で数十か所で破損が確認されています……至る所で確認されているので、もしかしたらパイプが気体の圧力に耐えきれず、悲鳴を上げたのかもしれません……」
「……」
「総動員で修復作業に当たっております!が、何しろ数が多く……念のため、地区外に移動していただいた方がよろしいかと……」
「くれぐれも開発に支障を来すな」
「はっ!!」
言い捨てるとドグリアは踵を返し、荒々しい歩幅で地区の外へ向かった。
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―――カシャン、カシャン
「……」
ラシュナの足は倉庫に向かっていた。
“アイツは倉庫に立てこもってるよ”
頭は混乱したままだが行くべき場所はそこだ。ラルフが言った通り、製作所内は大騒ぎだった。多くの者がパイプの修復作業に追われていた。これを指示したのがノベルであれば一刻も早く彼に問いたださなければならない。真意を、確かめなければいけない。
―――カシャン、カシャン……
地下に続く階段を降りる。ここに来るまで見張りの者はいなかった。そして自分が最も信頼する部下――クロトの姿もなかった。……彼が対応しているのだろうか。彼であれば事態が悪化するようなことは無い筈だ。
―――……カシャン
「!……ラシュナ様」
「クロト……」
やはりクロトがいた。ラシュナはほっと胸を撫で下ろした。
「ノベルが立て籠っているというのは本当か」
「……はい」
「えっ?姫っ!?」
―――ガラッ
素っ頓狂な声と共に、目の前の扉が動いた。
「「!!」」
―――ちらっ
小さく空いた隙間からノベルの目が覗いた。
「……ノベル。何をしている」
「こっちの台詞ですよ。え、なんでここに来たんですか?」
「お前がパイプの破壊を指示し、この場に立て籠もっていると聞いた」
「……聞いたのそれだけ?」
「あと……囚人たちと共に、ここから逃げろと」
「!」
ふと、紫の瞳が一点を捉えた。
「……どうした?」
「……驚いちゃったんですよ。姫のあまりの無謀さに」
―――ガラガラッ
ノベルは更に扉を開くと、そこから顔を出して大きな声でラシュナに言った。
「ぶっちゃけます!パイプ壊れてますけど今は違う気体流してるんで大丈夫です、爆発しません!なので心置きなく出て行ってください!」
「「!!」」
「姫、」
ノベルは真面目な顔で彼女を見つめた。
「姫の生き方、僕は好きです。でも自分の力ではどうしようも出来ないこともある。そのために姫が死ぬのは嫌なんです。だから、どうか行ってください、お願いします」
「……」
「ここで生き延びて、やれることを続け」
―――パーン!
「「「「『!!』」」」」
突然、銃声が響き渡った。
「ぐっ」
ラシュナの耳にクロトの呻き声が聞こえた。目を向けると、彼は床に押さえつけられていた。彼を押さえているのは……
「よいしょ」
―――グキッ
「!うっ」
金色の髪、深い茶色の瞳、一体どこにそんな力を持っているのかと疑いたくなるような少年……
「ねえ、俺はたらきすぎなんだけど」
ラルフだった。
「……どうゆう……ことだ……?」
ラシュナは状況を呑み込むことができなかった。銃声は背後で聞こえ、弾は自分の横を通り過ぎて正面の扉にめり込んだ。後ろに立っていたのはクロトだ。そして今、彼はラルフに銃を奪われ床に押さえつけられている。
「クロト……?」
「……」
「どうゆうことだ……」
すっと、ラルフがクロトから離れる。クロトは彼に似合わぬ緩慢な動きで上体を起こすと、力なく床に座った。
「……王の命令で……私は貴方を殺そうとしました……」
「……え……」
「だが失敗した……」
「……」
「貴方は命を狙われている……私の他にもまだ数名、王の命令を受けた者が建物内にいます……」
「……」
「だが……今、悪魔たちの見張りについているのは、貴方の部下だ」
「……」
「行くなら今です。パイプの修復をしている者達も、後から追わせます」
「……」
「……私のやっていることは滅茶苦茶ですね」
クロトが表情を崩した。
「私のような人間もいれば、ノベルや、少年のような者もいる。行ってください」
―――スッ……コツ、コツ
クロトは静かに立ち上がると、出口に向かって歩き出した。
「…………クロト」
―――コツ
赤茶色の背中が止まる。
「……私は、お前を……とても信頼していた……」
「はい」
「兄上のことも、何処かでは……」
「……はい」
クロトは両足に力を入れ、ラシュナの言葉を待った。
「クロト、」
「はい」
「また、付いてきてくれるか」
「え」
思わず振り返る。クロトの目に、大きく揺れる碧色の瞳が飛び込んできた。
「お前がいたほうが、心強い」
「……」
「私の後を追ってきてくれ」
「……」
「命令だ」
「やはり貴方は……馬鹿ですね」
―――コツ
クロトは歩き出した。
―――コツ、コツ、コツ
もう、振り返ることはなかった。
―――……
クロトの靴音が消えると、そこは何の音もしない場所になった。
「……姫、」
ノベルが小さくラシュナを呼ぶ。
「……ノベル、お前はどうするのだ」
ゆっくりと碧色の瞳がノベルに向けられる。ノベルはその瞳を真っすぐ見つめ返した。
「僕は、自分の目的のために行動します」
「目的とは、」
「とりあえず今は爆弾壊して、関連資料を灰にします」
「それで」
「逃げます」
「どこへ」
「内緒です」
「……逃げた後、どうする」
「次の悪の組織を潰します」
「そうか」
「はい」
「……」
―――……カシャン、カシャンッ、カシャンッ
ラシュナは扉に向かって歩き出した。
―――ガッ……ガラガラガラッ
そして隙間に手を入れて、そこを両手で思い切り開いた。
「へっ?」
ノベルが驚いてラシュナを見つめる。その表様が可笑しくて、彼女は思わずくすりと笑った。
「ノベル、礼を言わせてくれ。ありがとう」
「……いえ」
「お前、どこへ逃げるのかは内緒だと言ったな」
「あ、はい」
「いずれ見つけ出す」
「え?」
「私は諦めが悪いからな……覚悟しておけ」
―――カチャッ……
ラシュナは片側の鎧を外すとノベルの前に手を差し出した。
「また会おう」
「……はい」
ノベルはそっと手を置き、自分より小さな手を強く握った。




