合流
―――カラカラカラ……
―――すうっ
冷たい夕方の空気を、胸いっぱいに吸い込んで吐く。
―――……
眼下には誰もいない中庭。
昼間のことがあるから窓を開けるのはちょっと恐かったけど……ずっと部屋にいると、やっぱり外の空気が吸いたくなる。
―――ザッ、ザッ
『!』
ふと、芝生を踏む足音が聞こえた。
―――さっ
また囚人さんだったら恐い……。私は身を屈めて足音が過ぎて行くのを待った。
―――ザッ
「クロト隊長、例の……」
「ああ」
『(あっ!)』
クロトさんと仲間の人?なら隠れなくてもいいか……。いや、でも今顔出すのもなんか気まずいな。
「実行ですね」
「ああ。王と対面する時刻になる前に、姫を殺す」
……え
―――フッ
「ねえ、何してるの?」
『っ!?』
突然、耳元で声がした。あまりの驚きに、私は体のバランスを崩した。
「あっ!」
―――ガシッ
―――グイッ
床に頭がつく寸前、強い力で腕を引っ張られた。
「大丈夫?」
『……っ』
目の前が白い。身体に温もりを感じる。一体、なにがどうなって……
『……』
「おーい」
気が付くと、私はノベルさんの腕の中にいた。
『!ぎっ』
「!、ストップ!!」
『(もがっ)!?』
「(しーっ!!)」
恥ずかしさのあまり叫びそうになった口を、ノベルさんが塞いだ。
「最終会議で実行する。他の者にも伝えておけ」
「分かりました」
―――ザッ、ザッ、ザッ……
……いなくなったみたいだ。
「ごめんごめん!念のためね」
『え?』
ノベルさんは私の口から手を離すと、いつもの明るい口調で話し始めた。
「よく分かんない言葉使ってたでしょ?クロトさん、たまにあの言葉で他の奴と喋ってるんだよね」
……うん?
「どっかの言葉なのか暗号なのか分かんないけど、まあ、つまりは内容を聞かれたくないってことでしょ?だからこっちも聞いてる姿を見られない方がいいかなって」
え……よく分かんない言葉?暗号?
“タナカ、あいつらの言葉わかるか?”
“……やっぱ、お前には理解できてんのか”
これ、もしかして……
「……どうしたの」
『え』
頭を上げると、ノベルさんの整った顔が目の前にあった。
「ひょっとして、内容わかった?」
『え……』
ノベルさんの様子がいつもと違う……。私は思わず俯いた。
しかし
―――クイッ
ノベルさんに顎を掴まれて、強引に上を向かされる。
「ねえ、君って」
―――ガチャッ
「む?」
『!』
「あ」
私が動けずにいると正面の扉が開いて、ユラさんが顔を出……
「ななななにをしておるのだ武器商にんんんんんっっ!!」
「あ、これは」
「タナカ殿ぉぉぉぉ!こっちにくるのだぁぁぁぁ!!」
『え、あっ』
ガシィッっとユラさんに手を掴まれて部屋の中に投げ込まれる。
―――ドサァッ!
「!なんだ、どうした?」
投げ込まれた私を見て目を丸くするイオリさん。
『いや、あの』
「タナカ殿!無理に話す必要はない!!」
『え』
「タナカ襲われたの?いっちょまえに」
『(どうゆう意味だ)』
「ラルフ!今はそっとしておくべき時だ!!な!タナカ殿!」
『いや、えっと』
「あの~、ちょっといいですか?」
「「『!』」」
開いた扉の隙間から、ノベルさんがひょこっと顔を出した。
「話したいことがあるんですけ」
「タナカ殿は嫁にはやらぬぞ!!なぜなら大切な異星……」
「おい!!」
「あ」
「……異星人?」
「「『!!』」」
「やっぱり異星人なんだ……」
バレた!ものすごく簡単にバレた!!
でも、これってかなりマズイんじゃ……東大陸ならまだしも、西大陸で異星人ってことがバレたら……
「すごい……」
「「『……』」」
「もうちょっと近くで見てもいいですか」
『へ?』
あれ?なんだろう。ノベルさんの目がキラキラしてる。
「ノ、ノベル殿!な、なにか勘違いをしておるのではないかな?タナカ殿は異星人ではないぞ!!あの、い、い、異性だ!女子だ!!こう見えても!!」
「そ、そうだ。一応女だからな」
「器量悪くても女だからね」
なんなんですか貴方たちは。
「あ―……。えっと」
ノベルさんは何か考えた後、一度廊下を見た。
―――サッ
そして素早く部屋の中に入ると、後ろ手で静かに扉を閉めた。
「僕、東大陸の人間です」
「「『!!』」」
「オウド国に依頼されて、三ヶ月くらい前にこの国に入りました」
「!」
「なっ」
ええっ!?ノベルさんも潜入調査!?
「貴方たちはカタス国のセンコウでしょう?」
「なぬっ!?」
「やっぱり!」
わかりやす過ぎるユラさんのリアクションを見てノベルさんは両手を合わせた。
―――タタタッ
「いやー!噂で聞いてましたよー!和服と金髪と変な衣装の三人組がセンコウの中でも物凄く強いって!」
「誰だ!?変な衣装というのは!?」
「お前だろ」
「金髪か~」
『(そのまんまだ)』
「だから不思議だったんです」
『!』
紫の瞳が私を捉える。
「そんな最強の三人の中に、どうして彼女がいるのかなって」
「……いつから気付いてた」
「この施設で、貴方たち四人と会った時から」
「しょっぱなじゃん」
あーあ、とラルフが笑う。……たしかに、最初からバレバレだ。
「で、なんのよう?」
ラルフは笑いながら、まっすぐノベルさんを見つめた。ユラさんとイオリさんも、ノベルさんの答えを待っているようだった。
「協力して欲しいんです」
ノベルさんは真剣な眼差しで口を開いた。
「タナカさん、さっき聞いたことを僕たちにも教えてもらえる?」
『えっ』
“実行ですね”
“ああ。王と対面する時刻になる前に、姫を殺す”
「……タナカ?」
『!あ、はい、あの……』
聞き間違いじゃない……。はっきりそう言っていた。
『……あの、クロトさんが、他の人に……“王と対面する時刻になる前に、姫を殺す”って……』
「「!!」」
「やっぱり……。おかしいとは思ってたんです。こちらが重要な施設を占拠しているとはいえ、姫よりも多くの兵を持つ王が、なぜ要望通りに待っててくれるんだろうって」
「「『……』」」
「王は焦る必要がないんだ。自分の優秀な部下が潜り込んでいるから。そして彼は合図一つで、簡単に姫を葬ることができる」
「合図ってのは……さっきの二本の狼煙か……?」
「おそらく」
部屋の空気が重くなる。しかし、ノベルさんは構わず話し続けた。
「実は、ここでは新型爆弾の開発が進められています」
「「『!!』」」
新型爆弾!?
「まだ試作品を作っている段階ですが、王は焦っているようで、国民に披露するために直ぐに完成させろと言ってきた。まあ無理矢理できないこともないけど……あ、僕が開発主任なんですけど、とにかく完成しちゃったらオウド国どころか世界中の脅威になります。ロレンスさんに連絡とって助けてもらいたいけど、そんなことしたら戦争になるだろうし、何より今は時間が無い……ということで、僕たち五人で、なんとかこの場を乗り切ませんか」
「……なんとか、と言っても……」
「……なにか策があるのか?」
「僕は、新型爆弾が保管されてる倉庫の鍵を持っています」
そう言って、ノベルさんは胸元から小さな鍵を取り出した。
「さっきクロトさんに渡すように言われたんですけど、なんか怪しかったんでダミーを渡しました。今ここにいる人間で、倉庫の鍵を持ってるのは僕だけです」
「「……」」
「僕の計画はこうです……異星人さん、」
『はい?』
突然、指をさされた。
「貴方を人質に、僕が倉庫に立て籠もります」
『え!?』
「ノベル殿!それは危険……」
「僕が立て籠もったと知っても、クロトさんは姫に知らせないでしょう。信頼できる仲間を近くに待機させて一人で僕の所にくると思います。むこうも姫の暗殺を実行する前に騒ぎを起こしたくないでしょうから。で、お二人も倉庫内に隠れてて欲しいんです。何かあった時、センコウの方がいれば安心でしょう?」
……ふたり?
「……こいつはどうすんだ」
イオリさんがラルフに目を向ける。
「君は姫のもとに行って、ここを去るように伝えて欲しい」
「……」
ラルフは黙ってノベルさんを見ている。
「姫の望みは王ともう一度話し合ったうえで囚人たちを解放してもらうことだけど、多分それは無理だ。だから王とは会わず、このまま彼らを連れて、この国を出て行ってもらいたい」
「なんでそこまでするの?」
「え」
「アンタは東の人間だよね」
「……」
ノベルさんが口を結んだ。
……確かに。ノベルさんも私たちと同じ潜入調査で来てるんだから、そんなことをする要はないはずだ。ロレンスさんだって、危険を感じたらすぐに退いてくださいって……。
「希望なんだ……」
静かな言葉かぽろりと零れた。
「綺麗ごとにしか思えないようなことを、本気で叶えようとしてる姫は……僕の希望だ」
『……』
「僕も彼女のようになりたいと思った。だから失いたくない」
紫の瞳は、まっすぐ私たちを見ていた。
「だって、タナカ」
『え?』
「どうする?」
『?なにが……』
「ひとじち」
『!』
人質……。正直恐い。出来ることならやりたくない……。
「……タナカじゃなくてもいいだろ。俺かユラでも」
「貴方たちが只者でないということは、クロトさんも何となく分かってると思います」
「では他の策を考え……」
『やります』
「「「!!」」」
『決めました。やりまふ』
「かんだ」
『うっ、うるさいっ!!』
あー!なんで噛むかなここで!!今大事なとこだったじゃん!!
―――スタスタ
―――ずいっ
「いいのタナカ?バカだから死ぬかもよ」
『え゛』
ラルフは私の顔を覗き込むと、透き通るような瞳で言った。
……え。そうなの?え、これ本気で言ってる!?私は縋るようにイオリさんとユラさんを振り向いた。
「……危険だってことは確かだ」
「うむ。さすがに今回ばかりは……」
え、うそ、死……!?嫌だ嫌だ嫌だそれは嫌だ!!
……嫌だ、けど……
“幸せだろうと不幸だろうと、負い目を感じる必要はない”
“やるべき事は、そこでどう生きるかだ”
『……で、でも……ラシュナさん、こ、殺されちゃうかも……しれないんですよね……?』
「「!」」
詳しいことは分からないけど、きっとラシュナさんは命を懸けて、自分にできる最大限のことをやろうとしてる……。
『も、もちろん死にたくないです、危険なのも嫌です、でも……ラシュナさんが殺されちゃうのは……おかしいと思います……』
「……」
「……」
「……」
「……」
『だ、だから、やります……』
「……いいの?」
ノベルさんが目を細めて私を見つめる。私は大きく息を吸った。
『ふぁい!!』
「なにふぁいって」
「ラルフ、もう突っ込むな」
「あれだ!はい、と、いいえ、の間ということだ!な!タナカ殿!」
『(消えたい)』
「タナカさん、」
『はい?』
顔を向けると、ノベルさんが深く頭を下げていた。
「ありがとう」
『!い、いえ』
頑張らなきゃ……。
「あ……そうそうっ!」
ノベルさんはパッと体を起こすと、いつもの明るい調子で言った。
「ラルフくん!君には騒ぎも起こして欲しい!」
「さわぎ?」
「この施設と地区に、沢山のパイプが張り巡らされてるでしょ?あれを適当に壊して欲しい」
「「『!』」」
ここに来た時から気になってたパイプのことだ……あれは、何のためのものなんだろう?
「俺だけやること多くない?」
「いいじゃない!一番若いんだし!それに君ならできるでしょ?」
君なら……?
「つかれそうだなぁ」
「案ずるなラルフ!いざとなったら手伝うぞ!とイオリが言っている!!」
「言ってねえ」
「よろしくお願いしまーす!」
その後、ノベルさんから詳しく話を聞いて、私たちは動き出した。




