離隔
VQ地区、入場門。
―――トッ
「……」
馬車から降りたドグリアの目に入ってきた光景は、灰色の薄明の空を背景に聳え立つ、ラシュナを支持する者達に囲まれた自国最大の兵器製作所だった。
「王!!」
この地区を取り仕切っている軍人が彼の元に走り寄る。その表情は青ざめ、窮地に追い込まれているようだった。軍人が近くにくるや否やドグリアは低い声で問い質した。
「……状況は」
「は、はい!昨晩、武装したラシュナ姫とその部下数十名がVQ地区になだれ込んで参りました、奴らは一直線に製作所を目指し、東西南北それぞれの門から敷地内に侵入、そして悪魔たちと技術者一名、従業員四名を人質にとり、現在も製作所内に立て籠もっております……」
「例のものは」
ギョロリとした目が軍人を睨む。軍人は息が止まりそうになった。
「……実は、その技術者に、管理を任せておりまして……」
「!!」
「新型爆弾は、製作所内の地下倉庫に保管してあります、倉庫の鍵は私も持っていますが……技術者も持っています……」
「……その技術者は信頼できる者なのか」
「腕は確かです!知識も技術もずば抜けてい……」
「ラシュナに寝返る可能性はあるのかと聞いている」
「……わかりません、なにしろ他国の者で……」
「他国の者?」
「はい、我が国の兵器製作に興味を持ち、遠方からやってきたと……」
「……」
状況はドグリアが想像した以上に厄介なものだった。
「ラシュナは何か言ってきたか」
「はい、王と二人で話がしたいと……」
「……」
また話か、とドグリアは心の中で毒づいた。
「いいだろう」
―――ザクッ、ザクッ
―――ザクッ、ザクッ、ザクッ
ドグリアは数名の部下を連れ、製作所へ向かって歩き出した。入口近くまで来ると、門番をしているラシュナ派の軍人が丁寧に頭を下げた。
「そちらでお待ちください」
門まであと数メートルの所で待ったをかけられた。言われた通り立ち止まると、鎧を纏ったラシュナが門の奥から現れた。
―――カシャン
「お越し頂きありがとうございます。恐縮ですが兄上のみ、そこから前進していただきたい。私も部下を置いてそちらに向かいますので」
「ああ」
部下に目配せをし、ドグリアは一歩を踏み出した。それを見たラシュナも、彼の元へゆっくり歩き始めた。
「……」
「……」
張り詰めた緊張感の中、一歩、また一歩と両者の距離が縮まっていく。
―――ザクッ、ザクッ……
―――カシャン、カシャン……
あと数十センチの所で、二人は足を止めた。
「……」
ドグリアは黙ってラシュナの言葉を待った。ラシュナはそれを察すると、静かに口を開いた。
「以前お伝えした通り、私の願いは、囚人たちと共にこの国を出て行くことです」
「……」
「受け入れられない場合、兵器製作所を破壊します」
「お前がやっていることは反逆だぞ」
「はい」
「なぜ、そこまでする」
「彼らの不幸を見過ごすことが出来ないからです」
ラシュナはドグリアの両目を見つめた。
「この国には幸せに暮らす者が大勢います。でも、そうでない者もいる。その者達を放って置くわけにはいきません」
「……」
「誰もが幸福になるのは、難しいことです。しかし、だからと言って何もしないのは」
「お前が行動を起こすことで、俺は不幸になる」
「!」
「お前は悪魔達の釈放という自分の望みを叶えるために、俺を不幸にしようとしている」
「……」
「違うか?」
ラシュナは言葉が出なかった。
「……兄上は……今も……」
「……?」
彼女らしからぬ小さな声に、ドグリアは思わずラシュナを見つめた。しかし、彼女はすぐに瞼を上げると、いつもと変わらぬ強い瞳で言った。
「兄上のお考え、よく分かりました。私の想いも今お伝えした通りです。どうでしょう、互いにもう一度考えた上で、今晩再び話し合うというのは?」
「これ以上話すことなど」
「最後の話し合いにしましょう」
「……」
「よろしいでしょうか」
「……いいだろう」
「ありがとうございます。では今晩、再びこの場所で」
―――……ザクッ、ザクッ
―――……カシャン、カシャン
二つの足音が離れて行く。
王派と姫派の両軍は、固唾を呑んでそれを見守った。
―――カシャン、カシャン
「……姫様」
ラシュナが門を通り過ぎる時、部下の一人――クロトが静かに声を掛けた。
「すまないが、暫く一人で考えさせてくれ」
「畏まりました」
足を止めることなく、ラシュナは製作所の中へ姿を消した。




