長い夜
深夜。
―――カーン、カーン、カーン、カーン
けたたましい鐘の音で私は目を覚ました。
「タナカ!」
―――ガチャッ
『!イオリさん、この音……』
「よく分からねえが、すぐに動ける準備しとけ」
『は、はいっ』
身支度をして部屋を出る。ダイニングには既に支度を整えたユラさんとイオリさんがいた。二人とも、窓から外の様子を伺っている。
「!タナカ殿、支度はできたか?」
『はい!あの、ラルフは?』
「見当たらねえ」
『え……』
見当たらない……?
―――ガチャッ
「ただいま」
「「『!』」」
いつもの飄々とした様子でラルフが入ってきた。
「お前、どこ行って……」
「失礼致します」
「「『!!』」」
「ばったり会った」
涼しい表情で告げるラルフの後ろに、軍服を着たクロトさんが立っていた。
「クロト殿!何が起こって……」
「ラシュナ様が、あの建物に立て籠もりました」
「!?」
「申し訳ないのですが、私と一緒に、建物まで来ていただけないでしょうか」
「は?」
え、どうゆうこと?あの建物にお姫様が立て籠もってて……そこに私たちが行くの?
「ラシュナ様は、皆様がこの地区に入ることを望まれていました」
「え?」
「無理強いするつもりは無かったようですが」
「……どうゆうことでしょうか」
ユラさんが問いかけると、クロトさんは瞳を窓の外に向けた。
「あの建物に、収容所にいた囚人達がいます」
「「『!』」」
「ドグリア王は国民に、アメリア城で囚人を処刑したと伝えました。しかし事実は違います。彼らは爆発があった夜のうちに密かに連行され、今はあの建物で働かされています」
「あそこで、何をしてるんだ?」
「ここでは申し上げられません」
「……」
「ラシュナ様は、囚人全員を連れて、この国を出ようとしております」
「「『!?』」」
驚く私たちを見据えて、クロトさんは淡々と続けた。
「ラシュナ様の目的は囚人達を解放し、彼らと共にこの国を出て行くことです。あの夜、直接王に掛け合ったようですが受け入れて貰えなかった――そこで、王が重きを置くあの建物に立て籠もり、建物の開放と引き換えに自分の目的を果たそうとしておられるのです」
「なぜ、そんなことを……」
「この国に彼らの居場所はありません。真の意味で囚人達を救うには、国を出る他ありません」
「……一国の姫がなんでそこまで」
「つらい思いをしている者を、放っておけないのです」
クロトさんの瞳が微かに揺れた。
「囚人達を避難させたあなた方に、何か感じるものがあったのではないかと、私は思っています」
「……」
「……」
『……』
「私と共に、ラシュナ様のもとまで来ていただけないでしょうか」
クロトさんの静かな瞳が真っ直ぐ私たちに向けられる。私は目を逸らすことも、体を動かすことも出来なかった。
「タナカどうする?」
『へっ?』
突然、ラルフがいつもの気の抜けた声で話し掛けてきた。
え?なに?なんの話?
「いく?いかない?」
『え?』
「あそこ」
ラルフが窓の向こうを指す。そこには例の建物があった。……って
『なななななんで、なんで私!?』
「いちばん弱いヤツが決めたほうがいいかなって」
『ええっ』
「はやく」
『(ええーっ!?)』
なんで私がそんな重大な決断をしなきゃいけないんだ!状況よくわかんないし、こうゆうのはイオリさんとかユラさんに……
“贅沢だね”
“呼ばれるだけでいいのに”
……
……
……考えて、みようかな。
良い決断なんて出来ないと思うけど……
「ラルフ、タナカに決めさせるのは」
『……い、いきます?』
「「!!」」
イオリさんとユラさんが目を開いて私を見る。あ、やっぱりダメだった!?
「……本当にいいのか?」
『え?いや!や、やっぱり分かんないです!!皆さんで決めてください!!』
「「……」」
「だって」
恥ずかしいっ!!穴があったら入りた……
「……行くか」
『!』
「うむ。ここに留まったとて、どうなるか分からぬしな」
イオリさんとユラさんが小さく笑った。……大丈夫だった?
「クロト殿、我々は貴殿に付いてゆく!」
「……ありがとうございます」
そう言って、クロトさんは深く頭を下げた。
―――スッ
「時間も無いので、これからの流れを説明させていただきます」
クロトさんは顔を上げると、淀みない口調で話し始めた。
「皆様には、我々ラシュナ派に“捕らえられた”というかたちで同行していただきます。そうすれば我々が敗北しても、危害が及ぶことはないでしょうから」
「……分かりました」
「既に数十名の仲間が建物を占拠しております。王派の者は動揺し、指揮系統は混乱している。今、この隙に皆さまを建物内にお連れしたいのです。……移動の際、誰かに見られた時の為にかたちだけ、銃口を向けさせていただいてもよろしいでしょうか」
『?』
クロトさんは、そこでなぜかラルフを見た。
「いいよ」
「ありがとうございます。それでは参りましょう」
―――ガチャッ
―――カーン、カーン、カーン、カーン!!
「建物の東側に廻れ!!」
「ダメだ、東も占拠されてる!!」
「くそっ、増援はまだなのか!?」
外では軍人さんが走り回っていた。皆とても慌てた様子で、こちらに気付く気配はなさそうだ。
「失礼致します」
―――カチャリ
クロトさんが銃口を私たちに向ける。
「そのまま前進して建物の北側に向かってください。そこに仲間がいます」
「承知した」
言われた通りに、まっすぐ歩き出す。
―――ザクッ
『……』
「……」
「……」
「……」
かたちだけ、って言っても銃を向けられるのって恐いな……。私の真後ろにあるわけじゃないけど。
―――ザクッ、ザクッ
……あれ?そういえば、いつもと並び方が違う。
―――ちらっ
いつのまにか、四人で歩く時はイオリさんとユラさんが前で、私とラルフが後ろを歩くという並び方が定着していた。でも今は私の隣にユラさんがいて、後ろにラルフとイオリさんがいる。
「歩くの、おそくない?」
『え』
そんなことを考えてたら、ラルフから苦言が飛んできた。
「あ、足短いからしょうがな」
『早く歩けますから』
―――ザッ、ザッ、ザッ
「タ、タナカ殿!そんなに早く歩いたら目立つのでは……」
『(はっ!!)』
「バカだねえ」
『(……くそっ!!)』
「まあ……次から気を付けろ」
『はい……』
今度こそ、穴があったら入りたいと強く思った。
--------
十数分後、無事に建物の北側について、そこから中に入った。
敷地内は暗かったけど、所々に明かりのついてる部屋があった。そのうちの一番大きな部屋に私たちは案内された。
「一旦、こちらでお待ち下さい」
―――ザワザワッ
そこには沢山の囚人さんがいた。彼らは一塊になって部屋の隅にかたまっていた。そしてその傍には……
「あ、こんばんは!」
「「『!?』」」
ノベルさんがいた。
―――タッ、タッ、タッ
ノベルさんは私たちに気付くと、軽快な足取りでこちらにやって来た。
「……どうゆうことだ」
イオリさんが低い声で訊ねる。ノベルさんはイオリさんを一瞥すると、私たちの後ろに立つクロトさんに顔を向けた。
「クロトさん、僕から話しちゃっていいですか?」
「よろしくお願いします」
そう言って一礼すると、クロトさんは部屋を出て行った。
「……」
「……」
『……』
「さて、と」
ノベルさんはパッと私たちに体を向けた。
「改めまして、僕はノベル。その二人にはもう言ったけど、ここで技術者として雇われています。で、実を言うとラシュナ姫と繋がってて、姫の手助けをしてます」
「「『!?』」」
「……」
「あれ」
ノベルさんがラルフを捉える。
「やっぱり、君は驚かないね」
「驚いてるよ?」
「そう?」
まあいいや、と明るい声でノベルさんは続けた。
「貴方たちの名前は?」
「……ユラだ。それにイオリ、ラルフ、タナカ殿だ」
「殿?なんで彼女だけ殿なの?」
『え』
「!いや、まあ、そのっ」
「ま、まだ会ってから、日が浅いからだろ?」
「そう!そうなのだ!」
「へえ」
紫の瞳が私を見る。綺麗な瞳だけど……こう見られると、恐い……。
「アンタは何のために、ここにいるの?」
「え」
ノベルさんは私から目線を外すと、不可解な表情でラルフを見た。
「だから、姫の手助けをするためだって」
「ふーん」
「……」
「……ノベル殿、ラシュナ姫が立て籠もった理由は我々も聞いているが……王は応じるのであろうか」
ユラさんが神妙な面持ちで訊ねた。
「微妙ですね」
「「『……』」」
「姫は、」
ノベルさんは、どこか遠い目をして口を開いた。
「見て見ぬふりをするってことができないんです。つらい思いをしてる者がいたら絶対に放っておかない。本気で全員助けようとする」
『……』
「ガキみたいですよね?でも僕は嫌いじゃなくて」
―――カシャン
「ノベル、喋り過ぎだ」
「「『!!』」」
「すいませーん!」
―――ザワザワザワッ
振り向くと、オレンジの髪と碧色の瞳の――ラシュナさんが立っていた。あの夜と同じように、首から下を鎧で覆っている。ラシュナさんは部屋の中を見渡すと、凛とした声で言った。
「皆の者、巻き込んでしまってすまない。私はここに立て籠もり、王と交渉するつもりだ。諸君は人質ということで暫く留まってもらう。危害は加えない。少しの間辛抱してくれ」
―――カシャン、カシャン
それだけ言うと、ラシュナさんは踵を返して去って行った。
「……っノベルさん!」
『!』
「はい?」
囚人さんの一人が、堪り兼ねたように声を上げた。
「……俺達は、これからどうなるんですか……?」
囚人さんたちが不安そうな顔でノベルさんを見つめる。ノベルさんは顎に手を当てて暫く黙っていたけど、やがて静かに口を開いた。
「姫の交渉が上手くいけば、この国の外で自由になれる。失敗すれば……ここでずっと、働き続けることになると思います」
「!ずっと、というのは……」
「命が終わる時まで」
「「「「「……」」」」」
「「『……』」」
重苦しい沈黙が流れる。
―――コツ、コツ
―――カッ、カッ、カッ
「失礼致します」
クロトさんが、数人の軍人さんを連れて戻って来た。
「部屋の用意ができました。ご移動をお願い致します」
この部屋いる全員に向けてそう言った後、クロトさんはノベルさんに顔を向けた。
「ノベルさん、囚人の方々の誘導をお願いします」
「はい。……みなさん、寝床に案内しますよー!ちゃんと布団もありますからねー!」
―――タッ、タッ、タッ
ノベルさんは大きく手を振りながら、囚人さんの所に戻って行った。
「皆様も。ご案内いたします」
クロトさんに連れられて、私たちは一足先に部屋を出た。
―――コツッ、コツッ
―――ザッ、ザッ、ザッ
暗い建物の中を歩く。クロトさんの持つランプの火が唯一の灯りだ。
―――コツ
三階にある部屋の前で、クロトさんは足を止めた。
「こちらの二部屋をご自由にお使いください。食事は我々が運んでまいります。窮屈な思いをさせてしまい申し訳ないのですが、指示がない限り、この階からは出ないようお願い致します」
「分かりました」
「では、失礼致します」
―――コツ、コツ……
丁寧にお辞儀をして、クロトさんは去って行った。
……まだあんまり実感できないけど、大変なことになってしまった。
「タナカ、大丈夫か」
『!あ、はいっ』
「……すまぬ、俺がこの地区での仕事を選んだがゆえに……」
『えっ』
掠れた声に思わず顔を向けると、ユラさんが沈痛な面持ちをしていた。こんなつらそうなユラさん初めて見た……。戸惑っていると、イオリさんがスッとユラさんの前に立った。
―――ゴンッ!
『!?』
「謝んな。気色悪い」
イオリさんがユラさんの頭を……けっこう強い力で殴った。
「俺は自分でここに来た」
「……」
「勘違いしてんじゃねえ」
「……そうか」
「ああ」
「なるほど」
―――ゲシッ!
『……』
「はっはっはっ!さすれば遠慮する必要はないな!!」
「……ってめ」
今度はユラさんがイオリさんの足を、けっこう強い力で(以下略)
「さ!就寝しようではないか!タナカ殿、何かあったらすぐに我々のもとに来るのだぞ!!」
『あっ、はい!』
「では!」
―――バタンッ!
「『……』」
静かな廊下に、イオリさんと二人で残された。
「……寝るか」
『はい……あ、そういえばラルフは?』
「ユラが騒いでる間に入ってった」
『!そうですか』
気付かなかったな。
「じゃあな」
『あ、はい、おやすみなさいっ』
イオリさんに背を向けて、私も隣の部屋に入った。
―――ガチャ……
そこは小さな会議室のような部屋だった。机と椅子が端に寄せられていて中央に布団、その傍にランプが置いてある。正面に窓があるけど――そこから見えるのは、向かい側にある棟と暗い夜空だけだった。
とりあえず靴を脱いで、布団の上に座る。
―――……
壁が厚いのか、隣の部屋の音は何も聞こえなかった。みんなと居る時は平気だけど、こうやって夜に一人になると色んなことが不安になってくる。
―――パタッ
横になって目を瞑る。とにかく今は寝よう。朝になれば、少しは不安も減るはずだ。




