その先に
―――……
“いまいくよ”
そう言って部屋に入ったきり、ラルフさんの声は聞こえない。男の声も聞こえない。でも銃声がしたのだから恐ろしい事が起こったのは間違いない……。
「「「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」」」
『!』
突然、部屋の中から男たちの悲鳴が聞こえた。
―――ダッ
イオリさんが中に入った。
「こ、この通りだ!許してくれ!!」
「俺たちはそいつに雇われて働いてただけなんだよぅぅ!」
「い、いのちは、命だけは助けてくれ!!」
懇願する男たちの声が聞こえる。誰に、懇願してるの?部屋の中で何が起こって……
「うるさいよ」
『!!』
扉の隙間から、気の抜けたラルフさんの声が聞こえた。
「もういいよ」
「うむ」
ユラさんがこちらを見て頷く。もう、大丈夫ってこと……?戸惑いながら、私はユラさんに続いて室内に足を踏み入れた。
―――タン……
『えっ』
眼前に広がる光景に、思わず目を疑った。
ドアの前で土下座している男たち、少し離れた所に囚われた女性たち、そして中央に……
「なんか言いたいことある?」
「……ぐ、ぐぐぐっ!」
長銃を男の眉間に突きつけるラルフさんの姿があった。これは、どうゆうことだろう……?ラルフさんが、あの男から銃を奪ったってこと?
「クソッ、何したっていいじゃねえか!!どうせ世界は終わるんだっ!!」
『!』
呆然としていると男の悲痛な声が聞こえた。顔を向けると、男はぶるぶる震えていた。
「汗水たらして働き続けるなんて馬鹿げてるだろっ!?」
「……だからって、他人を巻き込んでいいわけねえだろ」
イオリさんが少し掠れた声で言った。
「知るかぁぁぁ!!俺はこれまで散々働いてきたんだ!最後くらい自分の好きなように生きていいじゃねえか!!他人のことなんざ知ったこっちゃね」
―――ドォォォォン!
「「「「『!!』」」」」
突然聞こえた銃声に緊張感が走る。弾は男の背後の壁にめり込んでいた。……引き金を引いたのはラルフさんだった。
「っ!!」
「いいんじゃない?アンタは自分が思ったとおりに動いた。でもうまくいかなかった」
「え……」
「それだけだよ」
―――……フッ
ラルフさんの言葉を聞くと、男は気が抜けたように床に座り込んだ。
「でも、満足してたの?」
「え?」
「そうは見えなかったけど」
「……」
男は黙って下を向いた。……降参、したんだろうか?でもその姿は、何か考えているようにも見えた。
「ご苦労様です!!」
「速やかに解決して頂き、ありがとうございます!」
「あとは我々にお任せ下さい!」
数時間後、中央からやって来た兵隊さんにニセ神たちは連れて行かれた。彼らに囚われていた十数名の女性も自由の身となり、三人に泣きながらお礼を言ってそれぞれの家に帰って行った。
そして
『……』
「……」
「……で?」
「zz……」
夜。ログハウスにてイオリさん、ユラさん、ラルフさん(寝ている)による私の取り調べが始まった。
「……なんでお前は外に出たんだ?」
黒いオーラを放ちながらイオリさんが口を切った。
『……』
「答えろ」
有無を言わせぬ威圧感……。に、逃げたい。早まる鼓動を必死に押さえながら、私はおずおずと口を開いた。
『……あ、あの……音が……すごかったので……』
「……音?」
『あの、みなさんが出て行った後、外から機械の音が聞こえてきて……その音が、すごく大きかったので……』
「大きかったので……?」
『う、うるさいと思って……ちょっと外に出ました』
「は」
『……』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
イオリさんがビックリするくらいに目を剥いた。黙って聞いていたユラさんも灰色の目を丸くしている。
「おまっ、うるさいから外に出ただぁ!?んだその理由はっ!?」
『す、すいません!!』
「……z、ん?タナカなんで怒られてんの?」
『えっ?えっと』
「コラコラ、三人とも落ち着……」
「だぁぁぁっ!!」
―――ベシッ!
『いたっ!』
いきなりイオリさんに頭をはたかれた。か、かなり痛い……。叩かれた場所を押さえながら涙目で顔を向けると――黒い瞳は怒っていた。
『……』
「……はぁ……」
ようやく、自分の愚かさに気が付いた……
“武器を持たずに嘘か誠かを見定めるのが、我々センコウの役目なのだ!!”
私は、自分のことしか考えてなかった。
音がうるさいっていう理由で勝手に外に出てさらわれて、結果、命懸けの仕事をしてる三人に大迷惑を掛けた。
「……タナカ」
イオリさんが低い声で私を呼ぶ。……愛想が尽きただろうな。私、置いていかれるのかな?これだけ迷惑を掛けたのだから、そうされて当然だ。
嫌われるくらいなら付いてこなければ良かった。マチカル国で何事もなく別れた方がずっとずっとマシだった。
「おい、聞いてんのか?」
『!、はい』
「お前が思ってるほど、この世界は安全じゃねえ。胡散臭い野郎が近くにいる村なんざ尚更危険だ」
『……はい』
「……わかったら、次から軽率な行動すんじゃねえぞ」
『……はい』
ん?
『え?』
「あ?」
『いえ……え?』
「あっ?」
『えっ!?』
「ああっ!?」
『ええっ!?』
“え”と“あ”だけの会話が続く。ち、違う!こんな会話がしたいわけじゃ……
「ストーーーップ!!落ち着けイオリ!タナカ殿!!」
「『!!』」
ユラさんが割って入った。よ、よかった。止まった……。
「二人とも、なにが言いたいのだ!?」
「いや、タナカがよく分かんねえこと言ってくるから……」
『あ、いや、あのっ』
「どうしたのだ?タナカ殿」
『いや、え……いいんですか?』
「なにがだよ」
『や、あの……ついていっても?』
「何を言っているのだ?」
『え、いや、だって、迷惑をっ……私のアレで、危険がっ、さらに危険にっ』
「落ち着けぇぇぇ!!」
―――ガシイッ!!
混乱しているとイオリさんに両肩を掴まれた。
『あ……すいませ……』
「おう。……で?なにが言いたいんだお前は」
『あっ、あの……み、みなさんについて行っても……大丈夫ですか?』
「なに不服なの?」
ちがーうっ!!あ、でも今の言い方だとそうとられても仕方ない?な、何て言えばいいんだ?えっと……
『あのっ……わ、私がいると迷惑だと思いますけど大丈夫ですかっ!?』
「「「!」」」
『(ふうっ!)』
……これでちゃんと伝わったかな?
「……」
「……」
「あははっ」
『!?(笑われたっ!?)』
「……あー……悪かった」
『へ?』
イオリさんはそう言うと、ばつが悪そうに目を逸らした。……悪かった?
「叩いて悪かった」
『……あ、いえ』
「お前があまりにもアホなこと言うから、心配してるこっちの身にもなれと思ったっつーか……」
……心配?
「うむ。タナカ殿はこの星に来て日が浅いからな……。なにが危険なのか分からなくて当然だ。もっと、きちんと説明するべきであった。申し訳ない」
いや、そんな……。
「さっきは動きにくかったなー」
……。
「以後、気をつけてよ」
『え』
次が、あるの?また連れて行ってくれるの?
『……』
「タナカ殿?」
『……っ』
「?どうし」
『ぅ゛う゛ーっ!!』
「「!?」」
涙が出てきた……。
知らない場所に来て心細かったこととか、今日さらわれて恐かったこととか、そんなことを今さら思い出して涙がボロボロ溢れてきた。
「っおい、ラルフ!お前が余計なこと言うから!!……そうだよな?」
「イオリの叩きのせいだと思うよ?」
「まったくお前たちは!女子には優しくするものだぞ。タナカ殿、よーしよしっ」
―――ぽん、ぽんっ
ユラさんが私の頭を撫でる。
痛くて泣いてるわけじゃないんだけど……と思いながらも、その手が心地良かったので私は黙ったままでいた。
翌朝。
私たちは中央に戻り、その足でお城に挨拶に行った。王様は事件の解決をとても喜び、お金だけでなく食料や旅道具も持たせてくれた。
―――タタッ
「センコウの皆様ーっ!」
「む?」
お城を出て城門に向かって歩いてると、後ろから兵隊さんが追いかけてきた。
「?、何用ですかな?」
「たった今、皆様宛ての文が届きましたのでお持ちしました!カタス国からです」
「カタス国から?……ふむ、ありがとう」
「失礼いたしますっ」
―――タタタッ……
ユラさんが受け取ったのは白い封筒だった。そこには物々しい印鑑が押されている。
「!げっ……」
『?』
差出人を見たイオリさんが、あからさまに顔を歪めた。
「キヨズミじゃん」
ラルフさんは楽しそうだ。
「何事であろうか……」
―――カサッ
ユラさんは封を開けて一枚の紙を取り出すと、その内容を読み上げた。
「“センコウ第六班の者たちへ 火急の任務あり 至急カタス国に戻られよ”」
「……はあっ。あいつの言う“火急の任務”なんざ、ロクなもんじゃねえよ……」
「まあ、一筋縄ではいかぬだろうな」
「げんきかな~」
『……』
てんでバラバラの反応をする三人。……何でこんなに違うんだ?同じ人の話だよね?
――――パッ!
「タナカ殿、」
『!、はい』
ユラさんは私に体を向けると、真面目な顔でキビキビと言った。
「指令が下ったため、今からセンコウの本部があるカタス国へ向かう!」
『!はいっ』
「あー、マジで行きたくねえ……」
「あははっ」
カタス国……。良い場所なのか悪い場所なのかよく分からない。でも、センコウの本部があるってことは、三人にとって馴染み深い国なのかな?
「よし!参ろう!」
『!あ、はいっ』
―――ザッ
私たちは門を出た。
「zzz……」
「おら、ラルフ起きろ」
「そうだぞ、急ぐのだ!“火急の任務”であるからなっ」
―――ザッ、ザッ、ザッ
どこまでも広がる青い空。
この空の先に、三人と繋がりのある国がある。
『(一体どんな国なんだろう……?)』
出会った日よりも昨日よりも心惹かれる彼らの背中を見つめながら、まだ見ぬ国に思いを馳せた。
ヴィランダ国【終】