覗いた瞳
翌朝。
迎えにきたクロトさんに連れられて、私たちは例の建物に向かった。建物の中には部屋や倉庫があったけど、どこも扉が閉められていて、何の為のものなのかは分からなかった。
「……」
「……」
『……』
「ふあ~……」
―――……コツ
中庭に差し掛かった時、ふと、クロトさんが足を止めた。
「タナカさんとラルフさんは、この場でお待ち下さい」
『え?』
予想外の言葉に、思わずクロトさんを見返す。
「直に担当の者が参ります。お二人はこちらへ」
「「『!』」」
職種の違うイオリさんとユラさんとは、ここで別れるってこと……?
「また、あとでな」
『!はい』
「二人で仲良く働くのだぞ!」
「うん」
―――ザッ、ザッ……
クロトさんに連れられて二人が去って行く。
“……一体ここで何してんだ”
“図らずも、我々は本来の目的に大きく近付いたのかもしれぬな……”
不安だな……。
「大丈夫だよ、俺はそうじしないから」
『なんの大丈夫?』
いろいろ不安だ。
―――タッ、タッ、タッ
しばらくすると、遠くから軽快な足音が聞こえてきた。
「どうもー!新しい清掃の人ですかー!?」
『へ?』
え……?あの人?
―――タッ、タッ……タ
「って……え、君たち幾つ?」
その人は私たちの前で足を止めると、丸眼鏡の奥の、紫の瞳を大きく開いた。
「18」
『に、21です』
「若っ」
目の前に現れたのは軍人さんではなく、白い服を着た茶髪の男の人だった。男の人は私たちの歳を聞くと、顎に手を当てて考えるような姿勢をとった。
な、なにしてる人なんだろう……。あ、掃除?いや、でもこんな格好で掃除しないよなあ……。
「まあ、人生いろいろあるもんねえ……」
『え?』
「あ、僕はノベル。技術者として雇われてるんだけど……人手不足で、こうやって新人の案内なんかもさせられてる」
『はあ……』
「さっ、こっちだよ」
そう言うと、“ノベル”さんは軽い足取りで歩き出した。
清掃係の控室に行き、支給された制服に着替える。その後、掃除場所や掃除の仕方を教えてもらった。ノベルさんの説明は簡潔で、とても分かりやすかった。
―――タッ
「じゃ!僕はこれで」
『あ、はいっ』
「ねえ」
「ん?」
走りはじめたノベルさんを、ラルフが呼び止めた。
「アンタ、ここでなにやってんの」
「!」
ノベルさんは目を丸くした後、しばらくラルフを凝視した。
「……悪の組織の情報収集」
『え』
「な~んてね♪」
じゃあねえ、と手を振りながら、ノベルさんは去って行った。
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―――ザッ!ザッ!ザッ!
―――ざ~、ざ~
……。
―――ザッ!ザッ!
―――ざ~、ざ~
『やる気ある?』
「ないよ」
『だよね~』
ノベルさんの説明を受けて、私たちはさっそく中庭の掃除にとりかかった。そこそこ広い庭で、いたる所に茶色の落ち葉がある。
私は地道に葉を集め続けた。ラルフは……私が落ち葉と格闘してる横で、箒の先で芝を撫でて遊んでいる。
―――ザッ!ザッ!
―――ざざ~
……もういいや、なんでも。
「ふあ……ねむ」
『え、ちょっと!ここで寝るのは……』
―――すとんっ
「zzz……」
ラルフは、箒を抱えながら眠ってしまった。ぐ、軍の施設でサボってることがバレたらさすがにヤバイんじゃ……。そっと、辺りを見回してみる。
―――サワサワ、サワサワ……
さいわい人の姿はなかった。でもここは中庭、いつ誰が通ってもおかしくない、と思う。とりあえず、ラルフを木の影とか見えにくい場所に移動させた方が……。
――――ひらっ
『あ』
思案していると、茶色の葉が一枚、ラルフの頭の上に落ちた。
……取ってあげたほうがいい?いや、移動させるのが先か。いや、でもなんか気になるな。
―――すっ……
金色の髪に手を伸ばす。
―――がしっ
『え』
落ち葉に触れる前に、ラルフに手首を掴まれた。
『……』
「……」
茶色の双眸が覗く。
『……あ、ごめ……』
なに謝ってんだ私。なんにも悪いことしてないじゃん。
『あの、頭に落ち葉がのってたから、取ろうと思っ』
―――すっ
手が離される。
「どうもzzz……」
……
……びっくりした。
「zzz……」
今も、寝ぼけてたのかな?一瞬見えたラルフの瞳は冷たかった。まるで、他人を見るみたいな……。
いや、そもそも他人か。出会ってふた月くらいだし。
“タナカって、俺より年うえなんだ”
“ソラノの鞄”
“贅沢だね”
……。
―――サワサワ、サワサワ……
ずっと、他人のままなのかな。
「なんてカオしてんの」
『へ?』
「ブッサイクだよ」
『!!』
なんで起きてんの、なんで起きてんの!?
「はやく掃除してよ」
『はっ?』
「見ててあげるから」
『なんで一人で掃除すること前提なんですか』
「あははっ」
ラルフが笑う。
イライラする。イライラするはずなのに……なんか嬉しかった。
そのあと、指定された場所を二人で掃除して回った(掃除したのはやっぱり私だけだった)。
『ラルフ、帰るよ!』
「zzん~?」
すべての掃除を終えて建物を出ると、夕陽が砂漠を紅く染めはじめていた。




