未知
―――……
―――……
静かだ……。牢屋にも、外の通路にも、人の気配を感じない。
先ほど見慣れない看守が実験がどうのと言っていたけれど、いつしか煙は消え、もうなんの音もしなかった。
「……」
足は、まだ動かない。
ここも危なくなるのだろうか……?それは恐い。死にたくはない。でも、
“お前がいなけりゃ、こんな苦労しなかったのに”
“死ぬなら一人で死になさいよ”
“この者が脱走を試みたので、今から拷問にかける所存であります!!”
“お前は、塀を越えて脱走しようとしたのだな?”
“どけよ!このグズ!!”
ここを出たところで、待っているのはあんな世界だ。
軽蔑され、疑われ、全ての者に嫌われる。
今までもそうだった。これからだって、ずっとそうだ。
―――……スッ
明かり取りを見る。月が、綺麗だ。
「……」
どうしたいんだろう。
俺は、
俺は……
「なにしてんの?」
「え?」
突然、背後で声がした。驚いて振り返る。
「!君は……」
昼間の、金髪の少年だった。
『あ!ラルフッ!!』
「!」
続いて、ランプを持った女が走ってきた。
『なんでいきなり速度上げ……あ』
俺の姿を見て、女は黙った。少年は女に構うことなく、俺を見たまま口を開いた。
「なんでここにいるの?」
「……いや……」
なんと答えればいいのか分からず、言葉に詰まる。その間も少年はじっとこちらを見ていた。彼の瞳は女が持つランプの灯りに照らされて、燃えてるようにも、揺らいでいるようにも見えた。
「……ここを出なくても、いいかもしれない、と、思ってる……」
気付けば、そんな言葉が口から出ていた。見ず知らずの、しかも遥かに年下の少年に自分は何を言ってるのだろう?
「うん」
しかし少年は怪訝な表情をするでもなく、静かに相槌を打った。続きを聞きたい、とでもいうように。
「……俺は、駄目な人間なんだ」
言葉が、ぽろりと零れはじめた。
「捨てられて、厄介がられて、他人ともうまくやれない……居場所がない……ここを出て生き延びたところで……なにも……」
「……」
「……でも……」
無意識に、明かり取りに目が行く。
「それでも……たまに……空が、広いと思う……雲を面白いと思うし、月が綺麗だとも思う……」
「……」
「でも……わかちあう人が……いない……」
「……」
「……どこにもいないんだ……」
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お母さん、どうしてお父さんと僕を置いて出て行ったの?
お父さん、僕にはお父さんしかいなかったのに、どうして居なくなっちゃったの?
叔父さん、叔母さん、僕も二人の子供みたいに一緒に遊んで欲しいよ
みんな、なんでそんな顔するの?
僕が 駄目な人間だから?
そうか そうなのか
僕が駄目だからなのか
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「ちがうよ」
「…………ちがう?」
「まだ会えてないだけだよ」
「え……」
「手を握ってくれる人に」
―――サァァァッ
夜風が入り込む。少年は静かな瞳で続けた。
「アンタがどうやって生きてきたのか、俺は見てないし、知りもしない」
「……」
「でも」
深い茶色の双眸が真っすぐ自分を見る。
「いま目の前にいるアンタに、死んでほしいなんて思わない」
……
……ああ、
こんな瞳でこんなことを言う人間がいるのか
知らなかったな
―――ダダダッ
「ラルフ!タナカ!」
『!!、イオリさん!?』
「!、まだ残ってたのか」
走り込んできた黒い着物の男が、俺を見て目を見開いた。
「どうしたの?」
「!ああ……看守のジジィから聞き出したんだが、建物全体を爆破する前に、東西南北の棟のどれか一つを先行して爆発させるらしい」
『えっ!?』
「説明してる時間はねえ、ユラはジジィを連れて先に出口に向かってる、急ぐぞ」
―――ダッ
男が女の手を掴んで走り出す。状況が呑み込めないでいると、目の前にすっと手が差し出された。
「え……」
「いく?いかない?」
「……」
「連れてくけどね」
―――ぎゅっ
戸惑う俺の手を握ると、少年は風のように走り出した。
「イオリ遅くない?」
「うるせぇっ」
「あははっ」
出口へと近づいていく。
「……」
そこを抜けても、何も変わらないかもしれない。もっと嫌な思いをするかもしれない。けれど、
“まだ会えてないだけだよ 手を握ってくれる人に”
あの言葉が、頭の中から離れない。




