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ライフ  作者: 道野ハル
アメリア国[前篇]
63/162

未知



―――……


―――……



 静かだ……。牢屋にも、外の通路にも、人の気配を感じない。


 先ほど見慣れない看守が実験がどうのと言っていたけれど、いつしか煙は消え、もうなんの音もしなかった。


「……」


 足は、まだ動かない。


 ここも危なくなるのだろうか……?それは恐い。死にたくはない。でも、



“お前がいなけりゃ、こんな苦労しなかったのに”


“死ぬなら一人で死になさいよ”


“この者が脱走を試みたので、今から拷問にかける所存であります!!”


“お前は、塀を越えて脱走しようとしたのだな?”


“どけよ!このグズ!!”



 ここを出たところで、待っているのはあんな世界だ。


 軽蔑され、疑われ、全ての者に嫌われる。


 今までもそうだった。これからだって、ずっとそうだ。



―――……スッ



 明かり取りを見る。月が、綺麗だ。


「……」


 どうしたいんだろう。


 俺は、


 俺は……


「なにしてんの?」

「え?」


 突然、背後で声がした。驚いて振り返る。


「!君は……」


 昼間の、金髪の少年だった。


『あ!ラルフッ!!』

「!」


 続いて、ランプを持った女が走ってきた。


『なんでいきなり速度上げ……あ』


 俺の姿を見て、女は黙った。少年は女に構うことなく、俺を見たまま口を開いた。


「なんでここにいるの?」

「……いや……」


 なんと答えればいいのか分からず、言葉に詰まる。その間も少年はじっとこちらを見ていた。彼の瞳は女が持つランプの灯りに照らされて、燃えてるようにも、揺らいでいるようにも見えた。


「……ここを出なくても、いいかもしれない、と、思ってる……」


 気付けば、そんな言葉が口から出ていた。見ず知らずの、しかも遥かに年下の少年に自分は何を言ってるのだろう?


「うん」


 しかし少年は怪訝な表情をするでもなく、静かに相槌を打った。続きを聞きたい、とでもいうように。


「……俺は、駄目な人間なんだ」


 言葉が、ぽろりと零れはじめた。


「捨てられて、厄介がられて、他人ともうまくやれない……居場所がない……ここを出て生き延びたところで……なにも……」

「……」

「……でも……」


 無意識に、明かり取りに目が行く。


「それでも……たまに……空が、広いと思う……雲を面白いと思うし、月が綺麗だとも思う……」

「……」

「でも……わかちあう人が……いない……」

「……」

「……どこにもいないんだ……」



--------

----



 お母さん、どうしてお父さんと僕を置いて出て行ったの?


 お父さん、僕にはお父さんしかいなかったのに、どうして居なくなっちゃったの?


 叔父さん、叔母さん、僕も二人の子供みたいに一緒に遊んで欲しいよ



 みんな、なんでそんな顔するの?

 

 僕が 駄目な人間だから?



 そうか そうなのか

 

 僕が駄目だからなのか



----

--------



「ちがうよ」

「…………ちがう?」

「まだ会えてないだけだよ」

「え……」

「手を握ってくれる人に」



―――サァァァッ



 夜風が入り込む。少年は静かな瞳で続けた。


「アンタがどうやって生きてきたのか、俺は見てないし、知りもしない」

「……」

「でも」


 深い茶色の双眸が真っすぐ自分を見る。


「いま目の前にいるアンタに、死んでほしいなんて思わない」


 ……


 ……ああ、


 こんな瞳でこんなことを言う人間がいるのか


 知らなかったな



―――ダダダッ



「ラルフ!タナカ!」

『!!、イオリさん!?』

「!、まだ残ってたのか」


 走り込んできた黒い着物の男が、俺を見て目を見開いた。


「どうしたの?」

「!ああ……看守のジジィから聞き出したんだが、建物全体を爆破する前に、東西南北の棟のどれか一つを先行して爆発させるらしい」

『えっ!?』

「説明してる時間はねえ、ユラはジジィを連れて先に出口に向かってる、急ぐぞ」



―――ダッ



 男が女の手を掴んで走り出す。状況が呑み込めないでいると、目の前にすっと手が差し出された。


「え……」

「いく?いかない?」

「……」

「連れてくけどね」



―――ぎゅっ



 戸惑う俺の手を握ると、少年は風のように走り出した。


「イオリ遅くない?」

「うるせぇっ」

「あははっ」


 出口へと近づいていく。


「……」


 そこを抜けても、何も変わらないかもしれない。もっと嫌な思いをするかもしれない。けれど、



“まだ会えてないだけだよ 手を握ってくれる人に”



 あの言葉が、頭の中から離れない。




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