油断
午後、私たちは宿を出た。馬車に乗ってヴィランダ国の北側へ向かう。
ヴィランダ国はマチカル国より広く“商人の国”と呼ばれていた。働き者ばかりのこの国の最北に、今年になって神を名乗る者が現れたのだという。その神は数十人の者を従えて、山頂の廃屋に立てこもっているらしい。
「中央に出てこねえってのが気にくわねえな」
「左様。数は多いが、所詮腰抜けの集まりであろう」
「zzz……」
―――ガタガタッ
―――ガタタッ
馬車に乗って数十分が経った。二人が真剣に話してる横で、ラルフさんは寝ている。私は、小さく上を向いたり下を向いたりして、あることに耐えていた。
「?、タナカ殿、どうしたのだ?」
『あ、いえ……』
「んだよ、言いたいことがあるなら言えよ」
『や、揺れが』
「あ?」
『ぅ』
あ、駄目だ。
『おぇぇぇっ!!』
「「!」」
車酔いに負けて馬車の外に吐いてしまった。
「タナカ殿!大丈夫か!?」
『すいませ……ぅっ』
「いや、とりあえず喋んな」
『あぃ……』
「zz……ん?なんか臭くない?」
『ぅっ』
「……ラルフ、そっとしといてやれ」
地獄の道中はしばらく続いた。
揺られること数時間――ようやく目的地に到着した。
「ようこそ!お待ちしておりました!!」
馬車から降りると、髭の生えた村長さんが駆け寄ってきた。
「ここはとても小さな村でして……宿がないゆえ、私の家の離れ家を提供させていただきたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「うむ!かたじけない」
「ありがとうございます!それではご案内させていただきます」
村長さんに連れられて私たちは歩き出した。
―――サワサワ……
―――サァァァァッ……
そこは、とても綺麗な村だった。
青い空と見渡す限りの牧草地。吹き抜ける風も穏やかで気持ちいい……。さっきまでの地獄が嘘みたいだ。
『(あ……)』
少し離れた所に小高い山が見えた。あれがユラさんとイオリさんが言ってた、神が立てこもってる山なのかな?
「こちらです。どうぞご自由にお使いください」
案内されたのは丸太で作られた家だった。中は広くて天井も高い。体験学習で泊まったログハウスみたいだ。
「村長殿。早速で申し訳ないが、今回の件について話を聞かせていただけますかな?」
「!はい」
私たちは車座になって村長さんの話を聞いた。
村長さんの話によると、神の使いだという男たちが時々あの山から降りてきて、食料や物品、そして若い女性を奪っていくのだという。被害はこの村だけでなく他の小さな村にも及んでいるようで、多くの人々がつらい思いをしてるらしい……。
「あと……これは、あくまで噂なのですが」
「うむ?」
村長さんは一度言葉を切ってから、神妙な面持ちで言った。
「その神は、銃を所持していると……」
「「!」」
ユラさんとイオリさんが目を見開いた。
「……なるほど。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。後は我々にお任せください」
「は、はい。何卒よろしくお願いします……!」
そう言うと、村長さんはお辞儀をして出て行った。
「手ぬるい野郎だな。国が動くのも時間の問題じゃねえか」
村長さんが出て行くと、イオリさんが吐き捨てるように言った。……国が動くのも時間の問題?どうゆうことだろう?疑問に思っていると、隣にいるユラさんが口を開いた。
「神は武器を持たないのだ」
『え?』
「武器を持って人を傷つける神など神とは呼べぬ。ゆえに神を名乗る者は武器を持たぬ。持っていたとしても、普通は必死に隠すものだ」
『あっ』
そういえば……
“いいの?神がそんなもの出しちゃって”
“……貴様たちがここで消えれば、誰も見た者はいない”
あれは、そうゆうことだったんだ。
「武器を所持していることが明らかになれば、その者が神ではないことの証明になる。さすれば、国も堂々と軍を動かしてその者を捕らえることができるというわけだ」
『なるほど……』
「そして!!」
―――ザッ
ユラさんが勢いよく立ち上がった。
「武器を持たずに嘘か誠かを見定めるのが、我々センコウの役目なのだ!!」
『えっ』
え?三人も武器持たないの??
「神を名乗る者が本当に神だった場合……武器を向けたら失礼だからな!!」
どーんと胸を張るユラさん。めちゃくちゃシンプルな理由だ……。でもまあ確かに、罰が当たったりしそうだもんね。
「ねえ、メシは?」
ようやくラルフさんが喋った。仕事の話と関係ないけど。
「もう少しこの辺りを調べてからだ!」
「じゃあ、帰ってきたらおこして」
「行かないこと前提か……」
「zzz……zzz……」
「「……」」
秒で寝た。はあ、とイオリさんが溜息をつく。
「ユラと出てくる。お前はラルフとここにいろ」
『あ、はい』
「では、行って参る!」
そう言って、二人は出て行った。
『……』
「zzz……zzz……」
なんかお守りしてる気分だ。
翌朝。
「日没までには戻る予定だ!タナカ殿はここで待っていてくれ」
『あ、はい』
「フラフラ出歩くんじゃねえぞ」
『あ、はい』
「いってらっしゃzz」
「お前はこっちだ。そして起きろ」
ラルフさんを引きずって二人は出掛けて行った。……さてと、何しよう?どうやって時間潰そうかな。携帯も漫画もないし……。部屋の中になにかあるかな?
―――ギイ
―――パタン……
―――ギイ
―――パタン……
何もない……。UNOとかルービックキューブもない。あ、UNOがあっても一人じゃできないか。
立ってるのもなんなので、転がってみる。
―――ごろんっ
……暇だ。
暇だ。暇だ。暇だ。
―――ギュィィィンッ!!
―――カン!カン!カン!
―――ガガガガガッ!!
―――チーン!チーン!
『!?』
なにごと!?窓に駆け寄って外を見る。すると、庭で村長さんがよく分からない機械を使って何かの作業をしていた。作業はまだまだ続きそうだ。
え、どうしよう。めちゃくちゃうるさい。でも止めて下さいとも言えないし……。なんとかならないかな?
『……あ』
ふと、昨日見た光景が頭に浮かんだ。
―――サワサワ……
―――サァァァァッ……
青い空、広い牧草地、そこを吹き抜ける穏やかな風。……出掛けようかな。そんなに遠くまで行かなければ大丈夫だろう。
―――カチャッ
『……』
そっと扉を開ける。村長さんは作業に夢中だ……。なんとなく気付かれないようにして、敷地の隅を通って表に出た。
―――……
外には誰もいなかった。お昼前なのに人の気配を感じない……。皆どこかに出掛けてるのかな?まあ、人がいない方がのんびり出来るからいいんだけど。
―――キョロキョロ
昨日の記憶を頼りに静かな村の中を歩く。歩いてる最中も人の姿は見えなかった。
『あ!』
ようやく牧草地が見えた。よかった、こっちであってたんだ。よし、暫くあそこで時間を潰して……
―――ガシッ
『え』
突然腕を掴まれた。振り向くと、布で顔を隠した二人の男が立っていた。
「へへっ、ついてこい。神に捧げる」
『え……』
「そらよっ!」
―――バッ
『っ!!……』
湿った布を押し付けられた。ふっ、と意識が遠のく。
“タナカ殿はここで待っていてくれ”
“フラフラ出歩くんじゃねえぞ”
二人の言葉を思い出しながら、私は眠りに落ちた。