明日も、明後日も
無事に鞄を回収した私たちは、入口に向かって歩いていた。一階には誰も居ない。もうこの辺りは、爆弾が設置されたってことなのかな……?
「ちょっと待ってもらっていい?」
『え?』
突然ラルフが立ち止まった。そこは各舎房の渡り廊下を見通せる、中央監視室の前だった。
待つって……ここで?爆弾があるかもしれないこの場所で?いや、こんな危ない所早く出たほうが……
“さいごにね”
“ちゃんと戻ってくるから”
……ラルフは、何を考えてる……?
「タナカの知り合いも、なまえ長いの?」
『へっ?』
え?いきなり何の話??
「タナカ、なまえ長いじゃん」
『え、あ、本名が?』
「ほんみょう?」
『あ、えっと、本名っていうのは、本当の名前のことで……』
「へえ?」
あれ?なんでこんな話してるんだ?今って非常事態だよね?
『ラ、ラルフは、ただのラルフなの?』
「は?」
よく分からないまま、質問し返してしまった。
『いや……えっと、ラルフの前とか後に、なんかつかないの?』
「なんで?」
『えっ』
なんで……?
『え、えっと……名字とか、ないの?』
「みょうじ?」
そこからかー!
『えっと、名前は自分の名前で……名字は……か、家族の名前?』
「かぞくの名前?」
『うん(たぶん)』
「なんで、かぞくに名前つけるの?」
『え』
そんなこと、考えたこともない。
『……あ、あれじゃないかな、それがあれば、その人が誰の子供なのか分かりやすいから……とか?』
「ああ」
『え、いやわかんない!違ったらごめん!』
「贅沢だね」
『え?』
言葉の意味が分からなくて、思わずラルフを見つめた。
「呼ばれるだけでいいのに」
『……』
抑揚のない声だった。表情も何もない。
“ラルフって友だちとか家族に虐められてたの?”
“……笑ってた。今と変わらねえ、何考えてんのか分からねえ、生意気なガキだった”
……これまで、他人のことなんて分からなくてもいいと思って生きてきた。それで問題なかったし、これからもそれでいいと思ってた。
でも、もしも、私が誰かのことを分かろうとしてたら……ここで、ラルフに声を掛けられたのかな。
―――ザッ、ザッ
―――コツ、コツ
『!』
ふと、二つの足音が聞こえた。もしかして、アメリア軍……?
「おーいっ」
『!?』
ラルフが大きく手を上げる。ちょっ、何やってんの!?どうゆうつもり……
―――……ザッ
―――……コツ
足音が止まった。
「……なにやってんだ、お前らは」
『!!』
「二人とも無事なのだな?」
『イオリさん!ユラさん!』
暗闇からイオリさんとユラさんが現れた。
「あー、よかった」
「ラルフ、」
飄々と笑うラルフに、イオリさんが鋭い瞳を向ける。
「どうゆうことだ」
「イオリ顔こわい」
「ラルフ、説明してくれ」
ユラさんが珍しく、咎めるような口調で言った。ラルフは横目でユラさんを見ると、いつもの涼しい顔で答えた。
「タナカと一緒に宿にもどってて」
「……」
「……」
ラルフの言葉に、イオリさんとユラさんは口を結んだ。静寂の中に張り詰めた緊張感が漂う。
なんだろうこの空気……。二人は、怒ってる?いや違う……悲しんでる、のかな。でも、なにを……?
黙って様子を伺っていると、ユラさんが静かに口を開いた。
「……ラルフ。お前は、明日が来ると思うか?」
「え?」
ユラさんの声に、ラルフは顔を向けた。
「明日が来るのかどうか、それは誰にも分からぬ。いや、明日どころじゃない。次の瞬間に何が起きるのかさえ、俺たちには分からない」
「……」
「未来を思い描くことは、無意味なのかもしれぬ。だが、思うことは自由だろう?考えて、心が弾む。その気持ちは嘘ではない」
「……」
「俺たちは、お前と旅を続ける。明日も明後日もだ。だから、話してくれ。お前は何をしようとしてる?」
―――スッ
ラルフがユラさんから視線を外す。ユラさんとイオリさんは、じっとラルフを見ていた。
「……」
「……」
暫くして、ラルフが口を開いた。
「もうすぐ、ここで爆発が起こる」
ラルフは目を合わせないまま、抑揚のない声で言った。
「その前に、全員にがす」
「……そうか」
「うん」
ユラさんとイオリさんは顔を見合わせた。そして、どこか嬉しそうな表情でラルフに告げた。
「「協力させろ」」
『……』
「ホント馬鹿だね、アンタたち」
そう言って、ラルフは息を吐いた。




