それぞれの意思
夜、食堂。
「タナカがさ、居眠りしたんだよね」
『まだ言う?』
ラルフの発言に苛立つ正子。向かいで、イオリとユラが目を丸くする。
「居眠り……?仕事中にか?」
「うん。掃除しながら」
『……』
「き、器用だな!タナカ殿!」
眉間に皺を寄せる正子を見て、ユラが必死に彼女を褒める。
「よく寝る奴だとは思ってたが……仕事中も寝るとはな」
『たまたま!たまたまです!!』
「そうそう!たまたま起きていたのだな!」
『逆です!たまたま寝ちゃっただけなんですっ!!』
っていうか、と言って正子はラルフを睨んだ。
『ラルフもそのあと寝てましたから!私にぜんぶ仕事押し付けてっ!!』
「え?そうだったっzzz……」
『ここで寝る!?』
正子の叫びが、虚しく食堂に響いた。
『はあ~っ』
「……タナカ殿、もしや最近よく眠れないのか?」
肩を落とす正子に、ユラが心配そうに声を掛ける。
『え?あ、いえ!全然そんなことないです!!』
慌てて否定する正子。その返答に、ユラとイオリは安堵の表情を浮かべた。
「仕事はどうなのだ?大変ではないか?」
『あ、いえ!やることは簡単なので、大丈夫です!』
「……収監されてる奴らに、会うことはあるのか?」
『えっと、遠くにいるのが見えたり、掃除した後に牢屋に入って来るのを、たまに見たりするくらいですかね?』
「そうか」
『はい』
「……」
「……」
『あ、あのっ』
「「うん?」」
『世界を滅ぼす者って、一人なんですよね?』
「?、うむ……」
質問の意図が分からず、正子を見つめる二人。
『あんなにたくさんの人を捕まえて、どうするんですか?』
「「!」」
彼女の瞳が二人を見返す。イオリとユラは言葉に詰まった。
「……」
「……」
暫くして、ユラがゆっくり口を開いた。
「……神は一人と言われているが、本当のところは、誰も分からないのだ。全て、聞き伝えでしかないからな」
『……』
「何を信じるか、どこを信じるかは、人それぞれであろう。だが、それが利用されることがあってはならぬと、俺は思う」
『……』
「すまぬ。話が逸れたな……」
『……いえ』
「おら飯食え、冷めるぞ」
『はいっ』
その後は、ユラが街の話をしたりイオリがそれに突っ込んだりと、いつものような他愛もないやりとりが続いた。
「ではタナカ殿、また明朝!」
『はいっ、おやすみなさい』
「風呂入れよ」
『ハイ……』
「zzz……」
明日の集合時間を決めて、それぞれの部屋に入って行った。
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深夜。
―――コンコンコン
―――カチャッ
情報を共有するため、イオリとラルフはユラの部屋を訪れた。二人が腰を下ろしたのを確認すると、ユラは静かに口を開いた。
「オウド国が懸念している、アメリア国の国外に対する動きだが……今日も、その手の情報は得られなかった」
「「……」」
「だが、気になることがある」
黙ってユラを見る二人。
「今、王は焦っている。国民の支持を得るのに必死だ。告発を受け、碌に調べもせずに大量の人間を捕らえているのもその所為だと噂されている」
「国民の心が、王から離れつつあるってことか?」
「ああ。腹違いの妹、ラシュナ姫の台頭によってな」
「腹違い?」
ユラは頷き、話を続けた。
「現王の母親は、正室ではなかったらしい。先代の王と王妃の血をひくのは、ラシュナ姫一人だそうだ。そのため王も姫を無下にはできず、国政に形だけの参加をさせていた。皆、彼女はお飾りだと思っていた。が……」
ユラはそこで言葉を切ると、灰色の瞳を真っ直ぐ二人に向けて告げた。
「三ヶ月前の生誕祭の時、国民の前で、彼女は悪魔狩り反対の旨を述べた」
「……は?」
イオリの思考が止まる。
「アメリア国の姫が……悪魔狩りに……反対してる……?」
聞いた言葉を確かめるように、一つ一つ口に出す。ユラは頷き、二人を見据えた。
「“何処にいるのか分からない悪魔を捜すよりも、一人でも多くの者を幸せにするために時間を割くべきだ”と」
「……」
「……」
「世間知らずの綺麗ごとだと嘲笑う者が大半だが、彼女を支持する者も、僅かにいるのだという」
ユラの目元がふっと緩む。
「大陸や国という括りで、人を見てはいけないな……。そこに生きる一人一人が、俺たちと同じように、それぞれの意思を持っているのだ」
「……そうだな」
イオリが息を吐く。この国に来て初めて、肩の力を抜くことが出来た気がした。
「……つまり、僅かだが姫を支持する者が出てきたことに、王は焦ってるってわけか」
「うむ」
「国民の支持を得るために、他国に手を出す……考えられなくはねえな」
「うむ。しかし、情報も噂もない。どう調べたらいいものか」
「……ラルフ、収容所の方はどうだ?」
イオリは横目でラルフを見た。
「アザのあるヤツらが捕まってるだけ」
「怪しいところは」
「今はないよ」
「そうか」
―――スッ
「寝るね」
二人に背を向けて、ラルフは扉に向かった。
「おやすみ」
―――パタン
―――……
イオリとユラの二人だけになった。
「……あいつが、この仕事を選んだとき……驚いた」
イオリが、呟くように言った。
「……関わろうとするなんて、思ってもみなかった」
「……ああ」
「あいつは、いいのか」
「……」
「今、どんな気持ちで……」
「イオリ」
ハッと顔を上げる。ユラの灰色の瞳が揺れていた。
「苦しむと分かっていても、そこを通らずにはいられない……」
「……」
「……そんなところなのではないか」
「……そうだな」
「……」
「……寝るわ」
「ああ」
―――……パタン
誰もいなくなった部屋で、ユラは静かに窓の外を見た。
―――……
外はまだ暗い。夜が明けるかどうかなんて、本当は誰にも分からない。
“なにしたっていいんだよ”
“ぜんぶ意味ないんだから”
……何をしたっていい。何を思ってもいい。
それなら自分は、
明日が来ることを信じたい。




