悪魔狩り
暗い森
無表情の葉
頬を、足を、斬りつける
―――ザザザザッ、ザザザッ
止まれない
止まれば闇
「待て!殺してやる!!」
「悪魔め!!」
「死ね!!」
違う
違う
望んだのは こんな生じゃない
****
―――ベシッ!!
『!?、え……え……?』
「いねむりなんて、いい度胸だね」
デッキブラシを持ったラルフが、冷ややかな目で私を見る。……え。今、それで叩かれた?
「ねぼけてる?じゃあもう一発……」
『!!、起きてる起きてるっ!!』
ヤバイ、コワイ!!
『ちょ、ちょっとの間だけだから!!ちょっとしか寝てないから!!』
「ねるってことが問題だよ」
『ラルフだってよく寝るじゃん!』
「仕事のときはねないよ」
あれ?そうだったっけ……?
―――すとんっ
『……え、何してんの?』
「つぎ俺のばん」
ラルフは床に座ると、涼しい顔で壁に背を預けた。
『いや、仕事の時は寝ないって……』
「不公平はよくないよね」
『……』
「くぉぉぉら新人どもぉぉぉぉ!!!」
『!』
「あー」
廊下の先から、先輩である中年のおじさんがドカドカ歩いてきた。
「なぁにをサボッてるんだぁぁぁ!!しっかり掃除しろぉぉぉ!!」
『はい!すいません!!』
「すいませーん」
「ったく!これだから若いやつは!!」
グチグチ言いながら、おじさんは大股で去って行った。
「はい」
『え?』
ラルフが目の前にデッキブラシを差し出す。ん?どうゆうこと?私自分の持ってるけど??
「おやすみ」
『え』
「zzz……」
秒で寝た。
この仕事を始めてから、私ばっかり掃除してる……。なんなのこの人。自分で言い出したくせに。
話は数日前に遡る。
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―――ヒュォォォォォ
オウド国を出て一日歩くと、目の前に広大な砂漠が現れた。アメリア国は、その砂漠の中にあった。
入国すると高さ10メートルくらいの巨岩が至る所にあって、岩に空いた穴から、銃を構える兵隊さんの姿が見えた。家や商店は巨岩と巨岩の間に所狭しと建てられていて、国全体が要塞のような――何かと戦う為に作られたような所だった。
「……落ち着かねえ国だな」
「うむ。噂には聞いていたが、ここまで軍事に特化していたとは……」
イオリさんとユラさんが複雑な表情で呟く。
「でっかい岩だなあ」
ラルフはどこでもマイペースだ。
暫く歩くと賑やかな通りに出た。相変わらず巨岩があって兵隊さんの姿も見えるけど、先ほどより生活感がある。行き交う人々の服装は様々で、イオリさんのような和服姿の人もいれば、ユラさんのような民族衣装を着てる人もいた。
「色んなヤツらがいるね」
「……他国から、出稼ぎにきている者が多いのであろう」
出稼ぎ……?大きい国だから、仕事がたくさんあるのかな?
「どこいくの?」
「職業紹介所だ!王や軍に、コッソリ近付ける仕事を探すのだっ!!」
「声でかくね?」
『……(不安だ)』
紹介所は広く、人で溢れ返っていた。壁には幾つも貼り紙があって、そのうちの一枚のもとに多くの人が集まっている。
ユラさんとイオリさんはその前を通り過ぎて、少し離れた所で足を止めた。
「要塞建設、道路工事、木材運送……要塞建設にするか?」
「うむ。要塞であれば、アメリア軍も多数いるはず……」
「あれでいいんじゃない?」
ラルフが、人が一番集まってる所に貼ってある紙を指した。
「「!」」
「王と軍にちかづけるよ」
飄々と話すラルフ。……あれは、なんの仕事なんだろう?疑問符を浮かべる私に気付いたイオリさんが、貼り紙を見ながら口を開いた。
「“悪魔狩り。王主導で行われる。アメリア軍と共に悪魔と疑われている者を捕らえる。齢20以上”……」
『!』
悪魔狩り……。確かに王にも軍にも近付けそうだけど……なんだか恐い響きだ。
「そうだな……。俺とユラでやるか」
「うむ」
二人とも、大丈夫かな?
「俺とタナカはこれやるよ」
「あ?」
『へっ!?』
「“牢屋清掃”?」
ユラさんが、ラルフが指した紙を読み上げる。
「“悪魔と疑われている者が収監される牢屋の清掃。男女問わず。齢18以上”……」
イオリさんが横目でラルフを見る。
「いいのか」
「いいんじゃない?」
「そうか」
「……タナカ殿は、大丈夫なのか?」
ユラさんが心配そうに私を見た。
「大丈夫でしょ」
「いや、お前に聞いてねえ」
『あ、えっと……』
正直ちょっと恐いけど、掃除するだけなら……。男女問わずって書いてあるし、ラルフも一緒だったら、たぶん何とかなるだろう。
『大丈夫です、やります』
「「!」」
「きまりだね」
こうして、私はラルフと共に牢屋清掃をすることになった。
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「おわった?」
『……エエ』
私が掃除してる間、ラルフはずっと寝てた。……なんなんこいつ。勝手すぎない?
―――バタバタバタッ
「とっとと歩け!」
『!』
看守に率いられて、囚人さんたちが帰ってきた。牢屋に入るや否やガシャン、ガシャンと乱暴に鍵がかけられる。遠目に眺めていると、看守がこちらを振り向いた。
「何を見ている。掃除が終わったのなら、とっとと出て行け!」
『!、はい!』
隣を見ると、既にラルフは歩き出していた。慌ててその背中を追う。
―――ギイッ……
重い扉を開けて一旦外に出る。空はよく晴れていて、鳥が優雅に飛んでいた。私はふと、訊ねたくなった。
『……あの人たちって、悪魔かもしれないって理由だけで、牢屋に入れられてるんだよね?』
「そうみたいね」
『……』
「タナカ、ブサイクだよ?」
ラルフがしかめ面で私を見る。
『!じ、自顔だしっ』
「そっか」
『……(ちょっとは否定してくれない?)』
すっきりしない気持ちを抱えたまま、次の掃除場所へ向かった。
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「いざ、出動!」
正子とラルフが牢屋掃除をしている頃、イオリとユラは悪魔狩りに向かっていた。悪魔狩り部隊は十人程で、アメリア国の軍人二人と、出稼ぎでやってきた他国の者で構成される。
「本日捕らえるのは、サール村のミラヴィエ、ライザ、ケビン、以上の三名だ。三人とも農園で働く流れ者で、今日も一日そこにいる筈だと告発者から報告を受けている」
歩を進めながら軍人が淡々と話す。
またか、とユラは心の中で思った。悪魔狩りに参加して三度目になるが、どの任務も近くに住む者からの告発を受けて対象者を捕獲するというものだった。そして悪魔と呼ばれる人間は皆、立場の弱そうな者達だった。
村に着くと、初老の男が悪魔狩り部隊に近付いてきた。この村の村長のようだ。
「よくぞお越しくださいました!!あの三人のせいで、村人は毎日怯えて暮らしておりまして」
「対象者の元へ案内しろ」
「はっ!こちらです!!」
村長が果敢に進み始める。他の村人は隠れているのか、誰一人として姿を見せなかった。暫く歩くと小高い丘があり、そこを上ると眼下に大きな農園が見えた。
「あの左端で作業をしているのが、ミラヴィエ、ライザ、ケビンです!!」
「ほう」
イオリとユラが左端を見る。
「「……」」
そこには、粗末な身なりをした三人の男の姿があった。
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「……おい、あれ……」
「ん?、!あっ」
「?」
共に働く者の声に、ケビンは顔を上げた。
「あっ」
丘の上から、何人かの人間がこちらに向かって歩いてくる。そこには軍人の姿もあった。
「悪魔狩りだ!!村の奴が告発しやがったんだ!!」
「クソッ!!」
―――ダダッ
二人が逃げ出す。ケビンもそれに続いた。
「!、対象者の逃亡を確認、捕獲せよ!困難な場合は射殺を許可する!」
「「「「「はっ!!」」」」」
走り出す悪魔狩り部隊。
「……させるかよっ」
イオリは舌打ちし、小さく呟いた。
やはり、この悪魔狩りはおかしい。告発を受け、碌に調べもせず、言われた通りに対象者を捕獲する。その上いざとなったら殺しても構わないとは――そんなことがあっていい筈がない。
―――ザザッ
イオリは誰よりも早く農園に降りて、男たちを追った。遅れて降りたユラも後に続く。
「ちっ……意外と速えな、あいつら」
「俺に任せろ!!」
「あ?」
ユラはガサゴソとポシェットを探ると、掌サイズの丸い玉を取り出した。
「とーうっ!!」
―――ヒューンッ
玉は大きく弧を描き、男達の近くに落ちた。
―――ドォォォン
―――ブワッ!!
「「「うわぁぁぁぁっ!?」」」
「!?」
爆発音に続いて大量の煙が周囲を覆った。突然の出来事にその場にいる全員が足を止める。イオリも呆然と立ち尽くし、玉を投げた張本人を振り返った。
「……なにしたんだ?」
「煙玉だっ!街で会った武器商人が俺の鳥獣愛団子に興味を持ってな、団子と引き換えに譲ってくれたのだ!!」
「……」
突っ込みどころ満載だが、面倒なので気にしないことにした。
―――シュゥゥゥ……
暫くすると、煙が晴れた。
「!い、今だ!!」
「捕えろ!」
「ああ!」
我に返った者達が走り出す。男達は腰を抜かして座り込んでいたため、呆気なく悪魔狩り部隊に捕らえられた。
「……」
「……」
二人がその様子を見ていると、隊長であるアメリア軍の男がユラの前にやってきた。
「よくやった」
「はっ」
頭を下げるユラ。隊長はそれを見ると踵を返し、捕らえた男達の元へ向かった。
「総員、撤退!」
農園を後にする。村の出口に向かって歩いていると、先ほどまで気配を殺していた村人たちが、各戸の扉から身を乗り出してこちらを眺めているのが見えた。
前を通りかかると、彼らは次々に声を上げた。
「ありがとう!!」
「本当にありがとうございます!!」
―――パチパチパチ、
―――パチパチパチ、
悪魔狩り部隊に盛大な拍手が送られる。
「お兄ちゃんたち、ありがとうっ!!」
小さい子供も瞳を輝かせ、力いっぱい両手を叩き合わせている。
「……」
「……」
イオリとユラは、軍人に連れられて先頭を歩く三人の男たちを見た。彼らは背中を丸めて頭を垂れ、黙って歩き続けている。
その姿を村人は見ていない。
村人は、村を救った悪魔狩り部隊しか目に入れようとしなかった。




