お買い物
―――ウォォォォッ
渦巻く歓喜
いや 狂気
「とどめを刺せ」
―――グサッ
「あ……」
硬直していく モノになる
嫌だ 嫌だ 嫌だ
こんなものには なりたくない
*****
「……ろ、」
ん?
「……タナカ、」
呼ばれてる?ここ学校……?
―――バサーッ!
「起きろっつてんだろうがぁぁぁ!!」
『ぎいゃぁぁぁぁぁ!!!』
すごい勢いで布団を剥ぎ取られた。慌てて起き上がると……
『!!』
「……」
イオリさんの顔(怒)が眼前にあった。
「てめえ、何回起こせば起きんだよ……?」
『ひっ!!』
ああん?とヤクザのように詰め寄ってくる。
『す、すいません!すぐ支度します!!』
「急げや」
―――ダダッ
ダッシュで洗面所に駆け込んだ。背後でイオリさんの舌打ちとドアが荒々しく閉められる音がした。恐い……やっぱりあの人超恐いっ!!
―――バシャバシャッ……
―――……
でもイオリさんに起こしてもらって良かった……。今日の夢はすごく恐かった。先日見た夢といい、今見た夢といい、最近見るのは心にくる夢ばかりだ。
「タナカァ!!ちゃんと支度してんだろうなァァ!?」
『!!し、してますしてますっ』
―――ゴシゴシッ
廊下から聞こえた怒声に慌てて顔を拭く。
―――バタバタッ
今回のニセ神?は、国の中央から離れた場所にいるらしい。なので今日の午前中に準備をして、午後に移動することになっていた。私にも重大な準備がある。
ことの始まりはラルフさんの発言だった。
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「タナカ、臭くない?」
『え』
マチカル国を出た私たちは二日かけて次の目的地である「ヴィランダ国」に辿り着いた。街の食堂で昼食をとっているとき、隣に座るラルフさんが唐突に言い出した。
「……確かに。お前ずっと同じ服着てるもんな……」
『!!』
イオリさんが汚いものを見るような目で私を見る。いやいやいや、ちょっと待って。それは私が一番思ってましたよ?思ってたけど……。
私はチラリとラルフさんを見た。
「(もぐもぐ)」
『……』
“センコウ”は依頼があった国に入国してから出国するまでの間、その国から、拠点となる宿を無償で提供してもらえるらしい。でも仕事が終わるまではお金は貰えず、依頼を解決した時に初めて報酬を得ることが出来るそうだ。
つまり、移動中の旅費や滞在中の生活費等は一切出ない。
でも大変な仕事なので、依頼を解決すれば当分の生活には困らないほどの大金を貰える。なので、普通に旅をしていれば何も困ることはないのだ。ふつうに旅をしていれば……。
私はラルフさんの食事を凝視した。
「なに?あげないよ」
『……』
私とイオリさんとユラさんの食事の量は、普通だ。一般的だ。でも、ラルフさんの食べる量は……異常だ。
食堂に入ってから数分しか経ってないのに、私たちの10倍は食べてる。……おかしくない?どれほどの食欲を抱えておられるのですか?マチカル国ではパニック状態だったから、そこまで気にならなかったけど……。
とにかく、ラルフさんの底知れぬ食欲がこの旅をギリギリにしているらしい。そこに私も加わってしまったわけで、財政を更に圧迫しているわけで、だから「新しい服買ってください」なんて、とても言い出せない……。
「おかわり~」
『……』
私が黙り続けていると、ユラさん(会計係)が口を開いた。
「うむ……タナカ殿の服装は目立つしな。任務に赴く前に、新しい服を買った方がよいかもしれぬ」
『えっ!』
「あ、500ヴェル以内で」
いくらか分からないけど助かった……!無神経な発言に傷付きながらも、最終的にラルフさんに感謝したのだった。
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「いらっしゃい!」
イオリさんに連れられて街の服屋にやってきた。なぜイオリさんなのかというと、ユラさんは生活必需品(最安値)の買い出しがあり、ラルフさんは自由行動中でいないからだ。あいてる人はイオリさんしかいなかった。
「おら、とっとと選べ」
『は、はい!』
恐いけどさっきも起こしてくれたし、お店にも連れてきてくれた。やっぱり良い人なんだと思う。
「おや?お嬢さん見ない恰好だねえ!どこの国の人?」
『えっ』
突然、店主のおじさんが話し掛けてきた。
『……え、えっと』
「俺らはカタス国から来た。こいつの村では……アレだよ、今こんなんが流行ってんだよ」
イオリさん。なんか雑じゃないですか?
おじさんは、へえ、と言いながら明らかに怪しんでいる。イオリさんは、おじさんのリアクションを強引に無視した。
「こいつの服を500ヴェル以内で揃えたいんだが、なんかねえか?」
「ご、ごひゃく!?……お客さん旅人かい?大変なんだねえ」
同情されるほど安いんだ……。
「そうだ、あの籠の中だったら安いよ!500ヴェルで揃えられるはずだ!」
おじさんが指した籠を覗き込むと、そこには色んな形の服が入っていた。値札に100とか250とか書いてあるから……これが500以内に収まればいいのかな?
どんな服を選べばいいんだろう?私は改めて三人の服装を思い浮かべた。
イオリさんは黒い着物に白い羽織。ユラさんはクリーム色の、砂漠の民のような民族衣装。ラルフさんは白い半袖に、カーキ色の七分丈スボンを履いている。
あれ……。誰を基準に選べばいいんだ?
「?どうした」
『いや、あの、どうゆうものを選べばいいのかなって……』
「ああ?んなもん何でもいいだろうが」
つめたい……。
「お嬢さん、よかったら見繕いましょうか?」
『……!あ、じゃあ、お願いします……』
おじさんが選んでくれたのは、水色のブラウスと灰色のワイドパンツだった。イオリさんとも、ユラさんとも、ラルフさんとも違う系統の服だけど……まあ、いっか。
「はい!500ヴェル丁度だよ!」
『ありがとうございます』
無事にお金を払って店を出た。
―――ザッ、ザッ
―――タンッ、タンッ
イオリさんの後ろを歩いて宿に戻る。朝よりも空が晴れてきて、頭上には太陽が輝いていた。部屋についたら今着てるものを洗濯して、出発ギリギリまで外に干しておこうかな。
『……あ』
しばらくして、私は重大なことに気が付いた。
そうだ……アレもないと困る。いや、でも、いま新しい服を買ってもらったばっかりだし……男の人にそれを頼むのはちょっとイヤだ。
だけど……
“タナカ、臭くない?”
“臭くない?”
“臭くない?”
“臭くない?”
ラルフさんの言葉が蘇る。嫌な部分だけがエコーする。……え、どうしよう。言うべき?言ったほうがいい?
『(……えっと)』
イオリさんはどんどん前に進んでく。このままだと、宿についてしまう……。
『あのっ、イオリさん……!』
思いきって名前を呼んだ。イオリさんは少し驚いた表情で振り向いた。
「なんだ……?」
―――タタッ
私は腹をくくった。
『下着も買っていいですか』
「……」
『……』
「……おう」
なんとなく気まずい空気で下着も購入して、私たちは宿に戻った。