事件
西の森、入口。
―――サワサワ……
―――チュンチュン……
「おはようございます。ゆっくりお休みになられましたか?」
青色の瞳を細めて、ロレンスさんが微笑む。
「はい。お陰様で」
「それは良かった」
ロレンスさんはそう言うと、近くにいるチャイナ服を着た二人組に視線を向けた。
「こちらのお二人は、東大陸のジミニヤ国から救援に来てくださいました。数日前に入国なさったのですが、まだ願いの書へご案内できていなかったので、本日お越しいただきました」
「!東大陸の」
救援に呼ばれたのって私たちだけじゃなかったんだ……!ユラさんとイオリさんも驚いている。
とりあえず、一人一人自己紹介をした。ジミニヤ国の二人は体が大きくて恐そうだったけど、話してみると明るくて良い人たちだった。
「実は、俺らの国からもう一人来てるんだが……今日はいなくてな」
「む?体調でも崩しているのか?」
「いやあ……」
ジミニヤ国の人が口籠ると、ロレンスさんが少し寂しそうに笑った。
「ジミニヤ国のリン様はご自身の鍛錬のため、残念ながら本日はいらっしゃれないようです」
「「『えっ』」」
鍛錬で……欠席?
「王の命令にそむくなんていい度胸だね」
「お前もギリギリだったけどな」
イオリさんが小声で突っ込む。
「では、参りましょう。こちらです」
柔らかな物腰でロレンスさんが歩き出す。気を取り直して、私たちも後に続いた。
―――チチッ、チチッ
―――ピィッ、ピィッ
森は光に満ち溢れていて、鳥の声があちこちから聞こえてきた。とても気持ちの良い場所だ……。暫くすると、少し開けた所に出た。
「あちらにあるのが、願いの書です」
『!』
広場の中央に、草花に囲まれた岩があった。
岩は見上げるほど大きかった。例の言い伝えが四行にわたって掘られてる……みたいだけど、私には読めない。
「これは……文字なのですか?」
『(えっ)』
ジミニヤ国の人が訊ねる。あれ?読めないの私だけじゃない……?
「この文字は、現在は使われていないものです。研究の結果、今から700年以上前の古代文字だということが分かりました」
「700年……!」
「はい。ですから願いの書は、少なくとも700年前から存在していたことになります」
なるほど、そうゆうことか!
―――スッ
私は改めて目の前の岩を見上げた。
……700年以上前に誰かが残したものが、今もちゃんとここにある。なんか、すごいな。
「見にこれて良かったな!」
「ああ!」
ジミニヤ国の人たちが興奮した様子で話している。
「そう言っていただけて何よりです。本当はこうして雨ざらしにするのではなく、何処かに保存しておいた方が良いのですが……エポナ様が多くの方にみていただきたい、そして自然の中に願いの書を置いておきたいと仰ったので、こうして森のなかに安置することにいたしました」
「いやはや、素晴らしいお考えです!」
「我々は、オウド国の友好国であることを誇りに思います!カタス国もそうだろう?」
「はい、感動いたしました。本日は貴重な機会を与えていただき、誠にありがとうございました」
ユラさんが深々とお辞儀をしたので、私とイオリさんも頭を下げた。どうせラルフはまた寝てるか、欠伸でもして……
『!』
「……」
……どちらでもなかった。
ラルフは岩に背を向けて、どこか遠くを眺めていた。
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ロレンスさんたちと別れて、私たちは街に出た。ユラさんは買い出しの為に市場へ向かったので(ラルフは既にいなかった)私はイオリさんと二人で、宿に戻ることになった。
「お前は、なんか買わなくていいのか?」
『!あ、大丈夫です』
「そうか」
―――ざわざわっ
―――わいわいっ
お昼前の街は賑やかだった。いたる所に露店があって、色とりどりの布や陶器が売られている。
―――ブンッ、ブンッ
「『ん?』」
お店を眺めながら歩いてると、何処かから風を斬るような音がした。見ると、小さな空き地で、木刀で素振りしてる人がいた。ふと、目が合う。
「……」
「『……』」
黒い長髪を結い上げた美形の青年――私と同い年くらいかな?黒いチャイナ服に白いズボンを履いてる……ん?チャイナ服?
―――ブンッ、ブンッ、ブンッ
青年は私たちを一瞥すると、すぐに視線を外した。そして二度とこちらを見ることはなかった。
『……イオリさん、あの服さっきの……』
「……ジミニヤ国の連中と同じだな」
『ということは、あの人が……』
「……」
命令に背いて西の森に来なかった……鍛錬の人だ。
「『……』」
私たちは、黙ってその場を後にした。
暫く歩くと、少し静かな通りに入った。私はふと、以前から気になってたことをイオリさんに聞いてみようと思った。
『あの、イオリさんは、ユラさんとラルフと何処で知り合ったんですか?』
「ああ……。あいつらとは、センコウの試験で会ったんだ」
『え、じゃあ、もともと知り合いだったわけじゃないんですか?』
「会ってから一年くらいだな……」
『そうなんですか』
一年か。意外だ。
なんか三人の間には特別なものがあるというか……言葉にしなくても、相手が何を考えてるのか分かってるっていうか……いや、違うな……お互いのすることを信じてる、っていうのかな?だから、とにかくもっと長い付き合いなのかと思ってた。
「珍しいな。お前から聞いてくるの」
『え!あっ、そうですか!?』
「ああ」
イオリさんが微かに笑う。
『あ、あの、初めて会った時って、どんな感じだったんですか?』
「そうだな。ユラは、無口でいけ好かない野郎だった。ラルフは……」
ふと、視線が落ちる。
「……笑ってた。今と変わらねえ、何考えてんのか分からねえ、生意気なガキだった」
……
……そう言うイオリさんの横顔は、どこか寂しそうだった。
―――バタバタバタッ
「カタス国の御二方―っ!!」
「あ?」
『え?』
振り返ると、兵隊さんが慌てた様子で走ってくるのが見えた。兵隊さんは私たちの前で足を止めると、肩で息をしながら深刻な顔で言った。
「お休みのところ申し訳ありませんっ、実は非常事態が起こりまして……っ、城までご足労を願いますっ!!」
「『!』」
一体何が起こったんだろう……?不安を抱きながら、私たちはオウド城に向かった。
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「イオリ、タナカ殿!」
王の間に入ると、ユラさんとラルフがいた。
『(あっ)』
ジミニヤ国の人たちと……鍛錬の人も、そこにいた。
―――ガチャ
「皆様、お騒がせして申し訳ありません」
ロレンスさんが入ってきた。
「実はつい先ほど、街の外れで立て籠もりが起きまして」
「立て籠もりですと?」
「ええ……」
ロレンスさんは、少し言いにくそうに口を開いた。
「立て籠もっているのはオウド国の国民なのですが、その者たちの要求が……外部勢力を排除せよ、というもので……」
「「「「「『!』」」」」」
外部勢力って……私たちのこと?
「今、軍を派遣しております。このような事態を招いてしまい本当に申し訳ありません。鎮圧するまで、念のため皆様にはここに留まっていただい」
「その必要はない」
スッ、と鍛錬の人が立ち上がった。
「そいつらは俺たちを排除したいのだろう?ならば俺が行ってけりをつける。軍を動かす必要もない」
「……リン様、お気持ちはとても有難いのですが、あなた方は我が国にとって大切な存在です。万が一、何かあったら」
「それは俺たちを信用してないということか」
「そうゆうことでは」
―――コン、コン
「ロレンス様、ご報告が」
「……入りなさい」
「はっ」
気まずい雰囲気のなか、一人の兵隊さんが神妙な顔つきで王の間に入ってきた。
「どうした?」
「はい。立て籠もっている者の大体の身元が分かったのですが……全員が、リジニ族の者でした」
「!」
リジニ族……?
「何か問題があるのか」
鍛錬のひ……“リン”さんが、鋭い瞳をロレンスさんに向ける。
「……リジニ族は古くからこの土地に住む者たちで、独自の言語を持っているのです。それは、我々には解読が難しいもので」
「仲間内でそれを使われたら厄介だな」
「……ええ」
「おい、女」
『へっ!?』
突然、リンさんが私を見た。
「お前は何故ここにいる?」
『え?』
「「!!」」
な、なぜって……
「どう見ても闘えるようにはみえない。所持品からして医者でもない。となると――言語研究者の類ではないか」
『え』
“聞かされていないのかね?異星人はどんな言語でも解し、話すことができると”
……ってことは、言語研究者ってことでも……いいのかな……?
「いや、タナカ殿は……」
『はいっ』
「「!?」」
『(えっ!?)』
あれ、違った!?はい、って言っちゃダメだった!?
「なら、お前が来い」
『えっ?』
え?うん?どうゆうこと??
戸惑う私に構うことなく、リンさんは切長の瞳を再びロレンスさんに向けた。
「俺とこの女で立て籠もってる奴らの所へ行く。遣いを」
「待てよ」
『!』
イオリさんが、静かにリンさんを制した。
「お前一人で勝手に決めんな」
「なぜだ?大人数で決めた方が正解が出るのか」
「そうゆうことを言ってるんじゃ……」
「能無しが集まって何になる。お前らはここで、黙って危険が過ぎるのを待ってろ」
―――ブチッ
あ……イオリさんの何かが切れた。
「……俺が行く」
『!?』
「断る。足手纏いだ」
「だから、てめえが決めんな……」
「三人でいけば?」
「「は?」」
しれっとラルフが割って入った。
「三人だったら何とかなるんじゃない?ねえ」
「え?いや、あの……」
話を振られたロレンスさんは戸惑っている。
「ラルフ!行くのは俺だけでいいだろ、タナカは」
「タナカもいたほうがいいよ」
「いや、いくらなんでも危な」
「いまのイオリなら大丈夫だよ」
「……」
「たぶん」
「……」
「きまりだね」
ね?と改めてロレンスさんを見るラルフ。
「……」
ロレンスさんは複雑な表情で私たちを見た。が、やがて観念したように口を開いた。
「……ありがとうございます、あなた方の勇敢な心に深く感謝いたします……ただし、我が軍も近くで待機させていただきます、それだけはご容赦ください」
「「『……』」」
こうして私はイオリさんとリンさんと共に、立て籠もりの現場に向かうことになった……。




