見上げた空は
―――……
―――カアッ、カアッ……
鳥みたいな声が聞こえる……。聞いたことのない鳴き声た。どこか、カラスに似てる気がする。
―――……
『……うー?……』
ぬるっと目が覚めた。頭が重い。……今日は何の日だっけ。昼勤?夕勤?もう起きないといけないんだっけ?
『ん~……』
いま何時だろ?携帯、携帯……
―――すかっ
ない。ベッドから落ちたのかな?どれどれ……
……
……見なれない床だな。
『あー……』
だんだん思い出してきた。ゆっくりと体を起こして窓の外を見る。
―――……
表では煉瓦造りの建物が夕陽に照らされて一段と赤くなっていた。やっぱり、私はまだわけの分からない場所にいるんだ……。
ん?ってゆうか、夕陽?え。朝じゃなくて夕方?
えーっと、昨日の夜、窓が割れたから違う部屋に移動して、寝て、ずっと寝て……今に至る。どんだけ寝てたんだ自分。
“伏せて”
“タナカマサコ、無事か!?”
“!、異星人殿……”
そういえば、あの三人はどうしてるだろう?みんな部屋にいるのかな。一人でここにいるのも恐いし……ちょっと出てみようかな。
―――ガチャッ
―――……
ドアを開けると静かな廊下が延びていた。人の気配を感じない。……全員出掛けてる?どうしよう。とりあえず、昨日の食堂に居ようかな。
―――……
―――……
……
誰も、帰ってこない。
あれ、私不安になってる……?いやいや、おかしいでしょ。だってあんな格好して変な事ばっかり言ってる三人だよ?昨日は何もされなかったけど帰ってきたら何されるか分からないし。簡単に信用しちゃダメだ。信用しちゃ……
“もう大丈夫だ。恐がることは何もない……”
でも……助けてくれた。心配してくれてた。変わってるけど、悪い人たちじゃない気がする。
『あ……』
そういえば、あの人たちは悪人を捕まえるために色んな国に派遣されてるって言ってたっけ?昨日黒い服の人を捕まえてた。つまり、問題を解決したんだ。解決したら……次の国に行く?え、じゃあ、もしかして三人は他の国に行っちゃったんじゃ
「起きたか」
『!!』
顔を上げると、イオリさんが食堂の入口に立っていた。
「……どうした?」
『……あ、いや……皆、いなかったので……』
「!ああ、」
イオリさんは合点したように口を開いた。
「ユラは食料やらなんやら買い出しに行ってて、ラルフは……適当に歩き回ってんだろ。悪かったな」
『え?』
「一人にして悪かった」
『……』
そんなことを言われるなんて思わなかった……。こうゆう時、なんて返事したらいいんだろう?
―――クルッ
何も言えずにいると、イオリさんが背中を向けた。
「散歩でもいくか」
『え?』
「腹空かせたほうがいいだろ」
あんなに寝てたんだからな、と言ってイオリさんは歩き出した。私は少し慌ててその背中を追いかけた。
―――サァァァ……
小高い丘の上にやってきた。イオリさんの隣で赤く染まった街を見下ろす。
『……』
「……」
『……』
「……」
会話が全くない……。
散歩に出たのはいいけど話せることが何もない。だって下手なこと聞けないし、かといって軽い話ができるような関係でもないし。正直とても気まずい……。
「……明日 」
『!』
長い沈黙を破り、イオリさんが言葉を発した。
「明日の朝、俺たちはこの国を出る」
『え』
「他の国からも依頼はきてるからな。それにあと三ヶ月……」
言いかけて、イオリさんは言葉を切った。……三ヶ月?
「……今から話すことを全て信じろとは言わねえ。信じられるとこだけ、信じればいい」
『!』
切れ長の黒い瞳が私を見つめる。あまりにも真剣な眼差しに一瞬息が止まりそうになった。かろうじて首を縦に振ると、イオリさんは街を……いや、もっと遠くを見て言った。
「“この星には孤独な神がいる 神は孤独に耐え切れず世界を終焉させんとす 見つけ出せ神を 彼の孤独を癒すのだ”」
『……』
「誰が言い出したのか知らねえが、この世界に昔からある言い伝えだ」
『言い伝え……』
「詳しいことは分からねえが“神”と呼ばれる者が200年に一度、世界規模の天災みたいなもんを引き起こしてるのは事実だ」
『……』
「……神っていうより、悪魔みたいだろ?」
イオリさんが口元だけで笑う。
「ここらでは神扱いされてるが、悪魔だと言ってる国もある」
『……』
「どちらにせよ、大国は力を入れてそいつを捜してる。神だと崇める奴らは言い伝え通りにすれば世界は滅びずにすむと信じてるが、悪魔だと言ってる奴らは……見つけ次第、殺すだろう」
『……』
「どこにいるかも、どんな姿をしてるのかも分からねえ。そんな奴を捜し出そうなんざバカみてえな話だ」
ふと、イオリさんが俯いた。
「……まあ、いざその時になると、何もせずにはいられないんだろうな」
そのとき……?
「今年が、その200年目だ」
――――バサバサバサッ
近くで、鳥が羽ばたいた。思わず肩が上がる。そんなことお構いなしに、鳥は夕空の彼方に飛んで行った。
「終わりがいつくるのかは分からねえ。だが、俺たちはあと三ヶ月くらいだと思ってる。……推測に過ぎねえが」
三ヶ月……。
「神が世界を終わらせる時、異星人は元いた星に帰れると云われている」
『えっ?』
思わず、イオリさんを見つめた。
「異星人は、神の孤独に引かれてこの星にやってくる……らしい。神は孤独を抱えてるが、世界を終わらせようとする時だけは、孤独から解放されるんだとよ。だから、孤独によって引き寄せられた異星人も、元の星へ帰れる」
そういえば、ラルフさんが言っていた……
“でもそのうち帰れるよ。この世界が終わるときに”
「だから、お前がこの星にいるのも三ヶ月だ。時が経てば帰れる」
そう言うと、イオリさんは街を見下ろした。
「幸い、この国は治安が良い。神への信仰心も強いから、お前が望めば喜んで面倒見てくれんだろ。帰れる日がくるまで安全に暮らせるはずだ」
『……』
「だが、」
『!』
黒い瞳が再び私を見つめる。
「昨日みたいに危険な場に居合わせる可能性は高くなるが……俺たちに付いてきてもいい。俺たちは神を崇めるセンコウだ。異星人を守る義務がある。それに……」
『……?』
「ラルフがいる。あいつは、どんなことがあってもお前を裏切らない。あいつのことだけは信じろ」
『え』
「……今決めなくていい。明日の朝までに決めりゃいい」
『……』
「戻るか」
イオリさんは私にゆっくり背中を向けると黙って丘を下りはじめた。
日は沈み、街は夜を迎えようとしていた。
―――ガチャッ
―――……
夕食を終えて部屋に戻る。この場所で迎える二回目の夜だ。昨晩と同じように、室内は青白い光に照らされていた。
―――すとん……
窓の近くは恐かったので、ベッドから離れた床の上に腰を下ろした。
“……貴様たちがここで消えれば、誰も見た者はいない”
昨日のような思いはしたくない……。
生まれて初めて殺されるかもしれないと思った。たまたまラルフさんがいたから良かったけど、それでもやっぱり恐かった。
“この国は治安が良い。神への信仰心も強いから、お前が望めば喜んで面倒見てくれんだろ。帰れる日がくるまで安全に暮らせるはずだ”
多分、ここにいるのが一番良い。あの黒い人たちは捕まったわけだから、もう危険なことはないはずだ。知らない人に囲まれて過ごすのは緊張するけど……三ヶ月なら耐えられる。
うん、そうしよう。明日の朝イオリさんたちに言って……
“ラルフがいる。あいつは、どんなことがあってもお前を裏切らない。あいつのことだけは信じろ”
でも……あれは、どうゆうことなんだろう?
「ランプつけないの?」
『!』
いつの間にか、入口にラルフさんがいた。
『あ……えっと、つけかた分かんなくて……』
「そっか」
―――スタスタ……カチャリ
『あ』
ラルフさんは無言で部屋に入ると慣れた手付きでランプをつけた。昨日の私の労力は何だったんだ……。
「イオリからきいた?」
『え?』
「いろいろ」
『あ、はい……』
私が答えると、ラルフさんはゆっくりと振り向いた。
「明日、世界がどうなるかなんて誰にもわからない」
『え』
「アンタの好きなほうを選びなよ」
『……』
「あと、」
『え?』
「もう窓われないよ」
『!』
それだけ言うと、ラルフさんは金色の髪を揺らして部屋を出て行った。……よく分かったな、私が警戒してるって。
“明日、世界がどうなるかなんて誰にもわからない”
……何で、あんなこと言ったんだろう?
―――スッ……ボスッ
恐れながらもベッドに転がってみる。見慣れない天井が目に入った。
“いってらっしゃい”
“あ、おはようございます”
“おつかれー”
ここに来るまで、同じ毎日を繰り返してた。朝起きて、顔洗って、ご飯食べてバイトして余った時間はテレビ見て……。明日、世界がどうなるかなんて考えたこともなかった。
“今年が、その200年目だ”
“終わりがいつくるのかは分からねえ。だが、俺たちはあと三ヶ月くらいだと思ってる”
『……』
ここにいる人たちは、どうなんだろう。どんなふうに日々を過ごしているんだろう……?
―――チュン、チュンッ
―――チチチチ、チチ……
翌朝。
それぞれ支度をして、私たちは宿の前に集まった。
「異星人殿。我々は今から城へ挨拶に行きその足で次の国へ向かう。……貴殿はどうする?」
白い光の中でユラさんが問う。私は大きく息を吸った。
『あ、あの……、つ、連れて行ってもらってもいいですか、一緒に……』
「「!」」
ユラさんとイオリさんが目を見開く。私も予想外だ。自分がこんな選択をするなんて……。
「「……」」
二人は驚いた顔で私を見続けている。な、なんか言ってくれないかな……?あ、ってゆうかダメだった?ついて行くっていうのは実は有り得ない選択……
「四人旅か~」
『!』
穴があったら入りたい気持ちで佇んでいると、ラルフさんが気の抜けた声で言った。
「がんばって稼がないと。ね、二人とも」
「いやお前も働けよ」
「えー」
―――スタスタ
イオリさんの突っ込みを流して、ラルフさんは歩き出した。
「よしっ、では参ろう!タナカマサ……長いな。タナカ殿でよろしいか?」
『!あ、はい』
「よし、行くぞタナカ」
『はい!』
―――ザッ
―――タタッ
三人の後を追って、私はいつもより少し早足で歩きはじめた。
「で、次はどこ行くんだ?」
「うむ、ここより南にあるヴィランダ国だ!」
「へー、そうなzz」
「起きろコラ」
『……』
この人たちは、どうなんだろう。終わりのある世界をどうやって生きていくんだろう?
―――ザッ、ザッ、ザッ
―――……スッ
彼らの向こうの空を見上げる。
『あ……』
目に飛び込んできた空は、青く青く澄んでいた。
マチカル国【終】