センコウ
「マチカル国へようこそ!いやあ、こんな小さな国にまでお越し頂いて有難いかぎりです!!」
「いやいや何を仰いますか!任務を果たすためなら、我々はどこへでも赴く所存でございます!」
人がいる所に行けばきっと何とかなる……と思った私が甘かった。他の人に会うことで混乱は更に深まった。
―――ざわざわっ
―――ひそひそっ
私たちは今テーマパーク(仮)の中のお城(仮)の広間にいる。目の前には、周りから“王”(雰囲気から察するにたぶん名字じゃない)と呼ばれている白髪のおじいさんがいて、周囲には西洋軍人のユニフォームを着た人たちがずらりと待機していた。そして一緒に草原を歩いてきた三人は、ここの人たちにものすごく歓迎されてるみたいだった。
これは……どうゆうことだろう。
“言い伝えを信じて本気で捜す奴もいれば、それを利用して自分が神だと名乗り悪事を働く奴もいる。後者を捕らえるのが俺たちの仕事だ”
私は、実は三人が新手のテロリストか何かで、自分たちのことを正義の味方のように語っているのかもしれない、という考えを密かに持っていた。
なので第三者の出現によって彼らの嘘が明るみに出るのではないかと。そしてあわよくば誰かが私を救い出して、家に帰してくれるんじゃないかと。そんな希望も抱いていたのだけれど……
―――ひそひそっ
「やっぱりセンンコウの方々は雰囲気違うな……!」
「ああ、百戦錬磨って感じだっ」
「カッコイイなあ!」
なんか、みんな尊敬されてる……。
―――チラッ
「して……そちらのお嬢さんは?」
『!』
王が不思議そうな顔でこちらを見た。……なぜ?不思議な恰好をしてるのは私以外の三人なのに。まあ、イ〇ーヨーカドーの黒パンツを履いてバイト先の白シャツの上にし〇むらのグレーパーカーを羽織った私もこの場所に不釣り合いだけど……。
「王、この者は……異星人でありますっ!!」
―――どよっ
「なにっ!?」
「異星人だと!?」
「初めて見たっ!!」
『!』
し、視線が痛い……!や、てゆうか異星人のネタどこまで引っ張るの!?
―――ズイッ
「おおっ、異星人様!!お会い出来て光栄です!!あのっ、お名前はなんと仰るのですかっ!?」
『へっ!?』
王がめちゃくちゃ興奮してる!
『え、えっと、田中正子です……』
―――おおおおっ
「タナカマサコ様!!」
「なんという神秘的なお名前……!」
「ありがたやありがたや……」
『え』
平凡すぎて嫌いだった名前が脚光を浴びている。……なんだこれは。一体何が起こってるんだ。
―――ズズイッ
「タナカマサコ様!貴方は神と繋がっておられるのでょう!?何かその、神の言葉を教えていただけませんか!?」
「!」
『えっ?』
ユラさんがあからさまに、しまった!という顔をした。……え、何のこと?神の言葉??
「あ、あれですよ異星人殿!ホラ、あの、最近あった不可思議な出来事を皆に伝えて差し上げたらよいのではないかなっ!?」
『ええっ!?』
なにそのお題っ!
『……あ』
そういえば、昼寝した時に不思議な夢を……
―――ズズズイッ
「おお!是非聞かせてくだされ!!」
『(うっ!)』
王の目が爛爛と輝いてる!こ、これ以上、期待を高めるわけにはいかない……!
『あ、あのっ……不思議な夢を見ました』
「「!」」
―――バッ
ユラさんとイオリさんが驚いた顔でこちらを見た。……あ、夢の話じゃダメ?
「どのような夢なのですかっ!?」
『(!!ひえっ)』
王の圧がすごい……!と、とにかく話を続けよう!
『……あ、あの……夜空に星が光ってて、誰かが“諦めてしまった”って言ってました……』
「……」
「……」
―――……
あれ、しーんとしちゃった……。
「……そうですか。きっと神はまだ、孤独の中にいるのでしょうね」
『え……』
孤独?
「貴重なお言葉、ありがとうございます。長旅でお疲れでしょう……。お引き留めして申し訳ありませんでした。すぐに宿の手配をさせます。依頼については後ほど、こちらから遣いを出しますので……」
―――スッ……
王はそう言うと、静かに立ち上がって広間を出て行った。
『……』
「……」
「……」
「……zz」
とりあえず、大丈夫だった?
お城を出て指定された宿に向かう。道すがら目に入ってくるのはリアルな煉瓦造建築ばかりで、それらを照らしているのは電球でも蛍光灯でもなく、赤く燃える松明だった。
ここは、テーマパークじゃないんだろうか……。認めたくないけど、さっきの人たちの顔つきからして日本でも無さそうだ。じゃあ、外国……?実は知らない間に眠り薬で眠らされて外国に連れて来られてた、とか?
“異星人殿の星は何というのだ?”
“おおっ、異星人様!!お会い出来て光栄です!!”
外国でも十分恐いけど、異星にいるよりは安心だ。うん、きっとここは外国だ。私は外国にいるんだ。
「……異星人殿、先程はすまなかった」
『え』
早速ユラさんが異星人って呼んできた。いや、気にしないようにしよう。
「異星人は神の遣いと云われているのだ……。信じない者もいるが、このような辺境の小国では信じる者の方が多い」
『……はあ』
「ったく。てめえは高い宿に泊まりたいから言ったんだろ」
イオリさんが吐き捨てるように言った。……高い宿?
「神の遣いである異星人を、ぞんざいに扱うわけにはいかねえからな。お前がいれば同行の俺たちも良い宿に泊まれるってことだ」
なるほど、利用されたのか。
「……ふん。少しでも良い衣食住を求めるのは人間として当然の欲求だ。結果、最上級の宿を手に入れたではないか!な、ラルフ!!」
「肉あるかな」
「あるに決まっているだろう!最上級だからな!!」
はっはっはっ、と笑うユラさんの声が暗い街に響き渡った。
「失礼致します。依頼の件でお伺い致しました」
なんだかんだで食事をすませて食堂の椅子に座っていると、“遣い”の人がやって来た。
―――バサッ
その人は机の上に地図を広げると困った顔で話し始めた。
「この地図の通り、我がマチカル国は周囲を山に囲まれた小さな国です。これといった事件も無く皆が平和に暮らしていたのですが……数か月前に突然神だと名乗る者が現れ、集団で商店等を荒らすようになったのです」
「なるほど。どのような被害がありますかな?」
「今のところ怪我人は出ていないのですが、とにかく理不尽に金銭を奪っていくということで皆困り果てております。神を名乗っている以上、手出しは出来ませんし……」
「心中お察し致します。して、その者たちの容姿や年齢は?」
「全員黒い布を身に着けています。容姿は――夜間に現れるのではっきり顔を見た者はいないのですが、動きから察するに若者ではないかと」
「ふむ、分かりました。早速今晩から調査してみましょう」
「!、ありがとうございます」
よろしくお願いします、と深く頭を下げて遣いの人は去っていった。
「俺パスね」
玄関の扉が閉まるや否やラルフさんがさらりと言った。
「食べたらねむくなった」
「……ったく、次は二倍働けよ」
「うん。じゃ、おやすみ」
―――スタスタ……
ラルフさんはそう言うと涼しい顔で食堂を出て行った。食べたら眠くなったって……小学生みたいだな。
「あー……なんつったっけ?」
『!、あっ、田中正子です』
「タナカマサコ。お前も部屋に戻ってろ」
『あ、はい』
イオリさんに言われて、私も食堂を出た。
―――ガチャッ
―――……
部屋は月の光に青白く照らされていた。室内にはベッドと小さな机と――ランプだけ。なんだか心もとない……。とりあえずランプをつけようかな。
―――カチャッ
―――カチャ、カチャ
あれ?つかない。ってゆうか、つけ方が分からない……。これ以上さわっても無理だろうな。いいや、座ろ。
―――ボスッ……
静かだ……。すごく久しぶりに一人になった気がする。
“ここは宇宙のなかのべつの星。アンタはたまたま、やってきた”
“でもそのうち帰れるよ。この世界が終わるときに”
ここは、ホントに地球じゃないんだろうか。でもそしたら私はロケットに乗って来たことになる。知らない間に乗ってたってこと?いやいや、そんな馬鹿な。だって数時間前までは家にいて……
“正子ー、準備してるのー?”
“雨上がってよかったわね〜”
お母さん、心配してるだろうな……
―――キィッ
『!』
「……」
ふと、ドアが開く音がした。慌てて顔を上げると入口にラルフさんがいた。……何だろう?どうしてここに
「伏せて」
『え?』
―――パリーンッ!
―――グイッ
『!?』
―――ドサッ
『っつ~』
「じっとしてて」
『へ……、っ!!』
気が付くと、ラルフさんが私の上に覆いかぶさっていた。
「アンタが神?」
『(え……?)』
ラルフさんが部屋の隅に声を掛ける。……どうゆうこと?誰か、いるの?
―――ザッ!
「なんだ貴様は!神に向かってなんという口の聞き方だ!!」
『!!』
首をひねると、壁際に黒い服を着た人が仁王立ちに立っていた。床にはたくさんのガラスが飛び散っている。え、あの人が窓を割って入ってきたってこと……?
「証拠みせてよ」
「ふっ、いいだろう!」
そう言うと、その人は袖を捲って片方の腕を高く掲げた。
「見よ!!これが証拠の痣だ!!」
『!』
あざ……?目を凝らすと、腕に変な模様が見えた。……でも、あれは痣とゆうか
「ぶっ!あはっ、あはははははっ」
私が疑問に思っていると、突然ラルフさんが笑いだした。
―――ごろんっ
「あははっ、あははははっ」
「!!き、貴様っ、何がおかしい!?」
ラルフさんは床に転がって腹を抱えながら笑っている。あ、ちょ、ガラスが危な……
「だってそれっ、入れ墨じゃんっ」
「っ!」
『……』
や、やっぱり?ここは笑うところでいいのかな……?
「き、貴様っ……!!」
―――シュッ
『!!』
突然、男が服の下から短刀を取り出した。抜き身の刃がきらりと光る。
「あれ、いいの?神がそんなもの出しちゃて」
「……貴様たちがここで消えれば、誰も見た者はいない」
―――……コツ、コツ
短刀を手にした男がゆっくり近づいてくる。嘘、どうしよう。私殺され……
―――バタバタバタ……ダンッ!
「タナカマサコ!無事か!?」
『!』
「む!ラルフ」
「おつかれー」
動けずにいると、イオリさんとユラさんが走り込んできた。男は二人を見ると慌てた様子で短刀をしまった。
「な、なんだ貴様らは!!我は神だ、そこに跪……」
「うっせ」
―――ゲシッ
「あうっ!!」
イオリさんに蹴られて男は思いっきり吹っ飛んだ。
「……なっ、なっ、神にむかって、何を……」
「お主は神ではない」
ユラさんが冷静な態度で近付いていく。
「な、なぜそう言い切れる!!なにを根拠にそう言い切れる!!」
「我々は、神の居場所を知っている」
「え?」
―――トンッ
―――ドサッ
―――……
ユラさんの手刀をくらって男はあっけなく倒れた。……どうやら危険は去ったみたいだ。
「!、異星人殿……」
『え?』
ユラさんが心配そうな顔をしてこちらを見た。私はそこで初めて自分が震えてることに気が付いた。もう大丈夫なんだから震えを止めよう……。そう思ってみたけど、体がいうことを聞かない。
―――コツ、コツ……スッ
『!』
「もう大丈夫だ。恐がることは何もない……」
ユラさんは私の前までくると、そっと肩に手を置いた。その手はとても暖かかった。……震えはいつしか止まっていた。