忘却
―――ワォンワォン!!
エジャに導かれ、森の中を走るクレハとイオリ。先ほどまでは暗かったが、今は月の光が彼らの行く道を照らしている。
「……こいつも飼い主の帰りを待ってたのかもな」
イオリが呟く。
エジャは元々マイが飼い馴らした狼だった。クレハとイオリと共にナウェ国を出た時はどこか怯えているように見えたが、森に入った途端、目つきを変えて走り出した。
「マイに会った時に突き放されたのだと思いますが……それでも、マイと過ごした日々を忘れられなかったんでしょう……俺と同じだ」
苦笑するクレハ。
―――!、グルルルルルゥ、ワォーン!!
「「!!」」
エジャが勇ましく叫んだ。
「……マイのいるところに、三人もいるのでしょうか」
正直、今のマイがどのような行動をとるのか、クレハには分からない。正子やラルフを傷付けることもあるかもしれない。不安は拭えなかった。
「一緒だったら好都合だけどな」
「好都合?」
予想外の言葉に、クレハは思わずイオリを見た。
「ラルフがいれば心配ねえ」
「ラルフくん、が?」
「ああ」
イオリは前を見据え、曇りのない瞳で言い放った。
「あいつは、目の前に命があれば全部拾おうとする奴だ」
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月の光に照らされて、色々なものが見えてきた。背後にラルフさん、目の前にトウヤくん。その先にいるマイさんは……長槍を構えている。そして、
―――ザワザワ……
―――ヒソヒソ……
「これ、全部アンタのなかま?」
「同じ仕事をするという点では、そう言えるかな」
マイさんと同じローブを纏った人達に私たちは囲まれていた。フードを深く被っていて顔は見えないけど……きっと普通の人じゃない。
「マイ、その小僧と女を始末しろ。そうすれば今回のことは見逃してやる」
『!!』
誰かが低い声で言った。ラルフさんと私を、殺せってこと……?マイさんが持つ長槍の先が鋭く光る。
「よいしょ」
―――ガシッ
『え』
―――ふわっ
気が付くと、私はラルフさんの脇に抱えられて宙を飛んでいた。
―――トンッ
「動かないでね。じゃまだから」
『えっ』
高い木のてっぺんで降ろされた。動かないでっていうか……動けない。混乱している私を置いて、ラルフさんは軽やかに地上へ帰って行った。
―――タンッ
「さっ、なにする?」
地面に着くなり、ラルフさんはマイさんに顔を向けた。
「面白いね、君」
「そう?」
「楽しませてもらうよ」
マイさんがニコリと笑った。
―――ビュンッ
長槍が、ラルフさんの頬をすれすれに掠める。
―――ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ、
足、腰、脇、
長槍を躱し続けるラルフさん。でもラルフさんが躱せばすぐに違う角度から刃が飛んでくる。
速い……。今まで見てきたラルフさんの相手の誰よりも、動きが速い気がする。そして……戦い慣れてる……と、いうんだろうか……私の目から見ても、マイさんの異常さは明らかだった。
―――ビュンッ、ビュンッ
私の場所からは、ラルフさんの後姿しか見えない。今、どんな顔をしてるんだろう……?分かったところでどうすることも出来ないけど……それがとても、もどかしかった。
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―――ビュンッ
「……」
マイは違和感を感じていた。
目の前の少年は、何をしようとしているのか。
彼は先ほどから自分の槍を間一髪のところで避け続けている。そうしなければ避けられないのではなく、敢えて、そうしてるように見える。そして
「……」
「僕の顔に、なにかついてるかい?」
自分の動きではなく、自分の顔をじっと見てくる。観察されている気分だ。
「いや、」
―――ダンッ
少年が強く地を蹴った。と思ったら
「いつまでそうしてんのかなって」
「!」
目の前に彼の顔があった。
―――ザンッ
咄嗟に槍で払いのける。
―――バッ
少年が距離をとる。
マイは息を吐いて問うた。
「何を言ってるんだい?」
「わかってるでしょ」
「わからないな」
「ふーん」
―――ザザザザッ……バッ
異常な速さで、少年がマイの懐に飛び込んできた。
「ははっ、やる気になった?」
「まあね」
目の前の細い首に手を伸ばす。
―――サッ
しかし、素早く避けられた。
「じゃあ思いだしなよ」
背後から声がした。
―――ビュンッ
間髪入れずに槍を突く。が、少年の姿はもう数メートルも先にあった。
――――ザザザザッ
また、同じ動きで近付いてくる。
マイは長槍を捨て、隠し持っていた短刀を抜いた。
―――バッ
―――ガシッ
華奢な手が、マイの手首を掴んだ。
―――ギリリッ
少年の手は、見た目にそぐわない強い力を持っていた。ぎりぎりと手首を締め上げる。少しでも気を抜けば、短刀を落としてしまいそうだ。
「なんのために俺をころすの?」
ふと、少年が訊ねる。
「理由なんてないさ」
「いや、」
茶色の瞳が探るようにマイを見る。
「あったはずだ」
……気持ち悪いな。
―――ゲシッ
蹴りをいれてその手を離す。少年は後ろに飛び下がった。
マイは深く息を吐き、再び問うた。
「君の目的はなんだい?」
「ころさないこと」
「……ははっ」
胸糞悪い。
「じゃあ死になよ」
思い通りに生きられるなんて思うな。
“我々の背後には大国がついている。貴様が抗ったところで何にもならぬ。ここで大人しくしていろ”
マイは短刀の柄を握りしめて、少年に斬りかかった。
―――ザンッ
“人を殺すことになっても、か?”
―――ザンッ
“返せ!マイを返せ!!”
―――ザンッ
“っあああああ!!”
そうだ
この世界は
何一つ思い通りにいかない




