世界の目
ナツキと向き合っていたクレハが、二人にゆっくり顔を向ける。
「マイは、10年前に武装集団に入りたいがために、制止するトウヤを振り払い、その左目に深い傷を負わせた……そうゆうことになっています」
「真実は違う……と?」
「はい」
クレハは顎を引き、三人を見据えた。
「10年前のあの日、俺は、森でマイを見たんです。マイは一人じゃなかった。紺藍色のローブを纏った数名の人間に囲まれて……手錠を掛けられていた」
ナツキの瞳が大きく見開かれる。
「その時は、何が起こってるのか分からなかった。ただ一瞬、目があった時、あいつは笑ったんです。そして周りの人間に気付かれないように口だけ動かして言いました。“かえれ”と」
「……」
「走って国に帰ると、マイの家の周りに人だかりが出来ていました。みんな、憐れんだり怒り狂ったりしていて……トウヤは、その真ん中で、目から血を流していた……。そこには珍しく先代の王もいて、王は俺たちに言ったんです……マイは、武装集団に入りたいが為に弟を傷付け、この国を出て行った……と……」
クレハが拳を強く握る。
「先代の話を信じられなかった俺は、時間さえあれば他国にも赴き、自分が森で見たものは何だったのかを知ろうとしました。そして、分かったことは……」
瞳に、深い影が落ちる。
「クラーレがヌヒ族を欲し、先代の王が金欲しさに、トウヤを売ったということです」
「「「!!」」」
三人は思わず息を呑んだ。
「……つまり、売られるはずだったトウヤの替わりに、兄のマイが連れていかれた……と」
イオリが低い声で問う。
「……先代とクラーレは、秘密裏にこの取引を進めていました。でも、マイは気付いたのだと思います。同じヌヒ族の自分が替わりに行かなければ、トウヤを守れないということにも……」
「……集団が欲したのは、ヌヒ族の目、ということか……」
ユラが顔を歪める。
「……マイがどのような交渉をしたのかは分かりませんが……トウヤが売られた事実も……その替わりに自分が捕らえられたことも、全てを隠して……一人で、国を出て行きました……」
クレハの瞳が大きく揺れる。
「……っ、なんで、なんでマイがっ……」
きっと先代は“ヌヒ族だから”トウヤを簡単に売った……。奴隷として扱われてきた部族だから。
それは昔の話であっても、今もいたるところで息づいている
多くの者が、心の何処かにそうゆう目を持ってしまっている
それは何かの拍子に簡単に表に出てくるのだ
そして
「……っここで、一緒に、俺たちと同じように暮らしてただけなのに……っ……」
簡単に 彼らの人生を壊していく
―――……スッ
「参ろうか」
「え?」
立ち上がったユラを見上げるクレハ。彼が何を言っているのか分からない。困惑するクレハを余所に、ユラは続けた。
「あ、でもアレだな。イオリが行った方がよいな。俺はマイ殿とキャラが被っている」
「なんの心配だ」
「と、いうわけだ!クレハ殿とイオリは四人を捜しに行く!俺とナツキ殿はここに残り、いざという時に備える、以上!!」
解散!と手を叩くユラに、クレハもナツキも戸惑う。
「ま、待ってください!お気持ちはありがたいですが……最悪の状況を考えると、もしかしたらラルフくんとタナカさんは、今回の件に巻き込まれているかもしれま……」
「まあ、タナカが巻き込まれたんだろうな」
「トウヤ殿の家に布が落ちていたからな」
「え……あ、あの……」
淡々と話す二人の心境が全く理解できないクレハ。
「ですから、危険なので、ここは俺に任せてくだ……」
「「あ。言ってなかったっけ」」
「え?」
ユラはポシェットから一枚の紙を取り出し、クレハとナツキの前に突き出した。
「我々はカタス国のセンコウだ!」
「「!!」」
“カタス国のセンコウ”
噂で聞いたことがある。東大陸の大国・カタス国に、武器を持たずに神のために戦う者たちがいると。その力は一国の兵にも引けを取らないと云われている。
「おい、あんま堂々とすんな。一応西大陸だぞ」
「やむをえないだろう。こうでもしないと信じてもらえぬ」
ユラは二人に顔を向けた。
「クレハ殿、ナツキ殿、これも何かの縁だ。思う存分、我々を使うがいい!」
「え……」
この西大陸で“センコウ”を名乗るのは危険だ。どこで“世界を終わらせる者”を憎む人間に出くわすか分からない。……密告され悪魔捜しをしている国に知られれば、命を狙われる可能性もある。
センコウであるなら、二人で黙って仲間を捜せばそれで済むはずだ。しかし、彼らは“四人”を捜そうと云う。そのために自らを使えと。なぜ、そこまでして自分たちに協力してくれるのか……
「む。なんだか難しいことを考えているようだな」
「……」
「だが答えは簡単だ」
ユラは大きく胸を張った。
「俺たちも友が大事だ。ゆえに、貴殿らの友を想う気持ちが分かる」
それだけだ!と高らかに笑うユラ。呆れた目でユラを見るイオリの口元も笑っていた。
「……」
「……」
クレハとナツキは、どちらからともなく顔を見合わせた。相手の瞳の奥を確かめる。
「……クレハ」
クレハは息を吐き、ゆっくり二人に体を向けた。
「……ありがとう。よろしくお願いします」
ユラとイオリは、強く頷いた。
--------
―――ウゥゥゥゥゥ、ウゥゥゥゥゥ
―――キキッ、キキッ、チチキキッ
―――シュァァァァァ……シュァァァァ……
夜の森は昼間と違う鳴き声がした。突然獣が出てきて襲い掛かってくることもあったけど、トウヤくんのお兄さん・マイさんが慣れた様子でそれらを追い払っていた。
私は、よく分からないまま二人と一緒に森の中を歩き続けてる。いや、歩くというより、凡人の私は暗くて周りがよく見えないので、トウヤくんの手につかまって引っ張てもらってる、という感じだ。
雨と風は、ほとんどおさまっていた。ナウェ国を出てからそれなりに歩いた気がするけど……どこに向かってるんだろう?
―――サクッ……
不安な思いで歩き続けていると、ようやく開けた場所に出た。先ほどまでは頭上が木で覆われてて暗かったけど、ここはちょっとマシだった。
「さて、と」
マイさんが足を止めて振り返る。
「君はもう帰っていいよ」
『え?』
「トウヤは僕に付いてくること」
「!」
どうゆうこと?
なんで私はここまで連れてこられたのか。そしてトウヤくんはお兄さんと何処に行くのか。トウヤくんは困惑してるみたいだけど……。
「……マイ、この人を一人で帰すのは危険だ……森には獣が」
「そうだね」
マイさんが柔らかい口調で告げる。
「ホントはあの場で殺すものだけど、少し大目に見ようと思ったんだよ」
「……大目……?」
「運が良ければナウェ国に帰れる。そうじゃなかったら獣にでも喰われて死ぬ」
「『!!』」
それが当たり前のことであるかのようにマイさんは言った。
「……マイ……俺は、必ずマイに付いて行く……だから、この人をナウェ国まで送らせてくれ……この人を送ったら、誰にも会わずに、すぐにここに戻ってくる……だから」
「ダメだよ」
「……」
「トウヤ、自分の思った通りに行動できるなんて思ったらダメだ。それに」
金色の目が鋭く光る。
「もう、タイムリミットだ」
―――ザザザザッ
―――ザザッ
「『!!』」
周りの木が揺れて、たくさんの何かが地面に落ちてきた。いや落ちてきたんじゃない……降りてきた。暗くてよく見えないけど気配は感じる。
人に、囲まれてる。
「なんで僕一人に任せてくれないかなあ」
マイさんは呆れたように周囲に投げかけた。
「戯言を。現にお前は我らの掟を破っているではないか。その女はなんだ」
誰かが嘲笑いながら返答する。
「……まあ確かに。これは言い訳できないか」
マイさんは得心したように呟くと、背中から何かを抜いた。その先端がキラリと光る。
「……っやめてくれ!!」
「どきなよトウヤ」
トウヤくんの背中が視界を覆う。その向こうからマイさんの淡々とした声が聞こえてくる。
「いい加減理解しなよ。僕が彼女を見逃したところですぐにこいつらに殺されるよ?」
「……っ」
「君のやろうとしてることは無駄なことだ。無駄なんだよ。僕らにできることは何もない」
「そうなんだ」
―――ザンッ
マイさんが、私たちとは違う方向に腕を振り下ろした。
「……なに、君?」
マイさんが低い声を投げる。私はそこで初めて、声の主が自分の後ろに立っていることに気が付いた。
「ほごしゃ」
突如、視界が明るくなる。月だ。空を覆っていた雲が去り、白い月が顔を出した。私は後ろを振り向いた。そこには、
月明りに輝く金色の髪
深い茶色の双眸
「保護者ってどうゆうこと?」
「そのまんまだよ」
……やっぱり。ラルフさんだった。




