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ライフ  作者: 道野ハル
ナウェ国
23/162

夜の訪問者



 数十分もすると、空が荒れて嵐がやってきた。



―――ゴォォォッ



 ちょっと前の天気からは想像できないほどの強い風雨……。でも、室内にいれば安心だった。私たちはクレハさんの家でナツキくん、トウヤくんと共に夕食をご馳走になっていた。


「でよお、あとちょっとのとこで刃が折れちまってさあ!」

「はははは、さぞ悔しい思いをしたであろう」

「悔しいなんてもんじゃないぜ!そのせいで、三日三晩寝れなかったんだ!!」


 ナツキくんの悔しがりぶりに、どっと笑いが起こる。物静かなトウヤくんに比べてナツキくんはよく喋った。最初は私たちのことを少し警戒しているように見えたけど、今は色んな話で場を盛り上げてくれている。


「あ、そういえば、さっきエジャが迷惑かけたって言ってたけど、なんで?」


 大きな瞳がくるっと回ってクレハさんをとらえる。……そういえば、外でその話を聞いた時に二人は驚いてたっけ?


「ああ……森で訓練してたら突然エジャが走り出してね、ラルフくんに襲い掛かろうとしたんだ」

「えっ、この人に?」

「そう」

「むかしから獣に好かれるんだよね」


 いや、好かれてないと思いますけど。命狙われてたと思いますけど。


「はっはっはっ!我が一族秘伝の鳥獣愛団子に目もくれぬとは、よほどラルフが旨そうに見えたのだな!」

『(ネーミングセンス……)』

「ふーん……珍しいこともあるんだな」


 どこか腑に落ちない様子でナツキくんが呟く。そんなに稀なことなのかな……?


「……」

「む?いかがしたトウヤ殿、俺の顔に何かついているか?」

「!あ、いえ」

「お前の格好が変だからだろ」

「なにを!?ここにきて砂漠の民の由緒ある衣服を愚弄する気か!?」

「今まで誰も突っ込まなかっただけで大方そう思ってんだろ。なあタナカ?」

『え゛』

「タナカ殿―!!いま濁点がついていたぞ!!……くそうっ、ラルフ!何とか言ってやってくれ!!」

「ユラの服すきだよ。おもしろいもん」

「!お、おもしろ……」


 ずーんと、ユラさんはびっくりするくらいに凹んだ。な、なんだか罪悪感が……。


「……クレハ、そろそろ帰るよ」

「!なんだよトウヤ、泊まってこうぜ!」

「そうだよトウヤ。外は嵐だ、無理に帰ることはないだろう?」

「いや、いろいろ家でやりたいこともあるし……じゃあ皆さん、お先にすみません」


 そう言って静かに微笑むとトウヤくんは一人で外に出て行った。……うーん。16歳にしては大人びているというか……なんか、笑顔が繕ったものに見えてしまう。


「……クレハ殿。俺は、なにか気に障ることをしてしまったのだろうか?」

「!いえ、決してそんなことは……」


 クレハさんは一度言葉を切ると、優しい瞳で私たちに言った。


「実はトウヤには俺と同い歳の兄がいるんです。でも、だいぶ前に国を出て行ってしまって……。ちょうど背も、髪の長さもユラさんと同じくらいだったので、なにか思い出す事があったんだと思います。気を使わせてしまってすみません」

「……そうであったか」


 その後、トウヤくんの話題はなんとなく避けられ、旅の事とか故郷の話とか、穏やかな会話が続いた。そして夜が深まる頃に、私たちは眠りについた。





―――ガタガタ、ガタタッ



 強い風が戸を鳴らす。クレハの家から一人帰ったトウヤは、横になってはみたものの寝付けずにいた。


「……」


 生まれてすぐに両親を亡くしたトウヤは、兄と二人で暮らしてきた。その兄も10年前に出て行ったため、今は一人でこの家にいる。……こんな夜は苦手だ。努めて感じないようにしている孤独が一気に襲い掛かってくる。



“いかがしたトウヤ殿、俺の顔に何かついているか?”



「……っ」


 無自覚だった。自分でも気付かぬうちに旅人と兄を重ねていた。そんな己に嫌気がさし、逃げるように場を離れた。クレハにも旅人にも、悪いことをしてしまった。


 

―――カタッ……

 


「?」

 

 ふと、足元で戸が開く気配がした。風で空いてしまったのだろうか?腑に落ちない思いを抱きながら肘を立てて上体を起こす。そして入口を見ようと首を傾けたその時

 

 

―――ダンッ!!



「!!」


 突然、強い力で床に押し倒された――同時に自分は侵入してきた何者かに組み敷かれていることを理解する。暗闇でもトウヤの瞳は、はっきりと物を見ることができる。しかし、それを知ってか知らずか相手はフード付きのローブを纏っていた。


「……何者だ。目的はなんだ」


 感情を抑えて静かに問い質す。ふっ、と相手が笑ったような気がした。フードから、はらりと灰色の髪が落ちる。


「久しぶりだね、トウヤ」

「え」

 

 そう言いながら、侵入者はゆっくりフードに手を掛けた。


「元気だったかい?」



―――スルッ



「……」


 息が止まった。



 “嫌いだよ、君のこと。昔から大嫌い”



「……マ……イ」

「ははっ」

「……な……んで……」



 艶やかな髪


 自分より切長の黄金の瞳



 目の前にいるその人は、紛うこと無き兄だった。





―――ビュォォォォ



『……』


 目が覚めると、強い風の音が聞こえた。外はまだ夜で、嵐は去っていないみたいだ。


 どうしよう。めっちゃトイレ行きたい。


 この高床式住居的な家にはトイレが無いらしく、少し歩いた所にある公衆便所を皆で使っているとクレハさんが言っていた。……夜の公衆便所とか、恐すぎる。でもトイレ行きたい。いや行かないとまずい。



―――スッ……



 片膝を立てて、衝立の向こうの気配に耳を澄ませる。一応女子である私に気を使って、クレハさんが部屋の中に仕切りを置いてくれたのだ。向こうでは男性陣が寝てるはずだけど……イオリさんかユラさん、起きてないかな?どっちかトイレ付いてきてくれないかな?



―――zzz~……



 ダメだ、寝息しか聞こえない……。諦めてそっと立ち上がる。自分のパーカーを羽織って、その上にイオリさんたちが王女様から貰った布を雨除けとして被る。薄いからタオルのようにも使えて、とっても便利なのだ。



―――ひたっ、ひたっ……



 眠っている人を起こさないように忍び足で入口へ向かう。部屋を横切る時に皆の様子を見たけど、やっぱり全員寝てるみたいだった。睡眠中の人を自分のトイレのために起こすのは流石に気が引ける。……しかたない。ササッとすませて、すぐに帰ってこよう。




 数分後。



―――ビュゥゥゥ



『(ふう~)』


 無事にトイレを済ませて、来た道を戻る。……ああ、やっぱり行ってよかった。これでぐっすり眠れそうだ。雨も風も強くてびしょ濡れだけど、そんなことはどうでも良い。今はただ、夜のトイレに一人で行った自分を褒めてあげたい。



―――ビュォォォ



 しかし、私はすぐに次のピンチに陥った。


『(……クレハさんの家、どれだっけ?)』


 目の前に広がるのは同じ形の高床式住居。もちろん看板も表札も無いわけで……。ど、どうしよう!こんな夜遅くに一軒一軒ノックするワケにもいかないし、


『(……あっ!)』


 端から三番目の家だけ入口が開いてる……。あれ、クレハさんの家かな?この嵐のなか戸を開けて寝てる家なんてないだろうから、もしかしたら私がトイレに行く時に開けっ放しにしちゃったのかもしれない。うん、きっとそうだ。多分あれがクレハさん家だ!



―――タタッ……ガシッ!


 

 ダッシュで家の下まで行って木製の梯子をしっかり握る。滑って落ちないように、ここは慎重に登らないと。



―――タンッ、タンッ……タンッ!



 なんとか上についた……。再び自分を褒めてあげつつ空いた隙間からそっと中に入る。……よし、これでもう大丈夫だ。あとは皆を起こさないように静かに戸を閉め、


『(って……あれ?)』


 暗くてよく見えないけど、さっきと部屋の雰囲気が違う気がする……気のせいかな?


「君、だれ?」

『!?』



―――グイッ



 突然、耳元で声がしたと思ったら強い力で手首を引っ張られた。なに?なにが起こってるの?わけが分からないまま動けずにいるとツッと冷たい指が顎に触れた。


「うーん?」

『……』


 トウヤくんと同じ金色の瞳……。でも、とても冷たい……


「マイ!その人は関係ないっ、クレハが連れてきた旅の人だっ!!」


 呆然としていると闇の中からトウヤくんの悲痛な声が聞こえた。……どうゆうこと?この人は、誰?


「ふーん、クレハがねえ……」



―――ふわっ



 ふいに解放されたと思ったら、今度は両肩に手を置かれた。全く乱暴な動作じゃない、でも何故だろう?こんなに不安に感じるのは。


「ねえ君。今ここで僕に殺されるのとトウヤと一緒に付いてくるの、どっちがいい?」

「『!!』」

「ねえ、どっち?」


 眼前で、黄金が妖しく光る。


『……つ、ついてくる方で……』

「わかった」


 そう言うと、その人は暗闇の中でニコッと笑った。




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