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ライフ  作者: 道野ハル
ナウェ国
22/162

嵐の前




 あの日は、薄紅色の花びらが舞っていたように思う



「嫌いだよ、君のこと。昔から大嫌い」



 長い髪をなびかせながら、背中を向けて去って行った



 もう二度と



 振り返ってくれなかった




----

---------




 パリツェ国を出た私たちは、順調に旅を続けていた。いくつかの国を越え、今、国と国の間にある大きな森に入ろうとしている。



―――ピギュァァァ


―――ギチギチギチッ


―――グルルルルルゥッ



 森の入口で、私は足を止めた。

 

「ん?どうしたのだ?タナカ殿」


 三人がハテナを浮かべて振り返る。え……なんで平然としてるの?


『あ、あの……なんかすごい鳴き声が……』

「あ?鳥とか獣だろ」

『!、ですよね』

「うむ」

「で?」

『え?』


 え、危ない……よね?獣がいるんだよね?皆のリアクションが理解できずに答え兼ねていると、ユラさんがポン!と手を叩いた。


「ああっ、タナカ殿は鳥獣を恐れているのだな」

『え?あ、はい』

「それなら心配いらぬ、なぜなら俺がいるからだ!」

『へ?』


 まったく意味がわからない……。どう質問していいかも分からず目を瞬かせていると、イオリさんが気が付いて説明してくれた。


「コイツの部族は鳥獣を飼い馴らすことに慣れてんだよ。唯一の利点だな」

「唯一とは聞き捨てならぬな。俺には優れた点がたくさんあるぞ!」

「たとえば?」

「ふっふっふっ……炊事、洗濯だけでなく、繕い物まで出来るのだ!!」


 どーんと胸を張るユラさん。……うん。主婦力が高いことは分かった。



―――ガォォォォッ!!



「「『!』」」


 そうこうしていると、いきなり目の前に大きな虎が現れた。


「ふっ、さっそく俺の出番だな」

『!』


 ユラさんは不敵な笑みを浮かべながらポシェットを開けると中から小さな団子を取り出した。そして、それを力いっぱい握り締めて……


「とーうっ!」


 思いっきり遠くに投げた。



―――ガオッ?ォォォォッ!!



 空を切る団子を追いかけて、虎は去って行った。


『……』

「どうだ!!」


 ふたたび胸を張るユラさん。いや、飼い馴らすっていうか餌を投げただけじゃ……?そう思ったけど、黙っておくことにした。




―――ザッ、サッ、ザッ



 森のなかは草木が鬱蒼と茂っていた。どこを見ても緑ばかりで、ユラさんが持つコンパスが無ければすぐに迷ってしまいそうだ。


「あと、どれくらいで抜けるんだ?」

「半分は来ているはずだ。日が沈む前には出られるであろう」

「なんかこっちくる」

「「『え?』」」



―――ザザザザッ


―――ガルルルルゥッ!!



「「『!!』」」


 今度姿を現したのは灰色の狼だった。木の間を縫ってこちらに駆けてくる――ユラさんは狼を見据えると慣れた手つきで今日何度目かの団子を取り出した。っていうか幾つ持ってるんですかそれ。


「とーうっ!!」



―――!ガルッ……



 狼は今までの獣と同じようにスッと団子を目で追った。しかし



―――ルゥゥゥッ……



 なぜか彼(彼女?)は再びこちらを向き、



―――ガルルルルゥッ!!



 ラルフさん目掛けて走ってきた。


「「『!?』」」

「俺?」



―――すっ



 ラルフさんが片手を上げて拳をつくる。いや無理でしょ!!素手で獣は無理っ



―――ピィィィィッ



「エジャ、止まれ!!」

「「『!』」」



―――!、ルゥゥゥッ……


―――……



 狼は唸りながらもすんでのところで足を止めた。ギ、ギリギリセーフだ……。



―――ザザッ



「すみません!大丈夫ですか!?」


 ほっと胸を撫で下ろしていると、草色の作務衣みたいな服を着た男の人が素早く斜面を下りて来た。


「これアンタの?」

「!あ、はい、すみません……」


 イオリさんとユラさんよりも少し年上に見えるその人は、深く頭を下げると不思議そうな表情でラルフさんを見上げた。


「……貴殿は?」

「あ、私はクレハといいます。この近くにあるナウェ国の者です」

「ナウェ国?地図にそのような国名は無かった気がするが……」


 ユラさんが疑問を口にすると、“クレハ”さんは髪と同じ胡桃色の目を細めて柔らかく笑った。


「地図に載らないくらい小さい国なんです。人口も100人程度で」

「!そうであったか」

「あの、皆さんはこの森を抜けるつもりですか?」

「うむ。そうだが?」

「もうすぐ嵐がきます。嵐のなか森を進むのは危険です。皆さんさえ良ければ、うちに泊まっていきませんか?エジャのお詫びもしたいですし……」

「「!」」


 ユラさんとイオリさんがそっと顔を見合せる。……そうだよね、いくら優しそうだからって見ず知らずの人に付いて行くのは……


「いく」

「「!」」


 ラルフさーん!?


「……いいんじゃねえか?宿代がうくぜ」

『(!、え)』

「そうだな。クレハ殿!ご厚意に甘えさせていただくことにする」

「はい、是非!」


 こっちです、とクレハさんが狼を連れて歩き出す。その行手には獣道のようなものがあった。だ、大丈夫なのかな?このまま付いて行っちゃって……


「タナカ、」

『!あ、はい』


 イオリさんに促されて取りあえず足を進める。……皆がいれば心配無いとは思うけど……やっぱりちょっと不安だ。



―――ザッ、ザッ、ザッ



「タナカ殿、石があるゆえ気を付けるのだぞっ」

『!はいっ』



―――ザッ、ザッ……



「ふあ〜……」

『……』


クレハさんに付いて行くことを、イオリさんもユラさんも迷っているように見えた。でも、ラルフさんの一言で考えを変えたみたいだった。……なんでだろう?なんで一番年下のラルフさんに決定権が、


「……zz……」


 考え過ぎかな?






―――カーン、カーン……




「……ちっ、ここで終わりか」


 火の見櫓の鐘が夕刻を告げる――そのひび割れた音に舌打ちをしながら、ナツキは長槍の先を地に降ろした。


「トウヤ、明日この続きからやるからな!」

「いいけど、また俺が勝つと思うよ?」


 隻眼を細めてトウヤが笑う。


「うっせ!ちょっと勝ち続けてるからって調子乗んな!」



―――くるくる



 喚くナツキを尻目にトウヤは慣れた手つきで長槍を布にくるみ始めた。


「オイッ!無視すんなコラ!!」

「はいはい聞いてるよ」

「くそうっ!余裕ぶりやがっ」

「ナツキー!トウヤー!」

「「!」」


 振り向くと、クレハが手を振りながらこちらに近付いて来るのが見えた。エジャも一緒だ。そういえば、午後は森に行くと言っていた。


「……なんだ?あいつら」


 ナツキは眉を顰めた。クレハの後ろに見知らぬ者達がいたのだ。服装がバラバラで、どこの国の者なのか検討もつかない。近隣ではなさそうだが……。




 森で出会った狼の飼い主・クレハさんに連れられて、私たちはナウェ国にやってきた。


 ナウェ国は森のなかに隠れるようにあった。高床式住居のような建物が疎らに建っていて、国というより村みたいだった。 小さな国なので“軍”というものはなく、クレハさんを含む三人の若者が、日々鍛錬して有事の際に備えているのだという。……優しそうに見えるけど、クレハさんって強い人なんだ。


 しばらく歩くと、前方にクレハさんと同じ草色の作務衣を着た少年たちが見えた。一人は黒い短髪で元気な男の子という感じ。もう一人は……


「クレハ、その人たちは?」


 そう言ってこちらを見るもう一人の子は、右の目が金色だった。左目には包帯を巻いていて、灰色の長い髪を低い位置で一本に結んでいる。


「森で会ったんだ。エジャが迷惑を掛けてしまってね」

「「!え」」

「そのお詫びに、今夜はうちに泊まってもらおうと思って」

「ふうん……なあ、俺たちも行っていい?」

「……ナツキ、俺“たち”って?」

「いいじゃんトウヤ!外の人間が来ることなんて滅多にないんだからよ!」

「いやでも……」

「なあ、クレハいいだろ!?」

「え?いやあ……」


 “ナツキ”くんに迫られたクレハさんは、少し困った表情で私たちを見た。すると、ユラさんが前に出て明るい声で言った。


「クレハ殿、我々は構わないぞ。こちらも貴殿たちの話を聞かせていただきたい」

「!、すみません、ありがとうございます」

「よっしゃ!じゃ、また後でっ!!」

「わ、ちょっとナツキっ」



―――ダダダダッ



 ユラさんの承諾を得るや否や、彼は“トウヤくん”を連れて飛ぶように去って行った。


「騒がしくてすみません。今の黒髪がナツキ、もう一人がトウヤ。俺と同じ、この国を守る者です」

「ずいぶん若けえな」

「ええ、二人とも16です。けれど腕は確かです」

「トウヤ殿は……ヌヒ族の者か?」

「……ええ」


 ズンと空気が重くなる。……なんだろう。“ヌヒ族”っていうのが何か問題あるのかな?


「……ヌヒ族ってのは、元々奴隷とてして扱われてた部族だ」

『え』


 私の疑問を察して、イオリさんが答えてくれた。


「ヌヒ族は夜目が利く。どんな暗闇でも昼間みてえにそこに何があるのかはっきり見えるそうだ。その目のせいで、昔から色んな奴らに利用されてきた」

『……』

「今じゃ奴隷は廃止されているが……その歴史の影響で、ヌヒ族を特殊な目で見る人間は多い」

『……そうなんですか』

「……君は、ヌヒ族を知らないのかい?」

『え』

「「(!!、しまった!!)」」


 あれ、これマズイやつ?知らないとマズイやつだった!?


「いや、アレだ、こいつは、す、すさまじいド田舎で育ったもんだから、な!!」

『は、はい!』

「そ、そうそう!文明レベルが氷点下の、それはそれは原始的な村で育ったが故に世の中のことを知らぬのだ、な!!」

『そうなんですっ!』

「だから顔も冴えないんだよね」

『そう!顔も頭も……』


 って、うおーい!どさくさに紛れて人を傷つけに掛かってる奴がいるよ!!……いや、今はラルフさんにかまってる場合じゃない。なんとか誤魔化さなきゃっ。ど、どう振る舞えばいいのかな?クレハさんは今どんな顔して……


「……あははは……」

『……』


 多分、どんなリアクションをとっていいのか分からないのだろう。私たちの気迫に圧されて取りあえず笑っているみたいだった……なんかごめんなさい。



―――ゴロゴロゴロ……



『!』


 不穏な音に顔を上げると、いつの間にか空が暗くなっていた。本当にこれから嵐になるんだ……。


「じゃ、行きましょうか」

「!うむっ」


 クレハさんが狼を連れて先ほどより広い歩幅で歩き出した。よ、よかった。深く追求されたら多分うまく答えられなかった……。



―――ザッ、ザッ、ザッ……



『(!、うん?)』 

「……」


 ちらりと横に目を向けると、ラルフさんが首を回して今出てきたばかりの森を見ていた。なんだろう……?そっと視線を追ってみる。


『?』


 そこには沢山の木があるだけだった。……ラルフさんは、何を見ていたんだろう?




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