瞳の奥
パリツェ国、最終日。
晴れ渡る空の下、王女に別れの挨拶をする為にイオリとユラはパリツェ城にやって来た。
「えっぐっ……ほんとぉ……悲じいぃぃよぉぉぉぉ~……ぅえっ……ずっどぉ一緒にぃいたがっだのにぃぃぃぃ~」
「「……」」
二人の姿を見ると彼女は子供のように号泣した。苦手な王女だったが、ここまで想われると申し訳ない気持ちも湧いてくる。
「……王女、今までお世話になりました。王女は素敵な女性です。どうぞお幸せに……」
「じゃあ結婚じでぇぇぇぇ!!!」
「あ、無理です」
ユラは反射的に顔を背けた。
「……王女、俺たちを雇ってくれてありがとうございました。くれぐれもお身体には気を付け」
「イオリの妹とあたぢどっぢが可愛いぃぃぃ!?」
「妹です」
即答するイオリ。
二人の無慈悲な返しを受けて王女はぴぎゃぁぁぁと恐竜のように喚いた。もう退室しようかと彼らが目配せをしたその時、鮮やかな包みを持った侍女が静かに部屋に入ってきた。
「お二人共、どうぞこちらをお持ちください」
「「?」」
―――カサッ……
そこには四枚の白い布があった。
「……これは?」
「王女様からの贈り物です」
「「!!」」
「まえにぃ~四人で大変な旅じでるっで言っでだがらぁ~ごれあっだら便利がなっで思っでぇぇぇ~ぞれぇ高級品だがらぁ~薄くで軽ぐであっだがいのぉぉぉぉ~」
「「……」」
嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ王女に、イオリとユラは胸を打たれた。彼女は他人のことを思い遣れる心優しい王女だったのだ。
「……王女、ありがとな」
「我々はこのご恩を決して忘れま……」
「最後にあだじのなまえよんでぇぇぇぇ~!!」
「「(名前なんだっけ……?)」」
その場をなんとか切り抜けて、二人は城を後にした。
同時刻。
―――タン、タン
返しそびれていた制服を返却するため、私は一人ヨシワにやって来た。
―――サワサワッ……
あの後、常連客の計らいでヨシワは他の地に移転できることになった。みんな、今は引っ越しの準備に追われている。
お店の方は一旦休業となった。そして営業しなければ収入もないわけで……経費削減の為、食堂は最少人数で回すことになった。その際、私は自ら手を挙げて退職したのだけれど、いつもの癖で制服を持って帰ってしまっていたのだ。
「あれ、マサコ?」
『!、ヴェルカさん!』
緑の敷地を歩いていたら、前から荷物を抱えたヴェルカさんがやって来た。
「一人?」
『あっ、はい』
「……そう。どうしたの?」
『あ、制服返し忘れてて、返しにきました』
「そっか……」
『……』
「……」
あれ、なんだろうこの沈黙は?な、なんか喋った方がいいのかな?
「……実はさ、あたし、マサコのことちょっと怖かったんだ」
『えっ』
ど、どういうこと?私が、怖い?もしかして気付かないうちに何か悪いことをしてしまったんじゃ……。
どうしたらいいのか分からずおどおどしていると、ヴェルカさんが俯き気味に小さく口を開いた。
「マサコが財布届けてくれた時に偉そうなこと言ったけどさ、あたし、怖いんだ、外で生活してる人間が。あたしよりもずっと頭良くて、色んなこと知ってるんだろうなって思ってて……」
『……』
「ビクビクしてるのも嫌だから、わざと街に出たり自分から話し掛けたりしてたんだけどね。……でも、あの金髪の子に言われてハッとした。ああ、あたしは諦めちゃってたんだなって。外の人間はあたしたちを蔑むものだって決めつけてた」
―――サワッ
「だから、勝手に恐がるのはもう止める。だって」
ヴェルカさんは顔を上げると、真っ直ぐにこちらを見て言った。
「信じる事もしないで最初から諦めるのは、あたしの好きなあたしじゃない」
栗色の瞳の中に、はっきりと私の姿が映る。
「マサコ、」
細い手が差し出される。私は何も考えず、そこに自分の手を重ねた。
「元気でね!」
『……はいっ!』
ヴェルカさんの笑顔は、今までで一番きらきらしていた。
―――ざわざわ
―――わいわい
「タナカ殿、こっちだ!」
『!あっ、はい』
街に戻って三人と広場で合流した。このまま大通りを進んで出国門に向かう。……ここには一週間以上いたから、出て行くのはちょっと寂しいな。
「制服返せたか?」
『あ、はいっ』
「よかったよかった!では参ろう!」
―――ザッ
ユラさんを先頭に皆で歩き出す。そういえば、四人で歩くのって久しぶりだ……。
ズンズン前進するユラさんの足取りは軽く、呆れ顔でそれに続くイオリさんもどことなく機嫌が良さそうだ。護衛職、本当に大変だったんだなあ……。
「ふあ~」
『……』
ラルフさんは、どうなんだろう?相変わらず眠そうに欠伸してるけど。ヨシワの様子とか気にならないのかな?救世主的なことまでしたのに。
「なに?」
『えっ、いや……あ、ヴェルカさん元気そうでしたよ』
「そう」
……え。それだけ?興味ないの??ヴェルカさんはラルフさんの言葉であんなに励まされてたのに……。なんか……冷たすぎない?
「またシワよってるよ?」
『えっ』
「ブサイクだね」
『もともとだし』
イラっとしたから適当に返した。……流石にマズかったかな?いやでもラルフさんも悪くないっ?もっと優しい言葉を放ってくれれば私だってこんな言い方は……
「あははっ、そりゃしょうがないね」
『え』
……笑ってる。なんなんだ一体。冷たいと思った矢先にそんなふうに笑うから、どう反応していいか分からない。
「……なんか、お前ら仲良くなったな」
『え?』
「確かに!いやはやこの国に留まって良かったな!!」
「自分の罪、帳消しにすんな」
仲良くなったように見えるんだ……。当のラルフさんはどう思って、
「zzz……」
もう寝てるし。
「……zz……zzz……」
『……』
―――ふわっ……
……
風に揺れる艶やかな金色の髪、華奢な身体、ふとした瞬間に見せる子供みたいに無邪気な笑顔――それらは全て、“少年”という言葉に相応しい。でも、
“ 二、三ヶ月はもつよ”
“たしかな情報だよ”
その瞳の奥は……全くわからない。
「さあ!遅れを取り戻すため倍のペースで進むのだ!!」
「だからお前のせいだろうが」
「zzz……zzz」
『……』
―――ザッ、ザッ、ザッ……
私は何でもないような顔で前を向きながら、隣にいるラルフさんのことを、ずっと考えていた。
パリツェ国【終】




