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ライフ  作者: 道野ハル
パリツェ国
19/162

檻と城



「へぇ~イオリはぁ~妹がいるんだぁ~」

「はい」

「えぇ~どんなこぉ~?かぁわぁいぃ~??」

「……(てめえの百万倍可愛いわ)」


 王女の護衛を始めて数日、イオリは一向に彼女を受け入れることが出来ず、日々ストレスと闘っていた。


「(ヒソヒソ声)イオリ、女子がこのように問うてくる時は自分のことを可愛いと言って欲しい時だ。心を殺せ。ヤマンバを褒めろ」

「ねぇ~ヒソヒソ言ってるつもりなんだろうけどぉ~全部ぅ聞こえてるからぁ~」

「あ、すいません」


 ユラは即、頭を下げた。


「はあ~……。なぁんかぁ~、今日はぁついてなぁくてぇ~」

「王女、気を落としてはなりませんぞ!その顔でもきっと良いことがあるはずです」

「ちょっ、誰も顔の話してないんだけどぉ~、ユラって失礼だよねぇ~」

「あ、すいません」


 王女は、ユラの二度目の謝罪に再び溜息をつくと艶やかな髪をクルクルと指に絡め始めた。


「今日はぁ~パパにぃ~新しいドレス買ってもらう予定だったのにぃ~大事なぁ商談が入ったとか言われてぇ~後回しにぃされたんだよねぇ~ホント最悪ぅ~」

「……(クソどうでもいいわ)」

「あの気色悪い建物のぉ~どぉこがいいんだかぁ~」

「!王女、それはどういった話なのですか?」


 何か引っ掛かるものを感じたユラは、すぐに王女に聞き返した。


「え?えぇ~とぉ~、ヨシワっていうヤバイ店があるんだけどぉ~、その建物を建てたおじさんがぁ帰ってきてぇ~お金払うからぁ自分に返せぇとか言ってるぅっていってたぁ~」

「「!」」


 二人は思わず顔を見合わせた。ヨシワが売却される……?正子に害は無いと思うが、気になる話である。


「……王は、どうするおつもりで?」

「えぇ~知らないけどぉ~、たぁぶんおじさんに返すんじゃなぁ~い?お金ぇたくさん貰えるみたいだしぃ~」

「「……」」


 ヨシワが売却されれば正子の仕事もなくなる。もともと心配な職場だったので、そちらの方が良いのかもしれない。しかし、



“紙と書く物を買いたいんですけど……”



「……」

「……」


 詳しいことは分からないが、きっと彼女は努力しようとしていた。……その事を思うと、これが良い話だと素直に喜ぶことは出来なかった。




「おーい!」

『はい!』



―――タタタッ



 食堂で働き始めてから数日が経った。相変わらず、私は注文をとるのが一番遅い。でも最初の時よりは少し早くなった気がする。ほんの少しだけど。


『すいません、お待たせし……』

「いちばん、肉10倍で」

『……なにしてんの?』


 思わずタメ語で突っ込んでしまった。だってヨシワのお姉さんの横に……ラルフさんが居るんだもの。


「メシ食べにきた」

『(ここに?)』

「お腹いっぱい食べてねえ、あたしらの驕りだからねえ♪」

「どうも」


 なるほど、タダ飯を食べにきたのか。……ああ、ダメだイラッとする。自分がモテるのをいいことに奢ってもらう目的で食事しにきて……私もイオリさんもユラさんも大変な思いして働いてるのに……っていうか初仕事の日もラルフさんだけ迎えに来てくれなかったし。いや、まあそれはいいけど。っていうかそもそもこの人が言った事がきっかけで、こちとら今必死に働いて……


「眉間にシワよってるよ?」


 あんたのせいです。


 と思ったけど、私は彼と違って大人なのでグッと呑み込むことにした。

 


―――ガシャァァンッ



「この建物は今日からワシの物になった!とっとと出てゆけ!!」

『!?』


 陰で拳を震わせていると、突然、鋭い音が食堂に響き渡った。見ると、派手な背広を着たおじさんが、厳ついボディーガードのような男たちを連れて入口で仁王立ちしていた。おじさんはステッキを持っていて、周りにはガラス戸の破片が散っている。



―――ざわざわっ



「え、なに……?」

「どうゆうこと?」

「恐い……」


 皆なにが起こっているのか分からないみたいだ。お互い、不安そうに顔を見合わせている……。しかし、おじさんたちはその戸惑いに構うことなく、傍若無人にドカドカと中に入って来た。


「聞こえんのか!汚らわしい売女どもめ!早く立ち去れ!!」



―――バタバタッ



「ちょ、ちょっと待ってください!」


 騒然とした場に、ヨシワの営業主である男性が現れた。彼は走り込んできた勢いそのままにおじさんの前に躍り出た。


「む、貴様が責任者か?」

「ええ、先ほどパリツェ城の者から話を聞きましたが、いくらなんでも急すぎます!今日中にここを出て行けだなんて……!!」


 ここを、出て行く……?


「ふん。王と話はついている。今日中に出て行かぬというなら、お前ら全員、不法侵入で牢にぶち込むまでだ」

「そ、そんな!」

「そもそもここはワシが建てたのだ!こんな汚らわしい店に利用しよって……名誉刑で処罰してもいいくらいだ!!」

『(あ!)』



“街の外れに富豪が放置した巨大な建物があり、それが10年前に買い取られ、今は売春宿として経営されている”



 その富豪が、このおじさんってこと?でも何で今さら……


「待ってくださいっ!」

『!』


 呆然と立ち尽くしていると、どこかから女性の声が聞こえた。



―――……コツ、コツ、コツ



 その人は一歩一歩踏みしめるようにして、おじさんの前に歩み出た。栗色のショートボブ、栗色の瞳――ヴェルカさんだった。


「……なんだ?」


 おじさんは、汚いものでも見るような目でヴェルカさんを睨んだ。


「……わたしたちはみんな、親や親しい者に売られてここに来ました。ここが無くなったら生きていけません。どうか、譲っていただけないでしょうか……」

『……』


 おじさんを見つめるヴェルカさんの手は震えていた。


「フン、同情を引くつもりか?ワシは騙されんぞ。ここが無くなればお前たちは自由の身ではないか。なぜ、こだわる?なにか良からぬことでも考えてるんじゃないか!?」


 ……確かにそうだ。ヨシワが無くなればヴェルカさんたちは嫌な仕事をしなくてすむ。だったらこんな場所、早くなくなった方が


「……なんもわかってないな」

「なに?」

「体を売り続けた人間が、外で普通に生きていけると思ってんのか」

『!』

「学も知識もない、味方もいない、自由の身になったところで結局食っていけなくなって周りに蔑まれながらまた体売って、そうやって生きていくことしかできないんだよ!!」


 ……声を荒げるヴェルカさんの瞳から、大粒の涙が零れた。


「……ここは、あたしたちの檻でもあって、あたしたちを守る城でもある……だから、お願いします……ここをとらないでください……」



―――……すっ



 そう言うと、ヴェルカさんは床に膝と両手をつけて、おじさんに深く頭を下げた。



“こっちは生きるために商売してんだよ!”


“巻き込んで本当にごめん”


“じゃあ、マサコ!”


“あたしは1番!豆抜いて欲しいな”



 ……嫌だ。こんなの嫌だ。誰が正しくて何が正解か分からないけど……



“あたしは、いつでも好きな自分でいたいんだ”



 ヴェルカさんがこんなに苦しんでるのは、おかしいんじゃないか。


「なんでもどってきたの?」

「は?」


 ふいに、隣から気の抜けた声が聞こえた――ラルフさんだ。おじさんは、この場に似つかわしくない少年を見て目を丸くした。


「捨てたのに、なんでもどってきたの?」

「な……」


 顔色一つ変えないラルフさんに動揺しているみたいだ……。おじさんは暫く口をパクパクさせていたけれど、やがて小さな声で話しはじめた。


「……今年は200年目だからな。今まで色んな国に住んできたが、最後は生まれ故郷であるこの地に住もうと思ったのだ」

『(あ)』


 200年目だから……。もうすぐ終わってしまう世界、だったら最後は生まれ故郷で過ごしたい、それは私にも分かる気持ちだ。でも……



“……ここは、あたしたちの檻でもあって、あたしたちを守る城でもある……”



 ヴェルカさんたちだって……


「ちょっと待つことはできないの?」

「は?」

「三日とか」


 ラルフさんは、ね?と営業主の方に首を回した。主はラルフさんの視線に我に返ると、バッとおじさんに向き直った。


「はい!三日いただければ……なんとか!!」

「ふ、ふざけるな!猶予など与えられるか!!いつ終わりがくるか分からないのだぞ!?ワシは少しでも長くここで……」

「二、三ヶ月はもつよ」

「なに?」


 おじさんだけでなく、この場にいる全員がラルフさんを見た。


「たしかな情報だよ」

『……』


 皆の視線を受けてラルフさんは微かに笑った。でも……笑っているはずなのに、瞳だけはなぜか冷たく見えた。


「戯言を……。お前ら、この女共をつまみ出せ!!」

「!!、きゃっ」

「こ、こないで!」

「やめてっ」


 おじさんに命じられて厳つい男たちが動き出す――どう見ても、お姉さんや営業主じゃ敵わない……。どうしよう、このままじゃ、みんな力ずくで追い出されてっ



―――ビュンッ


―――グサグサグサッ



「ぐあっ」

「うっ」

「ああっ」

『!』


 突然、どこかから飛んできたフォークやナイフが男たちの手に刺さった。野太い呻き声が次々に上がる。彼らは顔を歪めながら、いま食器が飛んできた方向を睨んだ。そこには――いつの間にかフロアの奥に移動していたラルフさんがいた。


「くそっ」

「このガキがっ!!」



―――ダダッ



 怒りを露わにした男たちが同時にラルフさんに走り寄る。ラルフさんはそれを待っていたかのように涼しい顔で彼らの元へ向かった。そして飛び出してくる拳や蹴りをひらりと躱して、



―――ガッ



「ぐふっ」



―――ドッ



「あうっ」



―――ドスッ



「がはっ」

 

 彼らの背中や脇腹に、次々と肘打ちを叩き込んでいった。……あっという間に、男たちは全員床に倒れこんだ。



―――……


―――くるっ



「ねえ」

「!!、ひいっ」


 おじさんはラルフさんに振り向かれると、青ざめた顔でステッキを抱えた。さっきまでの偉そうな感じはどこかに吹き飛んでしまったようだ。


「ちょっとだけ待ってよ」

「……し、しかし……」

「じゃあ三日ぶんのケガすれば」

「待ちまっっっす!!」


 そう答えると、おじさんは猛ダッシュで呆気なく食堂から出て行った。




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