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ライフ  作者: 道野ハル
パリツェ国
17/162

北風と太陽



 数時間後。



―――スタスタスタ


―――タン、タン……



 ラルフさんと来た道を戻る。この細い路地を抜ければ、宿はすぐそこだ。あの後は何事も無く、普通に買い物をすることが出来た。ああ、無事に帰ってこられて本当に良かった……


「ねえ!」

『え?、……!!』


 一人で平和を噛みしめていたら、後ろから声を掛けられた。振り返ると、さっきの赤いワンピースの女の人がいた。えっ、なんで?なんでこんな所に……?ドキドキしていると、彼女は周囲を気にしながら早足でこちらに近付いてきた。


「さっきはごめんっ!!」

『えっ』

「……二人とも怪我してない?」

『あ、はい、私は……』

「君は……?」

「してない」

「そっか……良かった……。巻き込んで本当にごめん!!」


 そう言うと、彼女は深く頭を下げた。な、なんか意外だ……。すごく気が強くて恐い人だと思ってたけど……


「もし、あんたたちさえ良ければ、お詫びにあたしの職場でご馳走させてもらいたいんだけど……どう?」

『え?』


 職場……?



“この売女が!!”


“商売でたまたま体売ってるだけなんだよ!!”



 この人の職場って……あれだよね?行ったらまずい所だよね?


「いく」

『!?』


 ラルフさーん!!


 ちょっ、大丈夫!?どんな場所か分かってる!?あ、18歳だから……もしかして分かってない?


「俺、タナカより大人だよ」

『え』


 どうゆう意味!?っていうか心読まれてる!?


「えーっと……じゃ、案内するね?」

「うん」


 バラバラの反応をする私たちに戸惑いながらも、女の人は歩き出した。飄々とついて行くラルフさん。に、私も平静を装ってついて行く。


「あ」


 彼女は少し歩くと何かを思い出したように振り返った。栗色のショートボブが、ふわりと揺れる。


「あたしはヴェルカ!ヨシワで働いてんだ」




 “ヨシワ”は四棟からなる煉瓦造りの建物で、巨大な城のような形をしていた。周りには背の高い木が何十……いや何百本も植えられていて、ここから街の様子を見ることは一切できなかった。


 私たちはヴェルカさんに連れられて西側の棟にある食堂に入った。お昼時だからか、フロアは多くの人で賑わっていた。


「ここはあたしたち専用の食堂なんだ。だから高級料理ってわけにはいかないだけど……好きな物なんでも食べて!味は悪くないよ」


 栗色のショートボブに栗色の瞳、そして真っ赤なワンピース――その姿と強烈な印象から街で会ったときは年上に見えたけど、こうやって普通に話すヴェルカさんを見てると、私と同い年くらいかもしれないと思った。


「肉たべたい」

『……』


 ラルフさんはどんな場所でもペースを崩さない。


「肉ね!あんたは?」

『あ、じゃあ、同じもので……』

「りょーかい!」


 おーい!と給仕を呼んで注文する。給仕が去ると、ヴェルカさんはパッと私たちに向き直った。


「あんたたちは旅の人?」

「うん」

「やっぱり!なんか雰囲気違うもんね。どっからきたの?」

「ひがし」

「東!……じゃあ海を渡って?」

「そう」

「……いいなあ」


 ラルフさんの返事を聞くと、ヴェルカさんは少し遠い目をした。しかしすぐに元の表情に戻り、今度は私に質問してきた。


「この国には何しにきたの?」

『えっ』


 なっ、なんて答えればいいんだ……?助けを求めて隣のラルフさんを見る。しかし、


『……』

「……」


 なんも言ってくれなーい!茶色い目でこっち見てるだけなんですけど……。え、正直にぜんぶ話したら、ダメだよね……?


『……りょ、旅行中だったんですけどお金落としちゃって……ここでお金稼ごうかなって……』

「え?」

『あ、私たちは仕事できないんで、あの、他の人……先輩が、稼いでくれてて……』


 なんか喋れば喋るほど怪しい奴になってる気がする……。


「……ようするにお金が必要ってこと?」

『え?まあ、はい』

「だったらここで働く?」

『えっ!?』


 そ、それって……!


「ああ、ちがうちがう!ヨシワじゃなくてここ!食堂!」


 ヴェルカさんは苦笑しながら、机をタンタンと叩いた。


「人手不足みたいでさ、短期間でもいいから誰か欲しいって言ってたよ」

『!』


 ……異星で給仕をする?しかも特殊な職場の食堂で?いやいや無理無理……


「いいじゃんタナカ。やりなよ」

『!?』


 ラルフさーん!!


 なんで!?何を言い出すんだこの人は!?断りにくくなっちゃったじゃん!!


「主な客はあたしらだからね。学も知識もなくても、やる事さえ覚えられれば誰でも働けるよ!」


 私の不安を取り除こうとする様に明るく話すヴェルカさん。さ、さらに断りにくくなった……!!


『……そ、そうなんですね~……あー、えっとー』

「ヴェルカ!その人だれ?」

『!』


 どう返そうか必死に考えていたら、ヴェルカさんの同僚らしき人が入り込んできた。と、とりあえず助かっ……



―――じぃーっ



「♪、♪」

『……』


 この人、めっちゃラルフさん見てる……。


「旅の人。私が厄介なことに巻き込んじゃってさ。せめて食事でもご馳走しようと思って」

「へえ!そうなんだ~!」

「え?誰だって!?」

「旅の人だって!」

「いや~ん!かわいい~!!」


 気が付くと、私たちのテーブルはヴェルカさんと同じ赤いワンピースを着たお姉さんで埋め尽くされていた。皆が皆ラルフさんを見ている。


「君いくつ?」

「どこの国の人?」

「名前なんていうの~?」


 キャッキャキャッキャしてる。どうやらラルフさんの風貌はお姉さんたちのハートを鷲掴みにしたみたいだ。


「隣の子はだれ?」

『……』


 ようやく私の存在に気が付いた。いや、もういっそ気付いてもらわない方がよかったんじゃ……


「タナカ。俺はタナカのほごしゃ」


 保護者……そういえば前にも言ってたような?ラルフさんの返答にお姉さんたちは皆ポカンとした。しかし、すぐに我に返り


「「「「「かーわーいーいー!!」」」」」


 更にテンションを上げた。


「“保護者”だって!!」

「保護された~い!」

「ね、ね、私にもご馳走させて?」

「肉たべたい」

「いや~ん!私も奢ってあげる~!」


 ちゃっかり奢ってもらうラルフさん。次々と肉料理が運ばれてくる。私たちからすればラルフさんの食欲は脅威でしかないけど、お姉さんたちはその食べっぷりを大いに喜んでいた。


「……悪いね、なんか騒がしくなっちゃって」

『あ、いえ』


 騒ぐお姉さんたちを尻目に、ヴェルカさんが小声で言った。


「さっきの、ここで働く話。もし働きたくなったらあたしの仕事前……日没前にここに来て呼んでくれたら、話つけるからさ」

『あ、はい』

「あ!あんた名前は……」

『あ、タナカマサコです』

「長いね」


 ヴェルカさんは一瞬考えた。そして


「じゃあ、マサコ!」


 私の下の名前を呼んで笑った。


「今日は本当にごめんなさい……付いて来てくれてありがとう。恩返しっていうのも恩着せがましいけど、なんか力になれることがあったらするからさ、いつでも来てよ」

『……はい』


 満面の笑み。……でも、どこかぎこちなく見えたのは……気のせいかな?




 夜。


 イオリさんとユラさんが帰ってくるのを待って、四人で食卓についた。早速ご飯を食べ始めたのだけれど……なぜか、目の前に座るイオリさんが、私の方をじーっと見てくる。


「……」  

『……』


 え、なに?……私なんかした?


「……お前ってさ」

『!、はい』

「可愛いのかもな」

『えっ』


 なっ、なにを……!?イオリさんなにを!?


「イオリ、正気を保て」

「……わりい」 


 どういう意味ですかユラさん。


 色んな意味で困惑していると、ユラさんが箸を置いて少し困った顔で言った。


「……実は、我々が護衛している王女が少々難ありでな」


 ユラさんの話によると、護衛とは名ばかりで、実際の仕事内容は完全に王女のもてなし係だという。王女と共に出掛けて、買い物にもお茶にも付き合う。もちろん機嫌を損ねてはならない。


「……やってらんねえよ……あのバケモンに一日付き合うなんざ……精神がいくつあっても足りねえ…… 」


 イオリさんがげっそりした表情で呟く。……こんなイオリさん初めて見た。


「うむ、悪気は無いのだろうが……確かに、あの喋り方とワガママぶりは精神にくるな。あと顔も」


 サラッとひどいこと言った。


「……俺はもってあと3日だ。それ以上は耐えられねえ……」

「何を言う!そんなことではとても金を貯められぬぞ!」

「そもそもお前が落としたんだろうが!!」

「過去は振り返らぬ!」

「てめっ」

「タナカ、あれどうすんの?」

『え?』


 ヒートアップする二人にハラハラしていると、ラルフさんがご飯を頬張りながらこちらを向いた。


「きゅうじ」

『!』


 あ、ヨシワの……。


「……なんの話だ?」

『え』


 イオリさんが不可解な顔をして私を見る。ちょ、ちょっと顔恐い……。咄嗟にラルフさんに視線を送ると……黙々とご飯を食べ続けていた。え、言いっ放し?言いっ放しなの?ここから先は私が言えと?


『……あ、あの、今日たまたま会った人に、街の外れにあるヨシワっていう所でご飯を奢ってもらったんですけど……』

「ヨシワ!?」


 その名前を出すと、ユラさんがギョッっとしたように目を丸くした。


「なんだ?マズイとこなのか?」

「いや……」

「ばいしゅん宿だよ」


 喋るんかーい!……っていうか18歳の口から聞きたくなかった。


「ばっ……」


 イオリさんは明らかに動揺している。そんなに動揺されるとこっちまで恥ずかしくなるのですが……。


「昨日、この国のことを調べている時にその名を耳にした……。街の外れに富豪が放置した巨大な建物があり、それが10年前に買い取られ、今は売春宿として経営されている、と」


 イオリさんと違って冷静なユラさんは、複雑な表情を浮かべて淡々と話しはじめた。


「国民の多くはヨシワを忌み嫌っているが、他国の者からは人気があるようでな。金に目がないこの国の王は、ヨシワの周りを木で囲み街から見えなくするという措置だけとって、経営を続けさせているのだという」


 なるほど……。どこの星でもそうゆうお店って需要があるんだ。


「あー……で?その、そこでなんかあったのか?」

『あ、はい……あの、そこに、そこで働く人たちが来る食堂があるんですけど、給仕として働かないかって言われて……あ、言われただけなんですけど』


 やっぱり働きたくない……。断っていいよね?私は二人の様子を伺った。


「……」

「……」

『……』


 改めて見ると、二人とも疲れた顔してるなあ。……あ。もしかして、私がお金を稼げれば……イオリさんとユラさんは、今の仕事から少しでも早く解放される?


「ヨシワの食堂か……」


 ユラさんがチラリとラルフさんを見る。


「メシうまかったよ」


 なんのはなし?


「……タナカ殿はどうなのだ?無論、気が進まないのなら働く必要はないぞ」

「ああ。無理してやることじゃねえ」

『!』


 疲れてる二人にそんなふうに言われると……なんか、自分がすごく小さい人間に思えてくる……。いやいやいや!でもここ異星だよ?ただのバイト先とは違うよ?やめといたほうがいい。うん。やめといたほうが……


『……』

「……」

「……」

「(もぐもぐ)」

 

 イオリさんとユラさんは相変わらず真っ直ぐ私を見ている(ラルフさんは論外)。そんな曇りのない目で見られると……ああ、どうしよ……


 ……


 ……


『……は、働いてみてもいいかな、と……』

「「!」」


 言っちゃったー!あーっ、言っちゃったー!!



―――スッ



「……無理してんじゃねえか?」

『えっ』


 さっそく後悔していると、イオリさんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「情けねえこと言って悪かった。俺らは何とかやるから気にすんな」

『!いえ、あの、じ、時間もあるしっ』

「しかし、不慣れな土地で……」

『いや、私飲食店で働いたことあるんで!せっかくだからやってみたいなあって……』


 いつのまにか私は働きたい人を演じていた。ふと、北風と太陽の話を思い出した。アレよくできた話だな……。


「……タナカ殿がそう言うのなら」

『はい!!頑張ります!!』


 なんかもうヤケクソだ。ああ、それにしても明日から超大変だ……。こんなはずじゃなかったのに。くそっ、そもそもラルフさんが余計なことを言うから!一体今どんな顔して……


「zzz……」

『……』


 18歳はご飯を食べ終わり、すでに夢の中だった。……ホントなんなのこの人。




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