旅立ち
―――2023年、春
「店長、入金いってきます」
「おねがーい!」
専門学校を卒業して十年――私は今も、芝居をしながら同じバイト先で働いている。
「!、あっ」
「あーっ!田中ちゃん!?ここで働いてるのっ?」
「う、うんっ」
この歳になると結婚して子供がいる同級生も少なくない。そうゆう子たちがたまにお店にやって来ると、ちよっとドキドキしてしまうけど、私は今の生活をそれなりに楽しんでいる。
大きな変化もなければ、特別なことも滅多に起こらない。それでも退屈に感じないのは、やっぱりあの出来事のお陰だ……
あの時、私は三日間姿を消していたらしい。三ヶ月じゃなくてホッとしたけど、普通の女子が三日間居なくなるというのはやはり大問題だ。ニュースにもなったし、何より家族とバイト先の人に多大なる心配と迷惑を掛けた。……だけど、きっと正直に話しても信じてもらえないだろうと思った。
なので、私は嘘をつくことにした。
「で、君は三日間どこにいたのかな?」
「え、えっとー……山、に……」
「は?」
「いっ、いや、あのなんか暗い気持ちになっちゃって、このままじゃダメだと思って自然がいっぱいある山にいきました!!」
「……」
何度も、本当に?と疑われたけど最後まで嘘を貫いた。貫いたら何とかなった(相当怒られたけど)。その後も誰にも言わないで黙っていたけど、そうするとだんだん、あれは夢だったんじゃないかって不安になってきて、どうしても誰かに話したくなった。
そして数か月後、いろいろ悩んだ末に私は唯一の親友にだけ真実を打ち明けることにした。
「あのさ……かなり変な話なんだけど……」
「え?」
彼女は始終目を丸くして聞いていたけど、話が終わった時、呆然としながらも確かな口調で言ってくれた。
「正直、嘘みたいな話だと思うけど……」
「……」
「いいね」
「え?」
「そうゆう人たちとそんな旅ができるって、最高だよね」
「……うん」
親友に話したことで、改めてあの三ヶ月は私の宝物になった。宝物にしていいんだと思った。
―――シャーッ……
今日は夕勤。十数年通っているお馴染みの道をこれまた同年使っている自転車で走る。
「……」
最近、ちょっと嫌なことがあった。世の中に溢れている大変な事と比べれば何てことない些細な話なんだと思う。でも私は……私の心は、どう誤魔化してもやっぱりヘコんでるみたいだ。
「はあっ……」
隙あらば暗い気持ちが膨らんで胸が詰まって溜め息が出る。……ため息吐くと幸せが逃げるって何かの漫画に描いてあったから取りあえずスグに吸ってみるけど。
あー、嫌だな……。このモヤモヤは一体いつまで続くのか
―――フッ
「あれ?」
ふと、見えている景色に違和感を覚えた。目の前には大きな交差点、それを渡ればバイト先……うん、いつもの道だ。いつもの道なんだけど、何だかどこか違うような?
っていうかこれ、この感覚は……
―――……
あ……
―――ヒュゥゥゥゥ……
ひゅー……?
えっ?落ちてる??どこから……
―――ズボッ
―――ザザザザッ、バキッ、メキメキッ
いたたたたたたっ!!
痛い痛い!!なんか枝的なものが腕を擦っ、いや刺さっ
―――ドサーッ!!
―――……
『ったあ~っ……』
「……おもい」
『え?』
お尻の下から聞こえた声に目を向ける。……そこには、落ち葉に埋もれた人間がいた。いや埋もれたというか、私が埋まらせたみたいだ。
人間は、私の下敷きになったままチラっと顔だけをこちらに向けた。
「老けたね」
『……』
「あいかわらずブサイクだけ」
『黙れっ』
ああ、確かに年をとったのかもしれない。こいつの顔を見ただけで泣きそうだ。
“タナカ、”
“おやすみ”
十年前に別れの挨拶もできなかった……。
『えっと……ここは、』
「ちきゅうじゃないよ」
『だよね……。ってゆうか、よく地球って覚えてるね』
「アンタとちがってバカじゃないから」
くそっ、ダメだ、馬鹿にされてるのに嬉しい。一つ一つの会話がこんなに心に沁みるなんて……。だってまた会えるなんて思ってなかったし、しかもちゃんと覚えててくれて……
「なに?」
『……』
私のなかで色んな感情がグルグル渦巻いているというのに当の本人は相変わらずクールフェイスだ……。なんか悔しい。ちょっとイラッとする。ので、奴に負けないように(?)私は努めて冷静に質問することにした。
『なに、してるの?』
「いまから旅する」
『……』
「くる?」
『行く!!』
「返事はやっ」
―――スッ、……スタスタスタ
私の答えを聞くと、金髪少年は軽やかに立ち上がって飄々と歩きはじめた。これまた懐かしのマイペースだ。ぼんやりしてはいられない。慌てて起き上がり、その背中を追いかける。
―――タッ
『ねえっ!』
「うん?」
小走りで横に並ぶ。高鳴る鼓動を感じながら、私はグイッと隣を見上げた。
『ま、またよろしく!』
「!、……」
『……』
「うん」
そう言ってそいつは
ラルフは
子供みたいな笑顔で笑った。
ライフ【完】
読んでいただいてありがとうございました。
私はもともと夢(名前変換)小説が好きで、夢のように自分が物語の中に入り込めてトキメけるお話を・・・!と思って書き始めたら、結果、かなり違うものになりました。
“こうしたい!”というよりも“こうだったら、この人達はどうかな?”と想像しながら書くことで物語が進んでいった気がします。大変でしたが、彼ら、彼女らと過ごす時間はとても楽しいものでした。
そして大好きな人達の物語を自分以外の方々が読んでくださるという事に大きな幸せを感じました。今読み返してみると読みにくい箇所がめちゃくちゃあるのですが、それでも読んで下さった皆様に本当に本当に感謝です。
またいつか、このお話の続きを書きたいと思っています。今度は成長した正子がラルフを助けてくれたらいいなあ、と・・・。
ひとまず完結です。
ありがとうございました!!
※2024年3月より、pixivで一話から改稿したものを表紙つき(表紙のみAI作成)で掲載中です。そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
https://www.pixiv.net/novel/series/11738143