海辺の街で
「……―――……どうしたの?」
たまらなくなって 手を伸ばした
ああ 暖かい
なんて暖かいんだろう
でも
「―――も――も、自由って……」
さよならだ
もう一緒にはいられない
*****
―――ザザーン、ザザーン
『……ん?』
瞼の向こうに光を感じて、目を開ける。
―――ザザーン、ザザーン
『うっ』
目覚めなければよかった……。また吐きそうだ。
「!、……タナカ殿、大丈夫か?」
咄嗟に口を押えると、隣に座るユラさんが心配そうに声を掛けてくれた。
『……ちょっとはマシになったかと……』
「そうか!もう暫くの辛抱だ」
『はい……』
船酔いをやわらげようと、私は海の彼方を見た。
―――ザザーン、ザザーン
カタス国を出た私たちは、東大陸の最西の国から船に乗った。
西大陸には半日程で着くと聞いていたので、そんなに遠くないと思ってたけど……船酔いしながらの半日は、めちゃくちゃキツイ。
うたた寝してる時に哀しげな夢を見たけど、船酔いから逃れられるんだったら、我慢してあの夢を見てたほうがマシだったかもしれない……。
―――ザッ、ザッ
「おい、もう着くらし……お前ホント弱いな」
船首からやってきたイオリさんが呆れた顔で私を見る。……仕方ないじゃん!!ア◯ロンもトラ〇ルミンも無いんだもん!!そりゃ酔いますよ!!
『うっ!』
「「……」」
また吐き気が……もう、これが最後であって欲しい。ユラさんとイオリさんの哀れみの視線を感じながら、私は何度目かのトイレに向かった。
―――カンカンカーン!
鐘を鳴らしながら、船は西大陸の入口「パリツェ国」に入港した。ふらふらと桟橋に降りて陸へ向かう。久々に踏む揺れない足場に、ものすごい安心感を覚えた。
「あ」
『?』
ふと、ユラさんが立ち止まった。
「なんだ?」
「船長に宿代を払ってくる」
「なんで船長に払うんだよ?」
「港にある宿と提携しているらしくてな!今船長に支払えば、通常価格より二割安く泊まれるそうだ。船に貼り紙があった!!」
さすがユラさん、主婦のようだ。
「先に行っててくれ!」
そう言って、ユラさんは桟橋を戻って行った。
「zzz……」
「ラルフ、目え覚ませ」
「zzうん?……zzz……」
前から思ってたけど……ラルフさんはよく眠る。船でも寝てたし、今も立ちながら寝てる。器用だよなあ。
「……おら、行くぞ」
イオリさんがグイッとラルフさんの腕を引っ張ったその時、
―――ボチャン
―――バクンッ
「「『うん?』」」
背後で何かが落ちた音と、何かが何かを食べた音がした。三人揃って振り返る。
「……」
『……』
「……なにしてんだ?」
そこには桟橋に跪き、遠くの海面を見つめるユラさんの姿があった。ユラさんの目線の先には大きな魚の影があり、それはすぐに見えなくなった。
ユラさんはフリーズしている。
「……おい」
イオリさんが低い声を投げかける。ユラさんはゆっくりと首だけを動かしてこちらを見た。顔にはぎこちない笑みが浮かんでいる。
「……お金、持っていかれちゃった」
「「『……』」」
突然、私たちはピンチに陥った。
「おまちどうさま!いま紹介できる仕事はこんなもんかな!」
私たちは直ぐさまパリツェ国の職業紹介所にやって来た。
ユラさんは、お金を保管用とすぐ使う用に分けていたらしく、すぐ使う用だけは落とさなかった。……しかし、今の所持金ではとてもオウド国まで辿りつけない。そのため数日間この国に滞在して、旅費を稼ぐことにした。
「右から船大工、商店建設、森林伐採……」
「大金が稼げる仕事を紹介してくれ」
「ひぃっ!!」
血走った目で身を乗り出すユラさんに、おじさんが怯える。
「……あ、一つあるよ!採用してもらえるかどうか分からないけど……」
そう言うと、おじさんは引き出しから新たな紙を出した。ちなみに私はこの世界の文字が読めない。これは、なんの仕事だろう?
「……王女の護衛?」
文面を見たイオリさんが眉間にしわを寄せる。
「うん。いつも募集してるんだけど王女が厳しい方でね……。なかなか採用されな」
「日給30,000ヴェル!!」
『!』
ユラさんの目がカッと開かれた。30,000ヴェル……。たしか、私が買ってもらった服が500ヴェルだったから……その60倍!!
「イオリ、ラルフ、これだ!これしかない!!」
「あ、俺ダメだ」
「え?」
そう言って、ラルフさんは紙の下の部分をさした。
「20歳未満はダメだって。ざんねんだな~」
全く残念そうじゃない。
「……くっ!俺とイオリの二人だけか。まあ致し方ない」
「いや、お兄さんたちが採用されるかどうかは……」
「すぐに紹介してくれ」
「……はい」
尋常でないユラさんに気圧さて、おじさんは速やかに紹介状を書いた。
正子とラルフを街の宿に置き、ユラとイオリはパリツェ城へやってきた。城は高い丘の上に派手な色をして建っていた。
「どうぞ、こちらでございます」
城の者に紹介状を渡すと、すぐに王女の間に通された。じきに王女がやってきて直接面接をするのだという。
「王女の面接なんざ聞いたことねえよ……」
イオリは訝し気に周囲を見回した。部屋には金を基調とした様々な装飾品が所狭しと並べられている。
「うむ、確かに変わっているが……。いや、きっと国を憂う心優しき王女なのだ!少しでも優秀な人材を求めているのであろう!!」
「そんなもんかねえ……」
―――ギイ
イオリとユラが小声で話していると、ふいに奥の扉が開き、年老いた侍女が顔を覗かせた。
「ビビアン様のご入室です」
「「!」」
二人はすぐに口を閉じ、さっと頭を垂れた。
―――カッ、カッ、カッ
高いヒールの音が室内に響き渡る。堂々とした気品あるリズムだ。まさに、“気高い王女”を連想させる。
―――カッ
高潔な音は彼らの正面で止まった。
「おもてをお上げください」
侍女の言葉に、二人はゆっくりと顔を上げた。
「「!!」」
そこには、華やかなドレス、艶のある茶色の髪、きめ細やかな小麦色の肌をした……
「ぶふぁっ!!うっそぉ~!!超美男子なんだけどぉ~~~!!!」
「「……」」
ヤマンバみたいな王女がいた。
「……おい、どうゆうことだ?なんでここにバケモンがいる」
「落ち着けイオリ。アレは王女が飼ってるヤマンバだ」
「ちょっとぉ~アタシ王女なんですけどぉ~」
「「……」」
イオリとユラは、改めて目の前の王女と名乗る者を見た。
「やっ、ちょ、そんな見ないでよぉ~、照れるぅ~」
「「……」」
「ビビアン様、この者共いかがなされますか?」
「いや合格ぅ~二人とも合格ぅ~!」
「「……?」」」
「畏まりました」
侍女は王女に頭を下げると、スッと二人の前に歩み出た。
「おめでとうございます。貴方達は厳しい審査の結果、見事ビビアン様の護衛試験に合格いたしました」
「「え」」
「早速明日から仕えるように。良かったですねビビアン様」
「うんっ、最高~!」
「「……」」
自分たちの身に何が起こったのか分からぬまま、二人は城を後にした。
パリツェ国、2日目。
朝ご飯を食べ終わると、イオリさんとユラさんはお城に出掛けて行った。私とラルフさんはユラさんに頼まれた買い物をするため、二人で街にやってきた。
―――ザザーン、ザザーン
―――ざわざわ
街の建物は、ほとんどが白く塗られていた。純白の壁が太陽の光を反射して眩しい……。港には小型の船がたくさん停泊していて、まさに“海辺の街”という感じだった。
―――ざわざわ
―――わいわい
「なにあれ、へんなの」
『……』
隣を歩くラルフさんは、さっきから色んなものに興味津々だ。
正直、ラルフさんが一緒に来るとは思わなかった。だっていつも気付いたらいないし隙あらば寝てるし、私と行動するなんて絶対に嫌がると思ってた。
でも昨晩、ユラさんに“二人で買い出しに行ってくれ”と言われたラルフさんは“いいよ”と素直に返事をしたのだ。……三人のなかで、この人が一番よく分からない。
―――くるっ
「タナカのすんでるとこって、どんなとこ?」
『えっ』
突然、ラルフさんが振り向いた。
『え、えっと~……』
まさか私に関する質問をしてくるなんて……想定外すぎて頭が回らない。
な、なんて答えればいいんだろ?まず、地球の説明からするべき??いや、そんなことしてたらすごく時間掛かるんじゃ……と、とりあえず地元の説明でいいかな?
『……田舎っていうほど田舎じゃないんですけど、たまに畑とかあって……2キロくらい歩くと大きいスーパー、あ、商店?とか娯楽施設が少しあって……横浜せ、あ、乗り物に乗れば大きい街にも1時間くらいで出れるんで、まあ便利です」
あれ、私なに話してんだろ?異星の人に都心へのアクセスを語たってしょうがな……
「乗りものってどんなやつ?はやい?」
食いついてきた!!
『え、っと、四角い形で、それがいくつか繋がってて……人がたくさん乗れて……馬車よりも早いです』
「タナカものるの?」
『うん。週に何回か乗るかな』
はっ!タメ語つかっちゃった!!
だってラルフさんがあまりにも純粋な目で聞いてくるから!ま、まずかったかな?ひょっとして怒って……
「たのしそうだなあ」
『……』
あれ、笑ってる……
「たかいの?」
『え?あ、料金ですか?いや、高くはないかと……』
「そうなんだ」
なんか、楽しそう。こんな顔もするんだ。
いつも飄々としてて、肝が座ってて、何を考えてるのか分からない。だからなんとなく近づきがたい人かと思ってたけど……18だもんね。私より年下だもんね。
―――ザザッ!
「寄るなっ!!こっち来るんじゃねえよ!!」
『!?』
ラルフさんの表情に気を取られていると、後ろで大きな声がした。振り返ると、貝や魚がたくさん入った籠を背負った男の人と、足元まである赤いワンピースを着た女の人が向かい合って立っていた。女の人は、一匹の魚を男の人に差し出している。
「……これ落としたよ。ほら、」
「来るんじゃねえって言ってんだろ!この売女が!!」
ばっ、売女!?
―――ザワザワッ
「なんだ?喧嘩か!?」
「あ、あの女!」
「ああ、あの城の……」
あっという間に人だかりができた。騒いでるのは男の人だけど、みんな何故か女の人を見ている。……なんで?
「けっ、色目使って男から金巻き上げやがって……。てめえらがいたら街ごと腐っちまう!あの城たたんで、とっとと出ていきやがれ!!」
「!!、……っ」
―――ベチンッ!!
『!!(ひえっ!!)』
突然、女の人が鬼のような顔で手に持っていた魚を地面に叩きつけた。
「……黙って聞いてりゃ……ざけんなコルァァァ!!」
そして栗色の髪を振り乱しながら、すごい勢いで男の襟元に掴み掛った。
―――ガッ!!
「こっちは生きるために商売してんだよ!商売でたまたま体売ってるだけなんだよ!!文句あっか!?」
「な……」
凄まじいエネルギーに男の人は唖然としていたけれど、我に返ると両手で彼女の肩を摑んで大声で怒鳴った。
「ふっ、ふざけんじゃねえー!!」
―――ドンッ
「!、いたっ……」
「売女の分際で調子に乗りやがって……」
男はそう言うと、女の人を見据えたまま静かに自分の腰に手をやった。あれは……皮袋?
―――スッ……
「「「「『!!』」」」」
「痛い目みねえと分からねえみたいだな……」
「っ……」
出てきたのは、なんと小刀だった。た、大変だ!このままじゃ、あの女の人が……。男はいかにも余裕ありげな顔で小刀をブンブン回している。ブンブン、ブンブン、ブンブ……
「あっ」
『え』
「!!」
ふと、勢いあまってその手から離れた小刀が……私の方に飛んできた。
―――ヒューンッ
『!!』
え、嘘!?し、死ぬ……!!
―――カラーンッ
『……っ』
……
……あれ?痛くない?
小刀飛んできたよね?私に向かって真っ直ぐきたよね?でも……なんで痛くないの?心臓をバクバクさせながらそっと瞼を上げる。すると、目の前に白い背中があった。
『!』
「……」
ラルフさん、だ。
「「「「「おおおおっ!!」」」」」
周りからどっと歓声が上がる。
「兄ちゃんすげえ!!」
「片足で蹴落とすとは……どっかの兵隊か!?」
「いやあ大したもんだ!」
いつの間にか、私たちの周りには多勢の人だかりが出来ていた。ええっと……ラルフさんが助けてくれた?全く何も見てなかったけど……
「ちょっとどいて」
『!』
周囲の熱気を気にも留めず、ラルフさんが歩き出す。お、置いて行かれたら大変だ……!私は慌ててその背中を追い掛けた。