言の葉
―――ヒヒィィィンッ
オウド国の出国門にはロレンスさんが用意してくれた立派な馬車が待機していた。これから全力で東に向かって進む――帰るんだ。キヨズミさんとソラノさんが待つカタス国へ。
カタス国へ……
「……すまぬ、タナカ殿。だがこれが一番早いのだ」
『ダイジョウブデス』
「本当に無理だったら言えよ」
『ハイ』
「顔まっしろだね」
『……』
それから数時間、馬車に揺(以下略)
―――さすっ、さすっ
『おええええっ』
「よ~しよし」
「今日はこの辺にしとくか」
『あ、や、もうちょっとなら頑張れ……』
「これ以上ゲロくさくなるの嫌だしね」
『……』
私の三半規管に限界がきたため、国と国の間にある草原で馬車を降りることになった。……こんな時に本当に申し訳ない。
『……すいません、もう大丈夫です』
「そうか?」
「よしっ、ではここに寝床を作るとするか!」
「じゃ、よろしzz……」
「「『……』」」
―――バサッ
さっそく旅道具を広げて、布と棒で簡単なテントをつくった。……最初は外で寝るなんて有りえないと思ったけど、正直、今はとっても楽しい。
「よしっ、では薪を調達しよう!イオリ、よろしく頼む!」
「てめえで行け。何でいつも俺なんだよ」
「手がガサガサしそうで嫌だからだ!!」
「(ブチッ)」
『(あ……)』
「zz……」
―――ドダダダダッ
―――タタタッ
ほどなくしてイオリさんとユラさんの攻防が始まった。……なんか懐かしい光景だ。早めに終わってくれることを祈りながら、私はそっと二人の傍を離れた。
数十分後、
「はっはっはっ!もう終わりかイオリ!!」
「……っ……」
結局、疲れ果てたイオリさんが薪を取りに行くことになった。
「……っタナカ」
『はいっ!?』
遠巻きに眺めていると、息を切らしたイオリさんが超低い声で私を呼んだ。
「お前も来い……」
『!、はははいっ』
「はっはっはっ、すまぬなタナカ殿!よろしく頼む!」
『……いってきます(全然すまないって思ってなさそう)』
―――パキッ、パキパキッ……ブンッ
「ほらよ」
『はいっ』
草原の奥に雑木林があったので、私とイオリさんはそこで薪になりそうな枝を調達することにした。……といっても、私はイオリさんが選んだ枝をただ持つだけの係だけど。
―――パキッ……
「そろそろだな……」
『え?』
ふいに、イオリさんが枝を折る手を止めて言った。
「お前が来てから、もうすぐ三ヶ月になる」
『!』
そう言うと、イオリさんはこちらを向いて草の上に静かに腰を下ろした。
―――……すっ
促されるように、私も地面に座った。
「どうだった、この星は」
『!あ、えっと……』
突然の質問に頭の中がひっちゃかめっちゃかになる。何を言えばいいんだろう、何から言えばいいんだろう?気持ちを整理できないでいると、前から、低くて柔らかい声が聞こえた。
「つらくなかったか?」
『え』
どうゆう意味だろう?疑問に思いながら顔を上げると……黒い瞳が揺れていた。
「俺たちが守るっていいながら、かなり危険な目に遭わせた。きつい事もさせた。体力的にも精神的にも、お前にだいぶ負担をかけた……」
『!や、いや、そんなっ』
そんなの謝られることじゃない。とゆうか、ほぼほぼ私の軽率な行動が原因で大変なことになってたワケで……とにかく、イオリさんたちは何一つ悪いことなんてしていない。
「すまなかった」
『いっ、いや……』
知らなかった、そんなふうに思われてたなんて。今まで全く気付かなかった……
“悪かったな。一人にして悪かった”
“……そうだな。どんな夕食か楽しみだな!”
―――グッ……
言わなきゃ分からないことってたくさんあるんだ。……伝えようとしなければ、何も届かないままで終わってしまう。
『っ私は、皆さんみたいになりたいって思いました』
「え?」
イオリさんの目が丸くなる。……変なことを言ってしまったのかもしれない。でも構わない、最後までちゃんと言葉にするんだ。
『いや、あの、私ここに来るまで全然楽しくなくて……あ、嫌なことがあったとかじゃなくて、その、なんか、毎日どう過ごせばいいのか分かんなくなっちゃっててっ』
「……」
『あの、でも、自分次第だなって。ちゃんと周りのことを見て、誰かのことを考えれば、話してるだけで楽しいし、色んなものが面白く見えて……』
「……」
『なんか、そうやって生きるのっていいなって、皆さんを見てて思いました……』
「……」
『……い、以上です』
―――……
沈黙……。ああ、この判決が下る前みたいな重苦しい空気も懐かしい。嬉しくないけど。……早く何か言ってくれないかな?返事きくのは恐いけど
「……はっ、ははっ」
『!』
「はははっ!」
……笑った。イオリさんが笑った。今まで目元を緩めたり、小さく微笑んでくれたことはあったけど、こんなふうに声を上げて笑う姿は初めて見た。
「……お互い様だ」
『えっ?』
イオリさんは息を吐くと、穏やかな声で言った。
「俺もユラも……きっとラルフも、お前みたいになりたいって思ったよ」
『え……』
「まあ、部分的にだけどな」
『へっ?』
「アホになり過ぎるのは考えもんだ」
『!ちょっ、それヒドくないですか!?』
「ははっ」
『グレますよ!?』
「わるい、わるい。ほら、さっさと取って帰るぞ」
―――パキッ
「この辺りが良さそうだな」
『……』
咄嗟に、嬉しかった言葉に気付かないふりをしてしまった私は、やっぱりまだ皆の様にはなれないのかもしれない。
でも
「おら、落とすなよ」
『だっ、大丈夫ですよ!』
―――パキパキッ……
―――……
そうしないと泣いてしまいそうだったから、今はこれでもいいと思った。