いつか
オウド城、王の間。
ラルフが戻って来たのでその報告と旅立ちを告げるために、私たちは四人でロレンスさんを訪ねることにした――ロレンスさんは今も“王の代理”を名乗っている。しばらくは国民に王の死を伏せることにしたらしい。皆の不安を煽らないように、頃合いを見て話したいと言っていた。
「どうぞ、こちらでお待ち下さい」
―――バタン……
―――ガチャッ
案内してくれた兵隊さんが去るや否や部屋の奥にある扉が開き、白い服を着たロレンスさんが姿を現した。
「!、……ラルフさん、お怪我はされていませんか?」
「うん」
「そうですか……」
ロレンスさんはラルフの返事を聞くと、絨毯に片膝をついて深く頭を下げた。
「「『!』」」
「この度は本当に申し訳ありませんでした。我々のことを思い200年目の年に遠い異国まで来て下さったのに、このような事態になってしまい、お詫びのしようもありません」
「……オウド国の方々が悪いわけでは」
「いえ、これは私たちの過ちです。とどのつまり、自分の周りのことしか見えていませんでした……」
『!』
“オウド国が国民を守りながら大国になることが出来たのは、我々――クラーレが他国で暗殺や強奪を行ってきたからだ”
“諸外国の国政を変え、資金を得ることでこの国は成り立ってきた”
あの男が言っていた……。オウド国は、“他の犠牲の上に成り立っている”と。
「私たちは、与えられたものをただ受け取っていただけなのです。何の疑いを抱くこともなく、当たり前のように平和を享受していた。それは、幸せなことかもしれない。その中で一生を終えるのは幸福なのかもしれない。でも……やはり、考えるべきだと思います。その影で、誰か泣いている者はいないのか、と」
「……」
「……」
『……』
ナウェ国で会ったトウヤくんのお兄さんは、間違いなく“泣いている者”の一人だ。そのお兄さんを慕うトウヤくんとクレハさんも、トウヤくんのことを想うナツキくんも。そして……
“だから、200年目があるのかもしれねえな”
“俺たちは慣れる、忘れる、そして繰り返す。もし200年目が無かったとしたら……繰り返す争いはもっと大きなものになり、やがて……星全体を滅ぼす事になるのかもしれねえ”
『……』
「……」
もしかしたら、ラルフも……
「これから、変えていきます」
清廉な声が響いた。目を向けると、澄んだ青い瞳が真っ直ぐ前を見据えていた。
「たとえ200年目で国が滅んでしまったとしても、私が――私と同じ意志を持つ誰かが、少しずつでも変えていきます。無茶なことかもしれない、夢物語かもしれない。でも、諦めることは出来ません。誰も犠牲にならない世に、私は変えていきたい」
「「『……』」」
「この気持ちは生涯、揺るぎません」
『(!あっ……)』
“寂しさも、胸が潰れるほどの後悔も、きっと消えることはありません。これから先何度も思い出して、その度に苦しくなる……。でも、だから忘れない”
寂しいから、苦しいから、忘れない――それはとてもつらい事だけど、ロレンスさんみたいに考えることが出来たら、この先なにか変わっていくのかな……。
「……勝手なことを言うようですが、オウド国に来て下さったのが皆様で本当に良かった……ありがとうございました」
「俺たちも同じだ」
「え?」
黙って聞いていたイオリさんが静かに口を開いた。イオリさんはロレンスさんを見つめると、確かな口調で言った。
「諦められないものがあって、望んでここまで来た」
「……」
「同じだ」
「……はい」
『……』
「ラルフさん、」
「え」
ふいに名前を呼ばれたラルフが反射的に顔を上げた。
「よかったら、また訪ねてきてください」
「……」
「お待ちしています」
ロレンスさんはそう言うと、青空みたいな瞳で笑った。
オウド国Ⅳ・後篇【完】