夜明け
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「ラ、ル、フ」
なぜだろう
なんでも無かったはずのそれが 身体のなかでいやに響いた
「ラルフ」
感じる
感じたのは光
でも
「……気安く呼ぶな」
怖かった
分からなかった
分かりたくなかった
こんなもの 知らなければ
知らなければ……
……
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真夜中。
無主地、森の中の家。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」
「……う~ん?……なに……?」
「マイがまた苦しそうだよ」
「!」
―――ガバッ
「分かった。カリャはここに居ろ」
「うん」
きっと、またうなされてるんだ。玄関のランプをもって俺は急いで小屋に向かった。
―――ギィッ
「マイ、大丈……、!!」
「……っは……ぅっ……」
「マイ、起きろ!マイ!!」
前よりも苦しそうだ。早く起こさないと……。
――――バンッ、バンッ!
いつもより強く背中や腰を叩いてみる。……だめか?もっと叩かないと気づかないか?
「……っ!、あ……キャ、ル……?」
「!うんっ」
目があいた。よかった……。
「……ありがとう」
「どういたしまして。また恐い夢みたのか?」
「……まあね」
「……」
マイはよく、うなされる。森の奥で見つけた時もそうだった。
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「お兄ちゃん」
「?どうしたカリャ」
「なんか聞こえるよ」
「え?」
―――サワサワ……
―――……ぅっ……ぁ……
「「!」」
なんだ、獣か?でも、この辺にはいないはず……
「!お兄ちゃん、だれか倒れてるっ」
「!」
―――……カサッ
「ぅっ……はぁっ……」
「「!!」」
灰色の長いかみ……女か?なんかボロボロだ。それに、すごく苦しそうだ。
「カリャ、運ぶぞ」
「えっ?」
「この人を助けよう」
「!うん」
―――……
―――フッ……
「……」
「あっ!」
「あっ、起き……、!」
目が金色だ……
「……君たちは……」
「あっ、俺はキャル、こっちはカリャだ」
「……兄弟なのかい?」
「うん。でも俺はカリャの父ちゃんでもある」
「え?」
「父ちゃんも母ちゃんも、もういないんだ。だから俺がカリャの父ちゃんなんだ」
「……」
「おまえ、大丈夫か?どこか痛いか?」
「いや……大丈夫、ありがとう」
そういうと、金色の目はゆっくり起き上がった。
「しばらく、ここに置いてもらってもいいかな?」
「えっ?」
「お礼に、やれることは何でもやるよ」
「……」
そんなこといわれるなんて思わなかった……。どうすればいいんだ?布団は父ちゃんと母ちゃんのがあるけど、飯はどうしよう?足りるかな?
「ねえっ、なんてゆう名前なの?」
「!」
俺が考えてるとカリャが金色の目に質問した。
「僕はマイ。ここよりずっと東にある国から来たんだ」
「……」
そういって笑った顔がなんだか悲しそうだったから、俺は“マイ”に、ここにいていいよ、っていうことにした。
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―――ムクッ……
「キャル、もう大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか?」
「うん」
「マイ……いっしょに寝ようか?」
「え?」
「一人で寝るから恐い夢みるんじゃないか?俺たちといっしょに寝れば……」
「ありがとう。でも、一人の方がいいんだ」
「……」
「それに一緒に寝たら、キャルとカリャのことを潰してしまうかもしれないしね」
「!、そんなのっ」
平気だよ、っていおうとしたけど、マイが困りそうな気がしたからやめた。
「じゃ、なんかあったら、すぐ呼べよ」
「ああ」
「おやすみっ」
俺が手を上げると、マイは柱によりかかったまま、おやすみ、って笑った。
―――パタン……
「……」
俺たちがマイにできることってないのかな……。
“お礼に、やれることは何でもやるよ”
そういった通り、マイは何でもやってくれる。森でいっしょに食料を探してくれるし、飯もつくってくれる。あと、俺たちじゃ手に入れられない薬とか、馬の肉とか、そうゆう大事なものもどこかから持ってきてくれる。
なんか、お礼できないかな?マイが本当に笑ってくれるような……
「あ」
いつのまにか、遠くの空が明るくなっていた。キレイだ。きっと今日は良い天気になる。
「よしっ」
―――サクッ
朝になったらカリャと二人で飯をつくろう。母ちゃんが作ったやつみたいな美味しいスープを準備してマイをびっくりさせるんだ。
―――……
―――ギィッ
小屋の戸を開けると東の空が白み始めていた――もう寝る必要も無い。キャルとカリャが起きてくるまでじっとしていよう。
「……」
“……君は”
“……”
昨晩、旅人を襲った時に意外な人物に遭遇した。何故あそこに居たのかは分からない。しかし、あれは間違いなく彼だ。
“意味のあるものなんて何ひとつないよ”
“したいなら、すればいい。だから一人できたんでしょ”
あの少年は……苦手だ。
よく分からない。そのくせ自分の心を乱してくる。隠したはずのものを、見つけさせようとする。
―――……スタ
「顔色わるいね」
「……」
―――……
また、現れた。少年はあの時のような感情の読めない面差しで小屋の外に立っていた。
「なにしてんの」
「……こっちの台詞だよ」
「ははっ、たしかに」
一体何をしに来たのだろう。怯えている自身をどこかで感じながら僕は少年の言葉を待った。彼は暫く黙っていた。が、やがて顔を背けると、抑揚のない声で淡々と告げた。
「もうすぐ終わるよ」
「え?」
「200年目」
「……ああ」
「会えなくなるよ」
「……」
なぜ、彼の言葉はこんなに重いのだろう。
「……君は、罪を犯したことがあるか」
気が付くと口から言葉が出ていた――少年が、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「傷付けて、奪って、でも僕は生きてる。死にたくなる時はあっても、まだ生きてる」
「……」
「何をやってるんだろうな」
「……」
「何を……」
「いるからだよ」
「え」
顔を上げる。茶色の瞳が揺れていた。
「アンタのなかに、誰かいるからだよ」
「……」
「いるんだからしょうがない」
―――……サワッ
「……君は?」
「え?」
訊ねると、少年は丸い目をして僕を見た。僕はその瞳を見つめ返して、確かめるように問い掛けた。
「君のなかには、いるのか?」
「……」
―――サワサワッ……
「いる」
「……」
「たくさんいる」
―――サァァァッ……
―――……
そう言うと、少年は踵を返して歩き始めた。
「……」
もう夜が明ける
彼はどこへ向かったのだろう?
暁の空に消えた小さな背中を、僕はいつまでも見つめていた。