出発
翌朝。シンイ廷。
―――コツ、コツ……
ソラノは重い気持ちで会議室に続く廊下を歩いていた。これから、キヨズミと第六班の話し合いが行われる。
「ソラノ副隊長、おはようございます!」
「おはよう」
隊員と笑顔で挨拶を交わすものの、心は不安でいっぱいだった。
第六班はきっと拒否するだろう。彼らは他のどの班よりも、センコウの仕事に誇りを持っている。それはキヨズミも分かっているはずだ。分かっているのに、非情な指令を……
「……」
気が付くと、もう部屋の前だった。指定された時刻よりも少し早い。彼女は力なく扉に手を掛けた。
―――ガチャッ……
「!」
自分が最初だと思っていたが、そこには既に先客がいた。
「……キヨズミ隊長?」
「……うん?」
窓の外を眺めていたキヨズミは、彼らしからぬゆっくりした動きで、ソラノに顔を向けた。
「やあソラノくん、今日も麗しいな」
「……おはようございます……早いですね……」
「まあね」
ふと、ソラノの視界にキヨズミの左手が入った。
「その手は……」
「ああ、」
これか、とキヨズミは自分の手を見た。
「かすり傷だ。……無様だな……しかし、嫌いじゃない」
キヨズミが笑う。その笑みは自嘲的にも見えるが、照れ臭さが隠れているようにも見える。こんなふうに笑うキヨズミを見るのは初めてだ。……一体、何があったのか。
―――ガチャッ
「失礼致します」
「!」
気を取られていると、ふいに扉が開きユラが入ってきた。続いてイオリ、正子、そして
「!!」
「(……?)」
ラルフが現れた瞬間、キヨズミの目が見開かれた。……何かあるのだろうか?ソラノは注意深く黒い瞳を見つめた。が、キヨズミはすぐにいつもの笑顔を作ると、明るい声音で四人を迎え入れた。
「おはよう。よく眠れたかね?」
「はい、お陰様で」
全員が席に着く。ソラノは部屋の後ろで、彼らとキヨズミを見守った。誰が何を喋り出すのだろうかと不安な思いを募らせていると、ユラが静かに口を開いた。
「キヨズミ殿、我々は四人でオウド国へ向かいます」
「!」
「てめえに言われたからじゃねぇ。俺たちがしたいようにするだけだ」
「……」
「……おい?」
黙り込むキヨズミに、イオリが眉根を寄せる。
「……ああ、」
キヨズミはゆっくり立ち上がった。そして
―――スッ
「「「『!!』」」」
四人に向かって頭を下げた。
「……ありがとう」
一瞬、時が止まったように思えた。キヨズミは顔を上げると揺るぎない瞳で正子達に告げた。
「諸君らを全力で支援する。目的を達成し、必ず無事に帰ってこい」
「……」
「……」
『……』
「あははっ」
ふと、明るい笑い声が室内に響いた。
「やっぱりキヨズミはおもしろいや」
静まり返る部屋のなかで、ラルフだけが子供のように笑っていた。
“旅立つ前に身体検査を”と言われて、私はソラノさんと医務室に入った。
「身体検査といっても形だけのものだから、緊張しなくて大丈夫よ」
『あ、はい』
言われた通りに服を脱ぐと、ソラノさんは真剣な目で私の体を隅々まで目視した。す、すごく恥ずかしい……。
「……大丈夫。ありがとう」
『え?あ、はい』
これで終わり?あまりの呆気なさに驚きながらも、とりあえず服を着る。
「神には、大きな痣があると云われていてね」
『痣?』
「ええ。念のため、軍と関わりを持つ者には、痣があるかどうかのチェックを行っているの。第六班の皆も、センコウになった時に受けてるわ。まあ、それで神様が見つかるくらいなら、誰も苦労はしないけどね」
ふと、マチカル国での出来事を思い出した。
“証拠みせてよ”
“見よ!これが呪われた痣だ!”
だから、あの人はアザ(入れ墨)を見せてきたのか。
「マサコさん、」
『!あ、はい』
「これ、よかったら」
『え?』
視線を落とすと、ソラノさんが布で出来たクリーム色の斜め掛けバッグを手にしていた。鞄には何か入っているみたいだ。
「大したものではないんだけど、着替えと下着と、ちょっとした救急セットと……生理用品も入っているわ」
『!!』
「もし、邪魔じゃなければ……」
『う、嬉しいです!助かります!ありがとうございます!!』
「よかった……」
ソラノさんは花のように笑うと、スッと両手を差し出した。私は頭を下げて、バッグをしっかり受け取った。
午後。
カタス国の出国門にやってきた。
「大丈夫なのかよ、隊長と副隊長がこぞって見送りにきて」
「はっはっはっ、君と違って私の部下は優秀だからね、しっかり留守を預かってくれるよ。命令に背くこともないからね。君と違って」
「やっぱウゼェわ、お前」
キヨズミさんの後ろでソラノさんが笑う。その光景に和んでいると、ふいにキヨズミさんの黒い瞳がこちらを向いた。
「マサコくん」
『!はっ、はいっ』
「彼らのことをよろしく頼む」
『(あっ)』
もしかして……キヨズミさんは、三人を少しでも危険から遠ざけるために、私に同行して欲しいって言ったのかな?知らない土地でも、ちゃんと言葉が分かるようにって……
『……げ、元気に帰ってきます!』
「!」
私がそう言うとキヨズミさんは驚いたように目を丸くした。……あれ、変だった?なんか違った!?頑張りますって感じで言ったつもりだったんだけど……
「ふっ……」
『?』
「はははっ」
キヨズミさんが笑った。目尻を下げて、おかしそうに笑ってる。私より年上の人だけど……なんだか可愛いと思った。
「……待っているよ」
『!、はい!』
さわっ、と気持ちの良い風が通り抜けていく。
「ではキヨズミ殿、ソラノ殿、お達者で」
「皆も」
「おう」
「ソラノもっと肉つけなよ、タナカみたいに」
『!?(どうゆう意味!?)』
「はっはっはっ」
『(フォローなし!?)』
「じゃあね」
ラルフさんはそう言うや否やスタスタと歩き出した。イオリさんとユラさんもそれに続く。私も会釈をして、三人の後を追った。
『(あ……)』
しばらくして、私はまた三人の後ろを歩いていることに気が付いた。……このままじゃ、駄目だよね……?
―――すうっ
顔を上げて大きく息を吸った。そして、
―――タンッ!
「「!」」
『……』
思い切って三人の横に並んでみた。……ど、どうかな?ダメ?やっぱり調子に乗ってるって思われ……
「今日はどこまでいくの?」
『!』
どんな反応をされるのかと思ってドキドキしていたら、ラルフさんがいつもと変わらない調子でユラさんに質問をした。ユラさんはフッと息を吐くと、満面の笑みで胸を張った。
「うむっ、今日は進むぞ!!キヨズミ殿から金はたんまり貰ったからな!日没前に次の国に入国し、高価な宿に泊まるのだ!!」
「金があるなら馬車使おうぜ」
「それは勿体ない」
「安い宿にすりゃいいだろ」
「食事と睡眠はきちんと取りたいのだ。な、タナカ殿!」
『えっ?えーと……』
「巻き込むな」
「お腹すいたな」
「「『(……もう?)』」」
いつの間にか、私は自然に三人の横を歩いていた。なんか……ちょっと信じられない。でも次第にじわじわと、嬉しい気持ちが沸いてきた。
―――ザッ、ザッ、ザッ
『(よしっ!)』
晴れ渡る空の下、私たちは西に向かって歩きはじめた。
カタス国【終】