表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライフ  作者: 道野ハル
カタス国
15/162

出発



 翌朝。シンイ廷。



―――コツ、コツ……



 ソラノは重い気持ちで会議室に続く廊下を歩いていた。これから、キヨズミと第六班の話し合いが行われる。


「ソラノ副隊長、おはようございます!」

「おはよう」


 隊員と笑顔で挨拶を交わすものの、心は不安でいっぱいだった。


 第六班はきっと拒否するだろう。彼らは他のどの班よりも、センコウの仕事に誇りを持っている。それはキヨズミも分かっているはずだ。分かっているのに、非情な指令を……


「……」

 

 気が付くと、もう部屋の前だった。指定された時刻よりも少し早い。彼女は力なく扉に手を掛けた。



―――ガチャッ……



「!」


 自分が最初だと思っていたが、そこには既に先客がいた。


「……キヨズミ隊長?」

「……うん?」


 窓の外を眺めていたキヨズミは、彼らしからぬゆっくりした動きで、ソラノに顔を向けた。


「やあソラノくん、今日も麗しいな」

「……おはようございます……早いですね……」

「まあね」


 ふと、ソラノの視界にキヨズミの左手が入った。


「その手は……」

「ああ、」


 これか、とキヨズミは自分の手を見た。


「かすり傷だ。……無様だな……しかし、嫌いじゃない」


 キヨズミが笑う。その笑みは自嘲的にも見えるが、照れ臭さが隠れているようにも見える。こんなふうに笑うキヨズミを見るのは初めてだ。……一体、何があったのか。



―――ガチャッ



「失礼致します」

「!」


 気を取られていると、ふいに扉が開きユラが入ってきた。続いてイオリ、正子、そして


「!!」

「(……?)」


 ラルフが現れた瞬間、キヨズミの目が見開かれた。……何かあるのだろうか?ソラノは注意深く黒い瞳を見つめた。が、キヨズミはすぐにいつもの笑顔を作ると、明るい声音で四人を迎え入れた。


「おはよう。よく眠れたかね?」

「はい、お陰様で」


 全員が席に着く。ソラノは部屋の後ろで、彼らとキヨズミを見守った。誰が何を喋り出すのだろうかと不安な思いを募らせていると、ユラが静かに口を開いた。


「キヨズミ殿、我々は四人でオウド国へ向かいます」

「!」

「てめえに言われたからじゃねぇ。俺たちがしたいようにするだけだ」

「……」

「……おい?」


 黙り込むキヨズミに、イオリが眉根を寄せる。


「……ああ、」


 キヨズミはゆっくり立ち上がった。そして



―――スッ



「「「『!!』」」」


 四人に向かって頭を下げた。


「……ありがとう」


 一瞬、時が止まったように思えた。キヨズミは顔を上げると揺るぎない瞳で正子達に告げた。


「諸君らを全力で支援する。目的を達成し、必ず無事に帰ってこい」

「……」

「……」

『……』

「あははっ」


 ふと、明るい笑い声が室内に響いた。


「やっぱりキヨズミはおもしろいや」


 静まり返る部屋のなかで、ラルフだけが子供のように笑っていた。




 “旅立つ前に身体検査を”と言われて、私はソラノさんと医務室に入った。


「身体検査といっても形だけのものだから、緊張しなくて大丈夫よ」

『あ、はい』


 言われた通りに服を脱ぐと、ソラノさんは真剣な目で私の体を隅々まで目視した。す、すごく恥ずかしい……。


「……大丈夫。ありがとう」

『え?あ、はい』


 これで終わり?あまりの呆気なさに驚きながらも、とりあえず服を着る。


「神には、大きな痣があると云われていてね」

『痣?』

「ええ。念のため、軍と関わりを持つ者には、痣があるかどうかのチェックを行っているの。第六班の皆も、センコウになった時に受けてるわ。まあ、それで神様が見つかるくらいなら、誰も苦労はしないけどね」


 ふと、マチカル国での出来事を思い出した。



“証拠みせてよ”


“見よ!これが呪われた痣だ!”



 だから、あの人はアザ(入れ墨)を見せてきたのか。


「マサコさん、」

『!あ、はい』

「これ、よかったら」

『え?』


 視線を落とすと、ソラノさんが布で出来たクリーム色の斜め掛けバッグを手にしていた。鞄には何か入っているみたいだ。


「大したものではないんだけど、着替えと下着と、ちょっとした救急セットと……生理用品も入っているわ」

『!!』

「もし、邪魔じゃなければ……」

『う、嬉しいです!助かります!ありがとうございます!!』

「よかった……」


 ソラノさんは花のように笑うと、スッと両手を差し出した。私は頭を下げて、バッグをしっかり受け取った。




 午後。


 カタス国の出国門にやってきた。


「大丈夫なのかよ、隊長と副隊長がこぞって見送りにきて」

「はっはっはっ、君と違って私の部下は優秀だからね、しっかり留守を預かってくれるよ。命令に背くこともないからね。君と違って」

「やっぱウゼェわ、お前」


 キヨズミさんの後ろでソラノさんが笑う。その光景に和んでいると、ふいにキヨズミさんの黒い瞳がこちらを向いた。


「マサコくん」

『!はっ、はいっ』

「彼らのことをよろしく頼む」

『(あっ)』


 もしかして……キヨズミさんは、三人を少しでも危険から遠ざけるために、私に同行して欲しいって言ったのかな?知らない土地でも、ちゃんと言葉が分かるようにって……


『……げ、元気に帰ってきます!』

「!」


 私がそう言うとキヨズミさんは驚いたように目を丸くした。……あれ、変だった?なんか違った!?頑張りますって感じで言ったつもりだったんだけど……


「ふっ……」

『?』

「はははっ」


 キヨズミさんが笑った。目尻を下げて、おかしそうに笑ってる。私より年上の人だけど……なんだか可愛いと思った。


「……待っているよ」

『!、はい!』


 さわっ、と気持ちの良い風が通り抜けていく。


「ではキヨズミ殿、ソラノ殿、お達者で」

「皆も」

「おう」

「ソラノもっと肉つけなよ、タナカみたいに」

『!?(どうゆう意味!?)』

「はっはっはっ」

『(フォローなし!?)』

「じゃあね」


 ラルフさんはそう言うや否やスタスタと歩き出した。イオリさんとユラさんもそれに続く。私も会釈をして、三人の後を追った。


 


『(あ……)』


 しばらくして、私はまた三人の後ろを歩いていることに気が付いた。……このままじゃ、駄目だよね……?



―――すうっ



 顔を上げて大きく息を吸った。そして、



―――タンッ!



「「!」」

『……』


 思い切って三人の横に並んでみた。……ど、どうかな?ダメ?やっぱり調子に乗ってるって思われ……


「今日はどこまでいくの?」

『!』


 どんな反応をされるのかと思ってドキドキしていたら、ラルフさんがいつもと変わらない調子でユラさんに質問をした。ユラさんはフッと息を吐くと、満面の笑みで胸を張った。


「うむっ、今日は進むぞ!!キヨズミ殿から金はたんまり貰ったからな!日没前に次の国に入国し、高価な宿に泊まるのだ!!」

「金があるなら馬車使おうぜ」

「それは勿体ない」

「安い宿にすりゃいいだろ」

「食事と睡眠はきちんと取りたいのだ。な、タナカ殿!」

『えっ?えーと……』

「巻き込むな」

「お腹すいたな」

「「『(……もう?)』」」


 いつの間にか、私は自然に三人の横を歩いていた。なんか……ちょっと信じられない。でも次第にじわじわと、嬉しい気持ちが沸いてきた。



―――ザッ、ザッ、ザッ



『(よしっ!)』


 晴れ渡る空の下、私たちは西に向かって歩きはじめた。




               カタス国【終】




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ