結ぶ
オウド国外、砂漠。
―――ひゅうっ……
―――……
生ぬるい風が足元の砂を静かに舞わせる――吹き上げられた粒が頬に当たった。僅かな刺激をどこかで感じながら、俺は目の前の人間をただ見つめていた。その肌には蛇のような痣が浮かんでいて、それは心臓に向かって伸びているようにみえた。
「……痛くないか」
「え?」
自分でも何を言っているのだろうと思った。
「痣は痛まないのか」
「……」
俺は現実逃避をしようとしているのだろうか。そうなのかもしれない。
「座れ」
「……」
指示すると、ラルフは黙って腰を下ろした。俺も屈んで携帯用の薬を取り出した。
―――パカッ……すっ
負傷した箇所に手を伸ばす――白い肌に滲む血が痛ましい。が、幸い傷は浅かった。直ぐ様そこに薬を塗る。……それにしても細い肩だ。
“短刀ぬきなよ”
“そのままじゃ傷付けられないよ?”
この華奢な身体であそこまで戦えるとは、やはり想像し難い。相当経験を積んできたのだろう。きっと生まれつき強いというわけではない。あの目は、動きは、何度も戦ったことのある者が出来る類のものだ。
―――……シュルッ
俺は包帯を手に取った。
“……どうした”
“……”
“こっちに来い”
“……”
手首から順に綿布を巻いていく。隙間なく、決して解けることのないように入念に巻き続けた。
―――キュッ
「これでいい」
「……」
そう告げると、ラルフは口を結んだまま静かに上着に袖を通した。
「イオリたちの元には戻らないのかね?」
「……」
「あのまま放っておいたら、あいつらは200年のその時までお前を捜し続けるぞ」
「……」
「戻れ」
「それ命令?」
「そうだ」
「……ははっ、あははっ」
ラルフは乾いた声を上げると、項垂れるように視線を伏せた。
「やっぱりキヨズミは面白いなあ」
「……」
「これ、どうも」
「はっはっはっ、お前に感謝される日がくるとはな。歳をとるのも悪くない」
「そうだねオジサン」
「紳士と呼びたまえ」
「えー」
「……」
「考えとくよ」
「ああ……」
「じゃあね」
――――くるっ
そう言うと、ラルフは背中を向けて何でもないような足取りで歩き出した。一歩、また一歩とその姿が離れて行く。
“……なにやってんの”
“なにやってんのキヨズミ”
「っラルフ!!」
「!」
気が付くと、俺は駆け出していた。
―――グイッ
―――ぎゅっ
「……」
「……」
やはり、こいつの言動を鵜呑みにしてはいけない。
「幸せになれ」
「え……」
「一人でいるな。誰かといろ」
「……」
「忘れるな。俺はそう思っている」
「……」
ラルフはしばらく動かなかった。が、やがてゆっくり首を縦に振った。
―――……
俺はそっと息を吐いて、その体から手を離した。
「……」
「……」
―――……サクッ
ラルフは再び歩き出した。覚束ない足取りで。何処へ行くのかは分からない。しかし、俺が言うことはもう一つだけだ。
「ラルフッ、」
―――サクッ、サクッ
奴は止まらない。それでも言わせてもらう。
「早くカタス国に帰ってこい」
―――……
―――ひゅうっ……
“この星には孤独な神がいる 200年に一度、神はその孤独に耐え切れず世界を終焉させんとす 神は人の形をしている 見つけ出せ神を 彼の孤独を癒すのだ”
「……」
神なんていなくていい
そんなもの居ないほうがいい
あいつは あいつでいい
誰に言うでもなく、心の中で呟いた。