孤独な神
【1200】
それから暫くして200年目はやってきた。
世界のあちこちで巨大な竜巻が発生し、すごい速さで家や街、村や国を次々に薙ぎ倒していった。その動きはまるで人の足のようで、“巨人が世界を踏み潰して歩いている”という人もいた。
でもこれらは全部あとから聞いた話で、本当のことは分からない。俺もホアロも誰も彼もが、あの時は生き延びることに必死だった。
―――サァァァッ……
―――……
奇跡的に生き残った俺たちは、何もなくなった大地で同じく生き残った奴らと共に生活を始めた。髪の色も肌の色も言葉の訛りもそれぞれだ。ホアロのように、戦争中に敵だった奴もいた。でも今は関係なかった。皆で食糧を探し、同じ場所で寝泊まりをしている。
―――タッ
「おーい!今日は鳥が手に入ったぞー!!」
「うわ、まじかよ!!」
「でかした!!」
狩り当番の奴が大きな鳥を担いで帰って来た。肉は久しぶりだ、嬉しい。周りの奴らも喜んでいる。夜になると調理係がそいつを捌いて食べやすい大きさにしてくれた。俺たちはいつものように焚き火をたいて、円になって肉を食べた。
「うっめ……」
「しみるなー……」
「あれ?どうしたマーラ?」
「食わねえのか!?」
「!食うよ、やらないからなっ!」
「ちえっ、残念」
「がはははっ」
「……」
頭に浮かんだものを払いのけるように、俺は肉にかぶりついた。
―――……
―――……サクッ
「マーラ」
「!」
寝床から離れた場所でぼんやりしていると後ろから声を掛けられた。……ホアロだ。ホアロは静かに俺の横に座った。
「……」
「……」
暗い空と大地を眺める。時折なまぬるい風が吹いて、足元の乾いた砂や小さな石をコロコロと転がしていった。
「……俺たちって何やってるんだろ」
ふと、言葉が零れた。
「200年目が終わって生き残って、生き残った者同士で助け合って……でも時間が経てば、どうせまた、どっかで争いが起きるんだろ」
「……」
「なんで助け合ったのに、また争うんだ。なんで200年目で死ぬことは恐れるくせに、人が死ぬ戦争を自分たちで起こすんだ」
「……」
「なにやってんだよ本当に、どうしてそうな」
「だから、200年目があるのかもしれねえな」
ホアロが隣で呟くように言った。
「俺たちは慣れる、忘れる、そして繰り返す。もし200年目が無かったとしたら……繰り返す争いはもっと大きなものになり、やがて……星全体を滅ぼす事になるのかもしれねえ」
「……」
「お前も引っ掛かってんだろ?」
「……」
「ナルが言ってたあの言葉」
“ラルフは200年に一度、この世界を滅ぼさざるを得なくなった”
そう……そうなんだ。
「細かいことは分からない……。でも、なんか……ラルフが俺たちの犠牲になってるような気がした」
「……」
「ラルフのお陰で、この星は永らえてるんじゃないか」
「そうだとしたら、ナルの言う通り“世界を滅ぼす者”は……神だな」
「……うん」
慣れて忘れる俺たちのために、独りで生き続ける神だ。
「ホアロ。俺、結婚するよ」
「はっ?」
ホアロが素っ頓狂な声を上げた。が、俺は構わず続けた。
「結婚して子供つくって、孫も曽孫も玄孫もつくって、それでそいつらに生き抜いてもらって2000年にラルフと旅をさせる」
「……」
「旅の期間は……俺たちと同じ二ヶ月半じゃ短いな。その二倍、二倍の二年半だ!」
「二倍は五ヶ月だぞ」
「半端だから三年だ!!」
「……」
俺が拳を突き上げると、横から大きな溜息が聞こえた。
「お前のバカさには負けたよ……俺ものる」
「!!」
「っていうかお前、女に興味あるのか?」
「ないよ。だからこれから頑張って興味持つ」
「おう……」
「800年後かー」
「……」
「ラルフ、絶対びっくりするよね」
「あまりのしつこさにド肝抜かれるだろうな」
「ははっ、確かに」
800年後――俺たちの子孫があの森に訪ねていったらラルフは何て言うだろう?声も出ない?思わずため息?しつこい、って呆れて言う?分からない、分からないけど……
“あはっ”
“あははっ”
「笑ってくれたらいいな」
「そうだな」
口を開けて、目じりを下げて、子供みたいな顔で笑ってくれたら最高に嬉しい。
それから俺とホアロは約束をした。
この話を自分の子孫に語り継ぎ、2000年目を前にした三年間、ラルフと一緒に旅をしてもらおうと。
その際、守ってもらいたいことは三つ。
ラルフの秘密を守ること
一緒にご飯を食べること
そして
最後まで旅を続けること
1199年・1200年【完】