言い伝え
―――ザッ、ザッ、ザッ
四人で行動して一ヶ月が経った。相変わらずマーラはうるさく、ラルフは静かでナルは高飛車だ。しかし、
「ナル、どうかしたか?」
「え……」
最近、たまにナルの様子がおかしい。
「……いや、特に変わりない」
「……そうか」
ナルは一人で何か考えているように見えた。
「あいつ、ラルフと何かあったんじゃねえか?」
「え?」
疑問を口にするとマーラが目を丸くした。なんだよ、気付いてないのかよ。
「なんでそう思うの?」
「なんつーか、ラルフに気を使ってるように見えるっつーか……前よりも不自然なんだよな」
「ああ!確かに」
異変には気付いてたか……。やはり勘違いでは無さそうだ。
「でも、何でだろう?喧嘩もしてないし……」
「ああ。二人の間に何かあったってわけじゃなさそうだが……」
「ナルだけが変わったって感じだよね?」
「そう見えるよな」
何か切っ掛けがあったのだろうか?ナルのなかで、ラルフの見方が変わる何かが……。
―――コンコン
「ホアロ」
「!、ナル」
夜。ナルが俺の部屋のドアを叩いた。俺はすぐに扉を開けてナルを招き入れた。
―――バタン……
「初めてだな。お前が訪ねてくるの」
「……」
「座るか?」
「いや、ここでいい」
「……どうした?」
ナルは少しだけ顔を上げると目を合わさずに言った。
「明日の夕方、マーラと一緒に街はずれの丘の上に来て欲しい。ラルフに気付かれないように」
「!」
ラルフに気付かれないように?やっぱり何かあったのか……。
「分かった」
「……」
「明日の夕方な」
「……うん」
ナルは小さく頷くと、おやすみ、と言って部屋を出て行った。
「……」
“それ、なに”
“昨日宿の裏で見つけたんだ。ほら、こう見ると動物の形みたいだろう?”
小さないざこざならいいんだけどな……。あの二人は互いを必要としてる気がする。出来るなら、きっと一緒に居た方がいい。
―――サァァァ……
―――……
「ナル、どうしたの?外なんかに呼び出して」
夕方。俺は言われた通りにマーラを連れて小高い丘の上にやってきた。ナルは赤く染まった草花の中で俺たちに背を向けて立っていた。
「……ラルフに聞かれたくないことか?」
「……」
ナルは首を縦に振ると、小さな声で話し始めた。
「僕は、この街に残ろうと思う……」
「!」
「えっ」
この街に残る?
「どうしてだ?」
「ここで、岩に文字を彫り続ける」
「岩?」
俺が訊ねると、ナルはゆっくりと空を見上げた。
「僕は彫刻が好きで、色んなものを彫ってきたんだ。……ある時から、出来なくなってしまったんだけど」
「……」
「……」
「昨日、この街で彫刻家の老人と知り合った。話してみたら気が合って、僕を弟子にしてくれるって」
だからこの街に残りたい、そうゆうことなのか?しかし、
「……どうして、ラルフに聞かれたくないんだ?」
―――ピクッ
細い肩が微かに揺れた。
ナルが嘘をついているとは思えない。本当に彫刻が好きなんだろうし、弟子にしてもらえる話も作り話ではないだろう。でも、なんでラルフに言わないんだ?言いにくいからとか、そんな理由じゃないだろう。ナルならきっとラルフに話すはずだ。
「ナル、教えてくれないか。お前は何をしようとしてる?」
「……」
風が吹き抜ける。緑色の髪が揺れる。
―――……
ナルは掠れた声で話し始めた。
「……悪魔を……神に替える……」
「え?」
消えてしまいそうなか細い声に、俺とマーラは必死に耳を傾けた。
「……この星で悪魔と呼ばれている人間を……神に替えるんだ……」
「……世界を滅ぼす奴の話か?」
「好きでなったんじゃない!!」
「「!?」」
突然、ナルが声を荒げて振り向いた。瞳からは大粒の涙が零れている。
「まだ死にたくない!それだけだったんだよ!!」
「……ナル?」
「誰だってそうだろ!?死ぬか生きるか選べるんなら生きる方を選ぶだろ!!こんなことになるなんて、こんな思いをするなんて、想像できなくて当たり前だ!!」
「なにを……言ってる?」
「!!……っ」
―――バッ
俺が問い掛けるとナルは膝を抱えてその場に座り込んでしまった。両手がぶるぶると震えている。
「っここに来る日、夢を見たんだ……」
「……」
「小さい女の子を捜してて……でも見つからなくて……すごく……寂しかった……」
膝に顔を埋めたままナルは続けた。
「それから、頻繁に夢を見るようになった……内容は違う……でも、視点は同じで……誰かの記憶を見ているような、そんな夢だった……」
「……」
「……」
「どの夢も……すごく、寂しいんだ……」
「……」
「……」
「そしてある時……」
ナルが小さく顔を上げた。
「ホアロとマーラが出てきた」
「「!!」」
俺と、マーラ……?
「森の中の別れ道みたいな場所でマーラが言ったんだ……“一緒に旅しよう”って」
「え……」
息が詰まった。
それは……
「嬉しかった……いや、嬉しいなんてものじゃない……あれは、救いだ。長い間固まっていた世界が動き出した。でも……同時にものすごい恐怖を感じた」
「……恐怖……?」
「いつか自分が踏み潰す命だ、って」
……
……
それは……
……
ナルが言ってることは……まるで……
……
「…………ラルフが、世界を滅ぼす者だって言ってるのか……?」
「……そうだ」
―――……
なにを、聞いてるんだ俺は。
ナルは今、なんて言ったんだ?
―――スッ……
呆然としていると、ナルが静かに立ち上がった。
「ラルフは200年に一度、世界を滅ぼさざるを得なくなった……やめることも、投げ出す事もできない。でも10回目……2000年の時に、一つだけ願いを叶えてもらえるらしい」
ナルは顎を引き、俺たちを見据えた。もう涙は止まっていた。
「願い……?」
「この星と己の滅亡以外なら、なんでも叶えてくれるそうだ」
「誰が、叶えるんだ……?」
「“星”。そう言っていた」
星?どうゆうことだ……?動かない頭を必死に働かせようとしていると、隣にいるマーラが口を開いた。
「ラルフは、なにを願うつもりなんだ……?」
「寂しいという気持ちを無くしてくれ」
「え」
「そう願うつもりだ」
寂 し い と い う 気 持 ち を 無 く し て く れ
「僕は人々が語り継いで守ってくれるような言い伝えを作る」
芯のある声が聞こえた。顔を向けると、ナルが光を宿した瞳で俺たちを見ていた。
「それを何個も何個も、時間の許す限り岩に彫り続けるんだ。200年目がきても消えることなく残るように。ラルフが少しでも寂しい思いをしなくてすむように」
「じゃあ、俺たちも……」
「駄目だ。ラルフにこのことは言えない」
「……」
「言ったら、きっといなくなる」
「……」
「……そうかもしれねえな」
誰にも言わずに、黙っていなくなるだろう。
「だが……ナル、お前はいいのか?」
「……」
「お前だってラルフと離れるのは」
「嫌だよ。嫌だけど、僕は自分に出来ることをしたい」
「……」
「……」
「そう思えたのはラルフと……あんたたちのお陰だ」
「……」
「いい奴だな」
「え?」
マーラの言葉にナルは弾かれたように顔を上げた。
「ナルは本当にいい奴だ」
「……マーラに言われても」
「なにおう!?」
「ははっ」
「ぶっ」
「あははっ」
「あははははっ!」
「なんだよお前ら」
ナルとマーラは笑った。しばらくして俺も笑った。……三人でバカみたいに笑っておきたかった。
―――クルッ
「マーラ?」
「……」
ふいにマーラが後ろを振り向いた。
「いや、鳥だった」
「……」
俺たちは気付いてないふりをした。
「……戻るか」
「うん!」
「はあ、今日はマシな夕食だといいけど」
「ホントうるさいよな、ナルは!」
「ふんっ、マーラとは食べてきた物が違うからなっ」
―――ザッ
俺たちは丘を下った。何でもない顔をして、くだらないことを喋りながら。
“なんだこの料理は?もう少し工夫出来ないものだろうか”
“(もぐもぐ)”
いつもと同じように、食卓を囲むために宿に戻った。