うたた寝
翌昼、草原。
―――ザッ、ザッ、ザッ
「いやあ、今日も良い天気だねー!」
「そうだな」
「……z」
「「……」」
青い空に白い雲。まるで絵に描いたような晴天だ。こんな日はどこまでも歩いて行きたくなる。けれど……
「ラルフ、大丈夫?」
「!……z」
「歩きながら寝てるな」
こんなに良い天気なのにラルフは空も見上げず、うとうとしている。あ、良い天気だから眠くなっちゃうとか、そうゆうこと?
「あそこで休むか」
「!そうだね」
とりあえずラルフを寝かせよう。そう思って大きな木の方へ歩き出したその時、
―――グイッ
「!」
「……」
いつの間にか目覚めたラルフが俺の服を引っ張った。
「……どうしたの?ラルフ」
何か言いたそうだ。そっと訊ねてみるとラルフは首を横に振った。
「……止まらなくていいのか?」
「……」
ホアロの問いにコクリと頷く。俺とホアロは顔を見合わせた。……本当に大丈夫なのかな?昨日ちゃんと寝れてないんじゃ?眠いなら言ってくれていいのに。
“名前だよ、ねえっ”
“ラルフ”
いや、そう思うのは俺の勝手だ……。ラルフにはこれまでの人生があって、それが今のラルフの言動になってる。
「……分かった。でも寝たくなったら、いつでも言ってね」
「……」
「……行くか」
―――……ザッ
ホアロが踵を返して元の道に戻る。俺とラルフもそれに続いた。
「……」
「……」
「……」
―――ザッ、ザッ
―――ザッ、ザッ、ザッ
それから次の国に入国して宿に入るまで、ラルフは眠そうな素振りを見せなかった。目が覚めたのかもしれないけど……やっぱり俺は、ちょっと寂しかった。
そしてその夜、事件は起こった。
―――……
―――ガシャァァァンッ
「死ねええええ!!」
「へっ!?」
突然窓が割れたと思ったら、見知らぬ青年が短刀を持って俺の部屋に入ってきた。
え、誰?どうゆうこと??
「貴様が少尉を誑かしているのか!!」
「……は?」
青年の言葉に思考が止まる。……少尉?たぶらかす?なに言ってるんだこの子は。でも考えてる場合じゃない、とりあえず枕元の短刀を取って……
―――すかっ
「あれ?」
短刀が、ない。
「許せんっ!!」
「!」
―――ダッ
青年が短刀を振りかざしてこっちに走って来る。ちょっと待って!え、死ぬの俺?こんな訳わからない状況でっ
「うおおおおお!!」
「っ!!」
―――バキッ
「うわぁぁぁぁ!!」
「……え?」
目を瞑った直後、骨が折れるような音と苦痛に満ちた叫び声が聞こえた。な、なにが起こったんだ?恐る恐る目を開ける……すると
「!!」
「……」
目の前に、短刀を手にしたラルフが立っていた。その足元では青年が腕を押さえて蹲っている。
……これは、どうゆうことだ?
ラルフがやったのか?
―――ダダダダ……ガチャッ
「マーラ!何があっ……、!!」
走り込んできたホアロが青年を見て息を止めた。
「……お前は」
「ホアロ少尉……」
「!?」
ホアロ……少尉!?
「なぜ、脱走されたのですか……」
「……軍規違反を犯したからだ」
「本当にそうなのですか?」
「ああ」
「違う……違いますよね?あなたは、准尉を庇って」
―――スッ
ホアロは床に膝をつくと、青年に深く頭を下げた。
「すまなかった」
「!」
「俺は自分のために逃げた」
「……」
「すまない」
「……」
「本当にすまない」
―――……
―――……コツ……コツ……
しばらくすると青年はゆっくり立ち上がり、窓に向かって歩き出した。そして黙ったまま、何の感情も無いような動きで外に出て行った。
「……マーラ、ラルフ、巻き込んですまなかった」
「!、ううん」
「……」
そう言うと、ホアロは青年と同じように窓から出て行った。……ホアロにも、何か事情があるんだろうな。
―――すたすた……
「!あっ」
立ち尽くしていると、ラルフが何事もなかったようにドアの方に歩き出した。
「ラルフ!」
―――ぴたっ
「あの……助けてくれて、ありがとう!」
「……」
ラルフは佇んだ。けれど、暫くするとまたいつものように何も言わずに行ってしまった。
―――カクンッ
あ、今になって腰抜けた。
“うわぁぁぁぁ!!”
“……”
それにしても、すごい力だ……。自分より屈強そうな男の腕をいとも簡単に折るなんて。どこかで訓練したんだろうか?あの森ではない別の場所で……。
「そのうち、話してくれるかな……」
他人の過去をあれこれ詮索するようなことはしたくない。でも、やっぱり知りたいと思う。今まで見たもの、感じてきたもの、全部知れたらいいのに。
そしていつか、一緒に笑えたら――。
翌朝。
―――バタバタバタ……ガチャッ
「マーラ!起きろ!!」
「う~ん?ちょ、母さん、もうちょっと寝かせ……」
「寝ぼけてる場合じゃねえ!ラルフがいねえ!!」
―――ガバッ
「……なんだって?」
「ラルフが消えた」
「……」
「……」
“助けてくれて、ありがとう!”
“……”
――――グッ
なんで気付かなかったんだ……。ラルフはいつも何も言わないけど、昨日も何も言わなかったけど、でもちょっとだけ、歩き出すのに時間が掛かってたじゃないか。
「見つける……」
「え?」
「絶対見つける」
「……ああ」
俺は一度息を吐いた。
「ホアロは、今ラルフの部屋に行ったの?」
「そうだ。さっきまでリナイ……昨日の奴と話してて、帰ってきたらラルフの部屋のドアが開いてるのに気付いた。それで、中を見たらもぬけの殻だった」
「じゃあ、いつ居なくなったのかは分からないな」
「……お前はラルフが自ら居なくなったと思うのか?」
「うん」
「根拠は」
「昨日の彼の腕を折ったのはラルフだ」
「……なに?」
「俺が斬られそうになった瞬間に部屋に入ってきて彼から短刀を取り上げた。信じられないけど本当の話だ。だから誰かに連れ去られたとか、そうゆうことじゃないと思う」
「……」
「分からないのは、なんで“今”居なくなったかだ……」
ついて来てはみたものの、数日経って俺たちに嫌気がさしたのか。そう考えるのが一番自然かもしれないけど、でもなんか違う気がする。きっとラルフは慎重だ。そんな理由で離れるんだったら多分最初からついて来ない。
そもそも、何でラルフはついて来たんだ?周りの人間を警戒するようなラルフがどうして……
「あ」
“なぜ、脱走されたのですか……”
“……軍規違反を犯したからだ”
「ホアロ」
「なんだ?」
「彼は、ホアロを尾けてたのか?」
「!ああ、一度見失ったが、俺たちがラルフに連れられてあの森に出てくる所を偶然見つけて、そのまま尾けていたと……」
「……そうゆうことか」
「……マーラ?」
そうゆうことだ。これで辻褄が合った。
「ラルフは、俺たちを護ってたんじゃないか?」
「え」
不思議だった。なぜ昨日ラルフがすぐに俺の部屋に現れて何の躊躇もなく青年から短刀を奪うことができたのか。
「ラルフは……いつ攻撃を仕掛けてくるか分からない彼を、ずっと見張ってたんじゃないか?」
「!」
“ラルフ、大丈夫?”
“!……z”
昼だけじゃなくて、きっと夜も……。
「だが、なんでそこまで……」
「わからない」
「……」
「でも……」
俺は大きく顔を上げた。
「あいつは絶対いい奴だ」
一人にしちゃいけない奴だ。
「くそっ……ラルフはあの森に向かってるのか?」
「多分そうだ。ラルフが森の深部に入る前に見つけないと」
「っ行くぞ」
「ああっ!」
手早く身支度をして、俺たちは外に飛び出した。
―――ザザザッ
―――ザザザザッ
「ラルフー!どこだー!?」
ラルフと来た道を走って戻る。人の多い街中は避け、なるべく山や森の中を通ることにした。ラルフなら、きっとそうするはずだ。
―――サワッ
―――サワサワッ
「ラルフー!!おーい!!」
「いるんなら出てこい!!」
ホアロと二人で声の限り叫ぶ。でも、ラルフは出てこない。そんなに簡単に見つかるものではないと覚悟はしてたけど……やっぱり悔しい。
「ラルフー!!ホアロの顔がどんどん恐くなってるよぉぉぉ!!」
「マーラは相変わらずアホ面だぞぉぉぉ!!」
「なにを!?」
「はっ、そのままの意味だ……」
―――バキィッ!!
―――ドサドサァァァァッ!!
「「!?」」
突然、目の前の木から何かが落っこちて来た。
―――……
「……っ」
「!!ラルフッ」
土煙の中からずっと探していた金色の髪が現れた。……よかった。本当によかっ……
―――……むくりっ
「……ここは?」
「え?」
「は?」
「……」
「「……ダレ?」」
金色頭の横に緑色の頭が現れた。変わった髪色だなと思いつつ、その――不思議な服を着た少年に顔を向けると、彼は肩まで伸びる髪を揺らして上品に首を傾けた。
「どちら様ですか?」
「「……」」
いや、こっちが聞きたいんだけど。
「……ラルフ、お前の知り合いか?」
ホアロがなんとか言葉を口にする。知り合い……のようには見えないけど、でも一緒に木の上から落ちて来たってことは、赤の他人でもないだろうし……
「……いせいじん」
「「「え?」」」
俺とホアロと、少年の声が重なった。
「あずかって」
「……はい?」
なにがなんだか分からない。