素顔
シンイ隊舎、門。
―――スタスタスタ
―――ザッ
「おい」
「うん?」
俺が声を掛けると、奴はピタリと足を止めた。夜風に揺れる金色の髪がいやに眩しく光る。自分が……どこかで焦っているからかもしれない。
「……こんな夜遅くに散歩か?」
「そっちこそ。しょんべん?」
「うむ。そんなところだ」
軽い言葉を交わして、俺とユラは一歩を踏み出した。ラルフは涼しい顔でこちらを見ている。相変わらず、感情が読み取れない。
「……どこへ行く?」
「オウド国」
「「!!」」
オウド国?一体なぜ……。しかし、問い質した処でこいつが素直に答えるとは思えない。ならば、訊くことは一つだ。
「それが、お前の望みなのか」
「うん」
「……」
隣を見る。ユラと目が合った。ユラは微かに頷くと、ゆっくりラルフに顔を向けた。
「ならば共に行こう」
「……」
「それが俺たちの望みだからな」
「……そう」
俺たちの答えを聞くとラルフは少し俯いて、いつもより小さな声で呟いた。
―――タッ、タッ、タッ……
「「うん?」」
ふと、敷地の奥から足音が聞こえてきた。……こんな時間に誰だ?不審に思いながらラルフの背後に目を向けると、予想外の人物がやって来た。
「タナカ!?」
『えっ?ええっ!?』
タナカは俺たちの姿を見ると戸惑った様子で足を止めた。……何でここにタナカが?
「タナカ殿、如何したのだ?何故ここに……」
『あっ、えっ、ええっと……』
「それなに?」
『え?、!!あっ、あの……風で、服が飛ばされてっ』
「さがしてたの、それだったんだ」
『っ!!……』
ラルフがそう言うとタナカは罰が悪そうに視線を逸らした。……ここに来るまでに、二人の間で何かあったのか?疑問に思っていると、ふいにユラが口を開いた。
「……タナカ殿、我々はオウド国に行く」
『!、え』
「明日、キヨズミ殿にこの旨を告げようと思う。……タナカ殿の今後のことも、その時にきちんと頼む。だから心配しなくて大丈夫だ」
『……』
「……」
タナカは、目を丸くしたまま黙り込んでしまった。
ラルフさんを追いかけて門の所にきたら、そこにイオリさんとユラさんもいた。何を話していたのかは分からないけど三人は決めたみたいだった――私を置いて、オウド国に行くと。
―――グッ……
よかったじゃないか。これで危険な所に行かなくてすむ。そりゃ三人と離れるのは寂しいけど……しょうがない。だって敵とか戦うとか恐いもん。そこに行かなくてすむならそれが一番いいに決まってる。……よかった。これでよかったんだ。
「……戻るぞ。いつまでも突っ立てたら隊の奴らに怪しまれる」
―――ザッ
イオリさんが私の横を通り過ぎる。
「タナカ殿、あたたかくして眠るのだぞ」
『……はい』
―――ザッ
ユラさんも通り過ぎる。
―――スッ、スタスタスタ
ラルフさんも。
『……』
私はすぐに動けなかった。
―――ピタ
「タナカ、今なに思ってる?」
『え』
ふと、ラルフさんが足を止めて振り返った。茶色の瞳が静かにこちらを見ている。……何を、思ってる?
『(えっと……)』
オウド国に行かなくてすんでホッとした。皆と別れるのは悲しいけど、それはしょうがないことだと思う……ってことを言えばいいのかな?でも、そんなことを聞いてラルフさんはどうするんだろう?なんでこんな質問を……
“今なに思ってる?”
いや……違う。それは私が“考えている”こと――“そう思おうとしている”ことだ。……本当は何を思ってる?私は、何を望んでる?
“もう大丈夫だ。恐がることは何もない……”
“一人にして悪かった”
“以後、気をつけてよ”
私は……
『……危ない所には、行きたくない……死にたくない……』
「……」
『……でも……みんなと、離れたくないっ……』
声が震える。なんて自分勝手なことを言ってるんだろうって思う。でも、これが本当の気持ち……。私が思っていること……
「じゃあ付いてくれば?」
『へっ』
「!おい、ラル」
「安全だったらいいんでしょ?何とかしてくれるよ二人が」
「お前は!?」
「ふあ~」
イオリさんの渾身のツッコミをラルフさんは欠伸で流した。そして“また明日”と言いながら、一人でスタスタと隊舎の中に入っていった。
―――……
『……』
「……」
「……ふっ」
三人でボーっと立ち尽くしていると、ユラさんが小さく噴き出した。
「勝手だな、ラルフは」
「ああ……」
「付いていけるのは、我々くらいだろう」
「……だろうな」
ユラさんの言葉にイオリさんもフッと笑った。月の光がその表情を柔らかく照らしている。……二人とも、なんだか嬉しそうだ。
「戻るぞ」
『!あ、はい』
「ではタナカ殿、また明日!」
『はいっ』
イオリさんとユラさんに背を向けて、私は弾む足取りで女子棟に向かった。