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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国Ⅳ[前篇]
137/162



―――リー……リー……



 正子達と別れたキヨズミは一人、夜の砂地を歩いていた。空には丸い月が輝き、辺りを白く照らしている。



―――リー……リー……


―――ザクッ、ザクッ



「……」


 やはり砂地は歩きづらい。子供の頃は何の支障もなく駆け回っていたが、歳を重ねた今、砂をこんなに擬しく感じるとは思ってもみなかった。


 いや……単純に急いているだけかもしれない。


 朝になってからオウド国を馬車で出れば良かったが、夜の間に歩いて隣国へ向かうことにした。幸い空には月が出ている。目を凝らせば、少し遠くのものでも見ることが出来る。



―――ザクッ、ザクッ



 ……我ながら、馬鹿なことをしていると思う。そんな簡単に見つかれば誰も苦労しない。あのラルフのことだ、姿を見せないと決めたら徹底的に身を隠すだろう。あいつはそうゆう奴だ。



“短刀ぬきなよ”


“どうしたの、傷付けないと俺いかないよ”



 一体どこで、どうやって生きてきたのか……。




―――サァァァッ


―――……



 ふと風が吹いた。雲が流れて月を隠す。辺りが闇と静寂に包まれた――その時、



―――ブンッ



「!」

 

 背後で何かが振り上げられた。咄嗟に身を翻す。



―――ザクッ



「……!」


 直後、激しく砂が飛び散った。これは……槍?



―――ビュッ



 振り下ろされた物に気を向けていると別の方向から刃物が飛んできた。


 まずい……避けられなっ



―――ザッ


―――シュッ



 動けずにいると目の前で何かが擦れる音がした。張り詰めていた空気がふっ、と途切れる。


「……君は」

「……?」


 小さな声が聞こえた。だがそれは、自分に向けられたものではないようだった。



―――……ザッ



 ほどなくして声を発した者の気配は消えた。……去ったのか?そう思った矢先強い風が吹き、再び夜空に月が現れた。


「!!」


 俺は、咄嗟に手を伸ばした。



―――ガシッ



「……やあ、久しぶりだね」



―――……



 答えは返ってこない。その表情も、金色の髪に隠れて見ることが出来ない。


「こんな所で何をしているのかな……ラルフ」


 ピクッ、と細い手首が反応した。そっと肩に目を遣る――白い衣服の一部が赤く染まっていた。


「すまなかった……。手当てさせてくれ」

「いらない」

「命令だ」

「……」



―――グッ



 油断すればすぐにでも抜けそうな手を強く摑む。すると――あるものが目に入った。


「どうした、この手は」


 ラルフの手には包帯が巻かれていた。よく見ると赤く滲んだ肩にも……破れた衣服の下から白い包帯が覗いている。


「さむいから」

「寒い?」


 確かに昼に比べて夜は気温が下がる。しかし、そこまでか?長袖の下に包帯を巻かなければいけないほど寒いものだろうか。


「風邪でもひいたのかね?」

「ひいてないよ」


 返ってくるのは短い言葉ばかりだ。聞きたいことは山ほどあるが……今は処置を施すのが先か。


「こちらを向きたまえ。手当てついでに巻き直し」



―――バッ



 包帯を外そうとした瞬間、ラルフが強い力で手を払った。奴はそのまま距離をとると警戒するような目でこちらを見た。


「……どうした」

「……」

「こっちに来い」

「……」

「お前がどれほど強いか知らないが、所詮子供だ。年長者の言うことは聞くものだ」

「……」

「上を脱げ」


 ラルフは僅かに視線を下げると、静かに麻の長袖を脱ぎ始めた。



―――パサッ……



「……」

「……」


 包帯は首以外の上半身全てを覆っていた。



―――ザクッ、ザクッ……スッ



 ラルフの前に行き白い手をとる。一瞬、その手が強張ったのを感じたがすぐに力は抜けた。……また逃げられては困る。間髪を容れず、俺は包帯を解き始めた。



―――シュルッ、シュルルル……ル



「……」


 ふいに手が止まった。



―――……ル、シュルルルルル



 止まりそうになる思考を叱咤して再び手を動かし始める。



―――ルルル……ル……


―――……



 全て解き終えた時、俺は息をすることも忘れていた。


「……それは、どうした……」


 ようやく口から出た声は驚くほど掠れている。


「いつ、できた……?」

「三ヶ月まえ」

「三ヶ月……」


 そうだ。ラルフがセンコウの試験会場に来た一年前にこれは無かった。


 こんな


 痣なんて



「いつもそうなんだ」


 乾いた声がした。ラルフの顔に視線を移す。ラルフは自身の体を見ながら、ゆっくり白い指を動かした。


「三ヶ月まえに出てきて、ここまできたらおわり」


 指は心臓をさしていた。痣はあと数センチでそこに達する。


「終わりとは……どうゆう意味だ」


 聞きたくない。しかし聞かなければならない。理性は聞くことを拒否しているが、本能は聞けと言っている。


 息が詰まる。眩暈がする。ラルフの口が小さく開く。


「200年目」

 


 

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