別れ
ラルフがいなくなった。
あの夜ふいに立ち上がり、風のように姿を消した。
私もイオリさんもユラさんも、誰も見つけることができなかった。
―――ピチチッ
―――チュンチュン……
「気を付けてな」
「はい」
「西大陸を出るまで油断してはならぬぞ!」
「お前が言っても説得力ねえよな」
「なにを!?」
『確かに』
「タナカ殿!?」
「ははっ、タナカさんも言うようになったねー!」
晴れ渡る空の下、私たちは出国門に集まった――今日、ノベルさんがオウド国を経つ。
「……お前、あの姫のことはいいのか?」
『!』
「いや、気になりますよ。めちゃくちゃ気になります。でも、まずは自分の家族を何とかしたい」
そう言うと、ノベルさんは紫の瞳に空を映した。
「家族だから言えなかったり、言わなくてもいいやって思ったり……そんな感じでここまできちゃったけど、やっぱり駄目だ。ちゃんと言います。それ、おかしいと思うよって」
『……』
「そう言うことで傷付けるかもしれない、憎まれるかもしれない、でも、だから言わないっていうのは駄目だ。国が違うから傷付けてもいいなんて、そんなことは絶対に無い」
「……そうだな」
「……いつかノベル殿が王になったモートン国を見てみたいものだな」
『はい……』
「あ、それは嫌です。家族問題が解決したら僕は姫を追います」
「「『あ、そうなんだ』」」
「はい」
ノベルさんはプッと吹き出すと、両手を天に伸ばして言った。
「いやあ、やりたいこといっぱいあるな~!」
―――ザッ
「邪魔だ、眼鏡」
「え?」
「「『!』」」
「リン、それはないぜ」
「そうそう。言い方ってもんがあるだろ」
リンさんとジミニア国の人たちが出国門にやって来た。三人とも大きな荷物を持っている。
「リン、お前達も今日発つのか?」
「ああ。もうこの国に用は無いからな」
『……』
リンさんの左腕は、動かなくなってしまった。
“お前がしたいなら、すればいい。だが俺はごめんだ。助ける気はない”
“……それは、お前がこいつらよりも、懸命に生きてきたと自負してるからか”
“そうだ”
最初は冷たくて恐い人に見えたけど、リンさんは本当に強い人だった。きっと、すごく努力をしてきたんだと思う。腕が動かなくなってしまっても、一言も弱音を吐かなかった。
―――スッ
「イオリ、死ぬなよ」
「!……お前もな」
リンさんが差し出した右手を、イオリさんは強く握った。
「行こう」
高く結った黒髪を揺らしてリンさんは歩き出した。
「あ、リン!ったく……世話になったな。あんた達と色々やれて楽しかったぜ」
「また東で会おう」
「!うむ、必ずな」
『あ、ありがとうございました!』
じゃあ、と笑いながらアビルさんとゼニバさんはリンさんの背中を追い、去って行った。
―――……
「……皆さんは、残るんですね」
静かになった門でノベルさんが口を開いた。
「ああ」
イオリさんが低い声で答える。
「ラルフくんに会ったら、伝えておいて貰えます?頼り過ぎちゃってごめんねって」
「え?」
「あの時……アメリアの兵器製作所で色々お願いしちゃったんで」
「ああ、パイプ壊せだの、姫の所に行けだの言ってたやつか」
「はい」
そう答えると、ノベルさんは少し目を伏せた。
「すごいなあラルフくんは……ああやって、いつも周りの人間を危険から守ってるんですね。ははっ、彼が眠たそうにしているのを見ると、ちょっと泣きそうになります。あの時は僕も必死で、彼の優しさを利用した……というか頼みにしてしまったので。ずっと謝りたかったんです」
『……?』
「……気付いてたのか」
「はい、ごめんなさい」
「いや、謝ることはねえ。あいつも分かってたはずだ」
「……そうですね」
―――さわっ
ふと穏やかな風が吹いた。風は私たちの髪を揺らして、どこかに去って行った。
「タナカさん」
『え?』
紫の瞳がこちらを見ている。宝石みたいで綺麗だ……
「向こう帰っても元気でね」
『!!』
ズン、と心が重くなった。
““神”と呼ばれる者が200年に一度、世界規模の天災みたいなもんを引き起こしてるのは事実だ”
“今年が、その200年目だ”
そう……皆はっきり口にしなかったけど、ノベルさんもイオリさんもユラさんも、リンさん達も、ここにいる人たちはあと少しで得体の知れない何かに遭遇する。人類の殆どが滅亡してしまう何かに。
なのに……私は帰るんだ。
それが起きるのと同時に安全な自分の星に帰る。みんなを残して、一人で……
「わ!ごめん!!そんなつもりで言ったんじゃないよ!?」
『……え?』
ノベルさんが目の前で両手をブンブン振っている。……私、また顔に出てたのかな。
「いや、なんていうかその……まあ僕も死は恐れているわけで。ほら、歴史を見ると生き残れる確率の方が低いじゃない?でも死んだとしても、タナカさんが別の星で覚えててくれるって思うと、なんか良いなあって……」
『!』
ぽりぽりと頬をかくノベルさん。少し照れてるように見える。こんなノベルさんを見るのは初めてだ……。
「いや、お前のことは忘れるんじゃね?」
「えー!」
「うむ!タナカ殿の記憶は我々でいっぱいだ!!な!タナカ殿!!」
『……れません』
「「「うん?」」」
―――バッ!
『ぜっだい、ぜんぶっ、わずれまぜん゛っ゛!!』
「……」
「……」
「……」
『う゛っ、ううううーっ!!』
「……泣くなよ」
きっと私の顔は涙と鼻水でぐじゃぐじゃだろう。でもしょうがない。だって出てくるんだから。
―――……すっ、……ごしごしっ
『!ゔっ、ゔゔーっ』
「イオリ、より泣かせてないか……?」
「……うるせえ」
イオリさんが羽織の袖で顔を拭いてくれた。でも、涙も鼻水も一向に止まらなかった。
「……タナカさんも、ありがとう」
『え゛っ゛?』
「あの時、人質役をやるって言ってくれて」
『!』
「ありがとう」
ふわっ、とノベルさんが笑った。
「別れってのも悪くないですね……。別れるから言えることがある」
『……』
「……そうだな」
「うむ」
―――……
私たちは誰からともなく顔を見合わせた。そして
「「「『ありがとう(ございまずっ゛!!)』」」」
そう言って、みんなで笑った。