情想
【1813】
「ザガン、よくやった。今日からお前を幹部に迎え入れよう」
「ありがとうございます」
大きな任務を単独で遂行した俺は、集団……クラーレ内で評価され幹部の座に就くことになった。
「ゴデチアすごいじゃん!おめでと!!」
「……」
「あ、ザガンって呼んだ方がいい?」
「そのままでいい」
「じゃ、ゴデチアで♪」
呼び名など何でもよかった。ただ、女に別の名前で呼ばれることには抵抗があった。
「昇進祝いに何か作ってあげよっか?簡単なものならなんでも……」
「……」
「……うん?どしたの?」
「お前は人の命を救っているのだろう」
「?うん」
女は出会った時から自分で作った薬で人々の病を治し、収入を得ていた。それなのに何故、俺が暗殺をして幹部になったことを喜んでいるのか……。
「お前は人を救いたいのか、殺したいのか」
「は?」
「俺は暗殺をして幹部になった」
「うん」
「……だから」
「ああ!」
女は理解したように掌を叩いた。
「好きな奴に良いことが起こるのは嬉しいよ?」
「……」
なぜか、息が詰まった。
「……人を殺すことに関しては、何も思わないのか」
「ええー」
女は顎に指を当てると大きな目を上に向けた。
「そりゃ他人に迷惑かけずに皆に良いことが起これば最高なんだろうけど……ははっ、そんなこと出来るのかな」
「……」
「少なくともこの星は一人の犠牲の上に回ってる……皆生かされてんだよ」
「……」
「だからあたしは何したっていいと思う。それが必死に生きた結果ならね」
―――二年後
長になるのに、それほど時間は掛からなかった。俺が長になると女は以前と同じように喜んだ。
「嬉しくない?」
「なんとも思わない」
「そっか」
そう言うと、女は腕を組んで黙りこんだ。
「……あのさ」
「なんだ」
「国、つくらない?」
「は?」
―――ズイッ
「!」
女の顔が眼前に迫る。
「あたしが王!あんたが……宰相!」
「なにを言っている」
「前から思ってたんだよ、最近物騒じゃん?この村だっていつ攻めて来られるか分かんないし。ほら、村だと舐められるんだよ!でもでかい国にしちゃえば周りも警戒するでしょ?」
「……」
「ってゆうか、そっちの方が何かとやりやすいと思うんだよね!あたしの計画も、あんたたちとの連携も。コソコソやるよりバーンと国ぐるみでやっちゃった方が上手くいくんじゃないかなって。あ、もちろん周りには秘密だけどね!」
「……本気で言っているのか」
「本気本気!ぜんぶ本気!」
それに、と女は付け加えた。
「何か生み出してみるっていうのも、楽しそうでしょ?」
はにかむように笑った。
「……考えておく」
「よろしくね!」
【1820】
「全ての人間は生まれながらにして平等であり、夢や理想を追い求める権利があります。何かを諦める必要はありません――200年目もそう。黙って終わりを受け入れるのではなく、神を救い、愛しましょう。皆で共に生きるのです。オウド国に永遠の平和あれ」
「……っエポナ様!!」
「エポナ様―っ!!」
「オウド国、万歳!!」
「万歳!!」
―――わああああっ
―――パチパチパチッ
―――パチパチパチッ
「ふう~っ」
「……よくもまあ、あれだけの事を喋れるな」
「名演説でしょ」
「……」
「すぐ黙る」
女が眉を寄せてこちらを見る。どう答えていいか分からなかったのでこのまま去ろうと思ったが、一つだけ気になることがあった。
「……なぜ、名前を変えた」
「あー……バレたくないから」
「?」
「友達に。あたしの存在気付かれたくないの」
「しかし一国の王になったのだから、直に気付かれるのではないか」
「……うん」
「?」
「そうだね、中途半端だよね」
女の口調は珍しく不明瞭だった。しかし、女は顔を上げるとまたいつもの調子で喋り始めた。
「でも建国する前に願いの書が見つかったのは本当ラッキーだったわ!あると無いとでは説得力違うもんね」
「なぜこの場所を選んだ」
「今日質問多いね」
「……願いの書は他の地にも持って行ける。なぜ、わざわざ悪魔狩りに力を入れてる国の近くに建国したんだ」
「だからだよ」
「?」
「悪魔悪魔言っててムカつくから、近くにどーんと建ててやったのよ」
思わず思考が止まった。
「なんでまた黙るのよ?」
「……馬鹿なのか?」
「ちょっ、真剣な目でそんなこと聞かないでくれる?」
「……」
「そんな目で見るな!」
「……ふっ」
「!」
「ははっ」
「……」
「……?なんだ」
「かわいいなって」
「……は?」
「いや、いいもん見たな~」
「なんの話だ」
「ふふっ、内緒」
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―――……
「……何も知らせなくてよかったのか……」
彼女が星空と言った闇の中で、ゴデチアはポツリと呟いた。
「気が付いて欲しかったのだろう」
自分のことではない筈なのに胸が苦しくて堪らなかった――彼女はいつも想っていた。百何十年もの間、ずっと一人を想っていた。
「……サラーフ」
あの日も、そうだった。
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―――……コツ
「……どうした」
「ん~?」
任務の報告に向かうと女がベッドで項垂れていた。こんなことは初めてだ。
「あー……副反応だから気にしないで」
「……副反応?」
「あれ、打ったの」
そこには見慣れない液体が入った透明な器があった。
「あれは何だ」
「延命薬」
「延命……」
「そ……不老不死にはなれないけど、ギリギリまで長生きしたいなって」
「……」
「ふふっ、ゴデチアよりオバサンだけど、あたしの方が長生きするんだ……」
意識が朦朧としているのか、女の言葉にはいつものような芯がなく、視線は空を彷徨っていた。
「……そんなに生きて、どうするんだ」
「計画を、実現させなきゃ……」
「……」
「それに」
「?」
「ちょっとでも、あいつと同じ気持ちになれたらなあ……」
―――ドクン
「あいたいなあ……」
「……」
虚ろな瞳が閉じられる。瞼の端から雫が零れた。
「ラ……ル……」
そのまま、女は眠りに落ちた。