満点の星II
―――三ヶ月後
「あ、久しぶり。背のびた?」
「……」
長は女と契約をした。女が作る薬や武器を買い、金を払うことにしたのだ。俺は女から物を受け取り、それを長に渡す役をやることになった。
「はい、これ宜しく」
「ああ」
―――クルッ
いつものように物を受け取ってまっすぐ扉に向かう。しかし、
「ねえ、あんた名前は?」
「……」
珍しく女が俺の足を止めた。
「あ、あたしはサラーフ。今更だけど」
「……」
「聞いてる?」
「ない」
「え?」
後ろで女の空気が止まる。
「名前はない」
「そっか。じゃあねえ……」
女はぶつぶつ呟きはじめた。……もう帰っていいだろうか。
「じゃあー……ゴデチア!」
「え?」
「あんたの名前」
「俺の名前?」
「そ、なんかゴデチアっぽい」
意味が分からない。
「じゃ、またねゴデチア!」
そう言って手を振ると、女は奥の部屋に入って行った。
―――パタン
「ゴデチア……」
口に出してみる。胸のあたりが、なんだか変な感じになった。
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―――……
悲鳴を上げていたゴデチアの体は落ち着きを取り戻しつつあった。節々の痛みは薄れ、眩暈を覚える頭痛も消えた。しかし、彼の身体は動かなかった。
「……」
目の前に居る彼女は、もういない。今まで何度も命が消える瞬間を見てきたが、いつも通りのそれが今日は全く違うものに思えた。
“外に、出られませんか”
“いま外に出れば、きっと沢山の星が”
ゴデチアはふと、自分は何故あんな事を言ったのだろうと思った。星など気に掛けたことも無い筈なのに……
“おめでとー”
“これからもよろしくね”
いや、違う。一度だけあった。
―――……スッ
ゴデチアは記憶を遡るように瞳を閉じた。
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【1809】
―――ギィッ
「……」
約束の時間なのに女の家には明かりが灯っていなかった。室内は暗く、人の気配もない。……逃げたのか?逃げたのなら、見つけて殺さなければならない。
―――……ギシッ、ギシッ
奥に進む。水場や倉庫のような所を覗いて見る。やはり、いない。
―――ガシャンッ
「!」
突然、外で何かが割れる音がした。庭に面している窓を開け、辺りを確認する。
―――ギィッ
「誰だぁ!?」
「……」
窓の下に、女がいた。
「よっ!ゴデチアじゃないかっ!!」
明らかに様子がおかしかった。
「ちょいちょいちょい、こっちおいでぇ」
「……物を渡せ」
「ああん!?なんだってぇ!?」
「約束の時間だ。物を渡せ」
「堅い!堅いよキミ!!おいで!お姉さんがお説教します!!」
「だから」
「こいよーっ!!」
「……」
どう対処していいのか分からない。
「はい、呑んでぇ」
「?」
女はそう言って立ち上がると、手に持っていた容器を突き出してきた。
「なんだこれは」
「酒じゃぼけぇぇぇ」
「酒?」
呑んだことは無いが呑んでいる奴を見たことはある。
「ほらほら!あたしが作ったモンが呑めないってかぁ!?」
面倒臭い……。
「あ、そういえばあんた幾つになったん?」
「18、のはずだ」
「18……」
一瞬、女の顔から表情が消えた。
「って……はずってなんじゃぁ!はっきりしろーっ!!」
「知らない」
「ああっ!?」
「いつ生まれたかなんて知らない」
「……」
俺が答えると、女は瞳を揺らした。
「じゃ、18にしよう。あ、18年前の今日生まれたことにしよう」
「え?」
「おめでとーうっ!!」
―――ぐいっ
「おめでとー」
「……」
女は俺の首の後ろに両手を回すと、自分の方に引き寄せた。柔らかい髪が頬に触れる。
「ふふっ、どう?お姉さまの抱擁は?」
「……」
「あ、オバサンだと思ってるか!?言っとくけどまだ20代だかんな!!」
「……」
「おーい、ゴデチアくーん」
「……」
「ははっ、あはははっ」
耳元で笑い声が聞こえる。……もっと聞いていたい。
「……ゴデチア」
「……」
「これからもよろしくね」
すっと、身体が離れる。
「さ、頼まれた物持ってきますかー!」
「なんで泣いてた」
「え?」
ピタリと女の動きが止まった。
「なんで泣いてた」
「……は?何言ってんの、私泣いてなんて」
「泣いてた」
「だから」
「そう見えた」
「……」
女は口を閉じた。
―――……サワッ
「……夢を見た」
「夢?」
―――……サワッ……サワワッ……
「友達の願いを知った……」
「……」
「悲しかった。でも……」
「……」
「悲しいのは私じゃなくてあいつなの」
―――ザァァァッ……
風が吹いた。強い風だ。全身を吹き抜けていく。
「じゃ、取ってくるね」
―――タッ
―――……
女が去る。一人になった。
「……?」
なぜか、涙が零れた。
空にはたくさんの星が瞬いていた。