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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国III
127/162

本心




―――ダンッ



「!ラルフ」


 イオリが振り向くと、群がるクラーレの中にラルフの姿があった。


「!、あの小僧を狙え!!」

「!!」



―――ダダッ



 イオリ達の周りに居たクラーレが一斉にラルフに走り寄る。



―――ダダダダッ


―――スッ……



 ラルフはクラーレの中心で身を屈めた。そして、



―――ババババッ



「!!うっ」

「なっ」

「ぅあっ!!」


 床に手をついて片足を伸ばすと、俊敏な動きで彼らの足を次々と薙ぎ払っていった。


「……リン!」

「!ああ」



―――ザンッ


―――ザシュッ



 間髪を容れずイオリとリンが倒れたクラーレに斬りかかる。



―――バババッ


―――ザクッ


―――ドサドサッ



 ローブを纏った者達が瞬く間に床に伏していく。ラルフが加わったことで形勢は完全に逆転した。残す敵はあと数人のみとなった。





―――……ゴソッ



「……?」


 イオリ達を見守っていたロレンスの視界の隅で、ふと何かが動いた。見ると、床に倒れている男が短刀を構えていた。その目線の先には――


「っリン様っ!!」

「!?」



―――ブンッ


―――バッ



 ロレンスは咄嗟にリンの前に飛び出した。男が投げた白刃がロレンスに迫る。


「っどけ!!」

「!」



―――ドンッ


―――ザクッ



「……っ」


 気が付くと、ロレンスの目の前には床があった。



―――……ポタッ


―――ポタポタッ



「え……」


 上から落ちてきたものを見て、ロレンスは反射的に顔を上げた。


「っバカが……」

「……リン……様……」

「……っ」



―――グラッ



「!!リンッ」

「「「「「『!!』」」」」」


 リンは崩れ落ちるようにその場に膝をついた。左腕には短刀が刺さり、そこから出る血が衣服を赤黒く染めている。



―――ドカッ


―――ザンッ


―――ドォォンッ



 イオリ達は畳み掛けるようにクラーレを攻めた。そして全ての者が伏したことを確認すると直ぐ様リンの元に駆け寄った。


「「リンッ!!」」


 ジミニア国のアビルとゼニバがリンの肩に手をかける。



―――スッ



「ちょっと見せて下さい」

「え?」


 ノベルは静かに二人を退けるとリンの傷口を覗き込んだ。


「!、……応急処置だけします」

「……なにっ」

「設備が整っている所で、早めに治療した方がいいと思います」

「……ちっ」


 荒い呼吸を繰り返しながらリンが舌打ちをする。ノベルは小さな鞄から包帯と器具を取り出すと、慣れた手付きで手当てを始めた。



―――カチャカチャッ……



「っおい……」

「え……」


 リンの黒い瞳がロレンスを捉えた。


「自分のせいだと、思ってるだろ……」

「……」

「その通りだ……お前が出てこなくても、俺はきっとあいつに気付いて、避けることが出来た」

「……」

「だが、お前は俺を庇うために出てきた……」


 リンは語気を強めた。


「お前の馬鹿さにはウンザリしてるが、庇ったことは後悔していないっ、だからお前も後悔するな」

「っ!!」


 ロレンスはリンの顔を見たまま動けなくなった。



―――……


―――……



「哀れだな、ロレンス」

「え……」


 ふと、布の向こうから声が聞こえた。それはロレンスが知っている声だった。


「……エポナ様……?」

「「「「「「!!」」」」」」

『……』


 声はどこか優しい音色でロレンスに話し掛けた。


「己の信念を通したことで、正反対の結果になった」

「……」

「悔やんでも悔やみきれまい」



―――……カチャリ



「エポナ王、」


 処置を終えたノベルが、リンの隣で静かに口を開いた。


「貴方の目的は何ですか」

「……」


 王は黙った。が、すぐに楽しそうな声音で答えた。


「この星を終わらせることだよ」

「本に書いてあった薬を使って……ですか」

「ふふっ、まさかロレンスに中身を見られるとは思いもしなかった。油断していたな」

「何故、そんなことを」

「飽きたんだよ」

「飽きた?」

「生きるのに飽きた。そろそろ終わりにしようと思ったが私だけ消えるのも癪だ。神なんぞに終わらされる前に、手を下してやろうと思ってな」

「……」

「恐れることはない。あの薬は苦痛を与えない。誰もが気付かぬまま、眠るように命を終えることができる」


 話の内容とは裏腹に王の口調は柔らかだった。ノベルはどう誘導すべきかと必死に頭を働かせた。が、答えは出なかった。


「ふふっ、ようやく完成した。晩餐会で同盟国の者達に服ませる。薬は彼らを媒介してこの世界中に……」

「わかりません」

「!」

「……なに?」


 ノベルの後ろから、小さくもはっきりとした声が聞こえた。


「なぜエポナ様が、そんな事をしなければならないのですか……」

「言ってる意味が分からないな」

「なぜ……自ら業を背負おうとするのですか」

「業を背負う?」


 声の主――ロレンスは布の向こうを真っ直ぐ見つめた。


「この世に飽き、自らの手で終わらせたいのであれば、皆を安らかに逝かせる必要など無いはずです。何故ですか?本当は何のために、誰のためにそんなことを……」

「ロレンス」


 鋭い声がロレンスの言葉を切る。直後、乾いた笑いが聞こえた。


「ふふっ。買い被り過ぎだ」

「そうでしょうか……」

「お前は私のことを何も知らない」

「……」

「なあ、ロレンス」


 ふっ、と笑いが消える。


「寂しさに意味はあると思うか」

「え……」


 唐突な質問にロレンスは思わず息を止めた。


「寂しさを抱え続けることに意味はあるのだろうか」

「……」


 ロレンスは俯いた。そして未だ荒い呼吸を繰り返すリンにそっと目を向けた。


「……」

「……」



―――スッ……



 青い瞳が、ゆっくり前を見据える。


「意味、とは違うかもしれませんが……寂しいから……忘れないでいられるのではないでしょうか……」

「……」

「寂しさも、胸が潰れるほどの後悔も、きっと消えることはありません。これから先何度も思い出して、その度に苦しくなる……。でも、だから忘れない」

「……」

「そんな気がします……」

「そうか」


 ふふっ、と王は笑った。


「ならば、ずっと忘れないでいて貰いたいものだな」

「エポナ様……?」

「気が変わった」

「え?」


 芯のある声が薄闇に響く。


「ロレンス、お前の好きにするがいい」

「!」

「既に城には薬が運ばれている。晩餐会の終わりになれば、事情を知らぬ者達が同盟国の者のグラスに注ぐだろう」

「……」

「止めたければ止めろ、お前の自由だ」



―――ガガッ……


―――ガガガガッ



「「「「「『!』」」」」」


 突然、正子達の頭上で妙な音がした。顔を上げるとシャッターのような物が上から下りて来るのが見えた。それは廊下の至る所で下り始めていた。


「ここは間もなく閉ざされる。ふふっ、出るなら早くした方がいい」

「……」

「ロレンスさん、」


 ノベルは素早くロレンスを呼んだ。


「王の本心は分かりませんが、薬の話は本当だと思います。城に向かった方がいいんじゃないでしょうか」

「あいつはどうする……」


 イオリの鋭い瞳がゴデチアを捉える。


「不安要素は潰しておきたいですが、僕は、今救える命を救いたい」

「……」

「もちろん、ラルフくんとタナカさんを返してもらうこと前提ですけど」


 ノベルは静かにゴデチアに顔を向けた。


「……」



―――……コツ、コツ


―――バサッ



 ゴデチアはノベルを一瞥すると、布の向こうに姿を消した。



―――……



「さらばだラルフ」


 シャッターの音を縫って、しわがれた声が聞こえた。ラルフの肩がピクリと動く。


「せいぜい苦しみ続けろ」

「……」


 ラルフは小さく口を開けた――けれど、そこから言葉が出てくることは無かった。



―――ザッ、ザッ


―――ガシッ



「行くぞ」


 イオリはラルフに近付くと細い手首を強く握った。


「聞いてんのか」

「あ、うん」

『……』

「ラルフ、田中殿、走るぞ!」

『!、はいっ』



―――ダダッ


―――ダダダッ



 正子達は走り出した。


「リン!しっかり捕まってろよ」

「……っ」

「もう少しの辛抱だっ」

「っあと数メートルで階段です!」



―――ダダダダッ


―――ガガガッ



 この場所の終わりを告げるように廊下の上部が閉ざされていく――闇に呑まれゆく世界の中で、正子はそっと隣に目をやった。


『……』

「……」


 イオリに手を引かれるラルフの姿は、まるで壊れた人形のようだった。




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